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2018年Nature’s 10 はやぶさ2吉川真ミッションマネージャ選出コメント[全文訳]

JAXA 小惑星探査機はやぶさ2チームの吉川真ミッションマネージャが、科学誌ネイチャー2018年の「科学の10人」に選出されました。称号は「Asteroid hunter(小惑星ハンター)」とのこと。吉川先生、選出おめでとうございます。発表記事の全文を翻訳してみました。2018年、はやぶさ2ミッションでの吉川先生画像とともにお届けします。

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2018年6月、天文学者・吉川真は宇宙の団子「リュウグウ」が刻々と変化していく様子をチームと共に見つめていた。3年以上の旅の後、慎重にエンジンを噴射して、小惑星探査機はやぶさ2は直径1キロメートルほどの小惑星と足並みをそろえて太陽を回るようになった。

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JAXA 宇宙科学研究所のはやぶさ2プロジェクト運用室にて。2018年6月23日。撮影:秋山文野

小惑星到着を成し遂げ、吉川とJAXAのチームは小惑星を探査するフェーズに入った。10月には、探査機は3機の小さなローバーをリュウグウに投下することに成功。初めて小惑星表面のクローズアップ画像を得た。

はやぶさ2は来年、リュウグウに着陸して表面サンプルを採取するというより大きな目標に挑む。誘導制御にわずかでも不備があれば、探査機は岩塊に激突してしまう。さらに、探査機は小惑星に弾丸を発射して巻き上げられた物質を集めるという大胆なミッションを実行する。そして太陽系初期の進化を解明する物質を携えて、2020年までに地球に帰還しなくてはならない。

吉川自身もこれまで試練をくぐり抜けてきた。JAXAの無人宇宙探査の歴史において、彼は天文学者として危機に瀕した探査機救う劇的な活動に2度、尽力している。

その最初のミッションは、2005年に初代はやぶさが小惑星イトカワに着陸し、小惑星のサンプルを採取したときのことだった。着陸から間もなく、探査機は管制室と通信できなくなってしまった。チームははやぶさとの通信復活に尽くし、メインエンジンの機能喪失を乗り越えて探査機を地球へと帰還させた。高速で飛行する探査機本体は大気圏再突入で燃え尽きながらも、小惑星サンプルの入った帰還カプセルは地球へと送り届けられた。

そして2010年、JAXAの金星探査機「あかつき」が減速して金星周回軌道に入ろうとしたとき、エンジンの不具合が起きた。あかつきは金星を離れて2015年まで太陽を周回し、チームはふたたび金星に接近する機会に軌道投入に全力を尽くしたのだ。

深宇宙探査の経験が多いとはいえない日本の宇宙機関にとって、避けられない事故もあると吉川は言う。「もっと経験を積まなくてはなりませんが、はやぶさ2はJAXAミッションでこれまでにあった不運に見舞われずに来ることができました」

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2018年6月27日、はやぶさ2が小惑星リュウグウに到着。宣言書を持つ吉川真先生とスポークスパーソンの久保田孝先生。撮影:秋山文野

ケルンのドイツ宇宙機関ではやぶさ2に搭載された着陸機MASCOTを開発した地球物理学者ステファン・ウラメクは、日本の宇宙機関は、リスクを取り失敗から学ぶ能力があったことで、慎重かつ予算に恵まれていた西側の他の宇宙機関とは違うものとなったと述べている。「NASAではやらないような、大胆なミッションに挑んでいます」という。

吉川は、いくつもの異なる研究機関同士が、それぞれの主張で衝突せずに協力関係を結ばせるという稀有な才能を持っている、フランス国立宇宙研究センター(CNES)でMASCOTランダーの共同プロジェクトマネージャを努めたオーレリー・ムーシは言う。「一緒に働いたことがあるサイエンティストの中で、彼ほど親切な人はいません」。

子供のころ、小さな小惑星に住み、地球を訪れた少年の物語「星の王子さま」を読んで以来、吉川はずっと小惑星への関心を持ち続けてきた。小惑星は常に追跡しなくてはならない潜在的な驚異であるが、太陽系の謎を解き明かす手がかりでもあり、将来の地球探査における資源ともなりうると吉川はいう。

「宇宙の中で小惑星はとても小さな天体ですが、人類の将来にとって大きく重要な存在なのです」。

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吉川先生を魅了し続けてきた小惑星。リュウグウの模型と共に。撮影:秋山文野

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ボイジャーの父とベピ・コロンボ(『ロケットガールの誕生』より)

2018年7月28日、JAXA宇宙科学研究所 特別公開時に展示されたベピコロンボ計画の日本探査機「MMO/みお」模型。

2018年10月18日、JAXA・ESA共同の国際水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ)」がついに打ち上げられることになりました。日本からは水星磁気圏探査機「みお(MMO)」、欧州からは水星表面探査機(MPO)という2機の探査機を組み合わせ、水星の磁場や地球と異なる特異な磁気圏、希薄な大気や表面のようすを観測します。打ち上げから水星到着までおよそ7年(2025年12月到着予定)という長い探査の始まりです。

マリナー10号撮影の水星画像にベピコロンボ計画のマーキュリー・トランスファー・モジュールのイメージを重ねたもの。
spacecraft: ESA/ATG medialab; Mercury: NASA/JPL

これまでに水星を探査した宇宙探査機は、フライバイ探査を行った1973年の「マリナー10号」と、周回探査を行った2004年の「メッセンジャー」(共にアメリカ)という2機の探査機だけでした。

「ベピコロンボ計画」という名称には、上記のうちマリナー10号と関わりがあります。イタリアの天体力学者ジュゼッペ(ベピ)・コロンボ博士はマリナー10号が水星を探査する軌道を提案した人物です。そのときのことは、『ロケットガールの誕生』にこう書かれています。

一九七〇年にJPLで開催されたマリナー10号に関する会議の席で、コロンボは、水星に二回接近できる方法を提案したのだ。

『ロケットガールの誕生』第10章 最後の宇宙女王 より

このときのエピソードは、NASA ジェット推進研究所(JPL)でマリナー計画に深く関わり、1976年から1982年までJPL所長を務められたブルース・マレー博士の著書『Journey Into Space : The First Thirty Years of Space Exploration』に詳しく著されています。後にJPL所長として火星探査機バイキング、そしてボイジャー探査機の打ち上げを率いたマレー博士とベピ・コロンボ博士との出会い、そしてマリナー10号の実現までをご紹介します。

■水星の公転と昼夜の謎

JPL/カリフォルニア工科大学(カルテク)で水星探査の検討を行っていたのは1960年代の後半でした。19世紀までは、「水星の公転と自転周期は一致しており(地球の88日)、水星は太陽に常に同じ面を向けていて昼の側は非常に高温かつ夜の側は太陽系で最も冷たい場所」と考えられていました。1961年、欧州の学術機関は水星の公転周期を1万分の1の精度で求めることに成功。同じ年にミシガン州の電波天文学者が水星からの電波の放射を捉えることに成功しましたた。驚いたことに、水星の夜の側から発された電波からすると、夜側は従来考えられていたほど冷たくないことがわかりました。

昼の側から夜の側へ熱を運んでいるものは何でしょうか? 大気だとすると、水星に反射した太陽光のスペクトルを分析しても二酸化炭素のように熱を運ぶことができるガスは見つかりませんでした。大気があったとしても、主成分は当時は不活性なアルゴンガスだと考えられていました。

1965年にはプエルトリコのアレシボ天文台が水星を観測し、自転周期は88日ではなく59日であることがわかりました。ではなぜ従来は88日と考えられたのか? これを解決したのがイタリアのパドヴァ大学の天体力学者、ジュゼッペ(ベピ)・コロンボです。コロンボは水星の公転周期と自転周期が3:2の共鳴関係にあることを論文で発表し、理論はすぐにレーダー観測によって確認されました。水星は昼夜にぱっきり分かれているわけではなかったのです。

■水星への一度きりのチャンス

次第に謎が解明されてきた水星ですが、そこへ探査機を送る方法を考案しなくてはなりません。この答えを出したのが英国惑星間協会。金星の重力を使って探査機の速度を変える方法を考案しました。マレー博士が「スイングバイ」方式を知ったのはこのときが初めてだったといいます。ボイジャーを始め多くの探査機が利用してきたスイングバイ方式ですが、実際に採用されたのはこれが最初で、マレー博士も「ペテンのような」方法だと感じたといいます。

1962年にはマイケル・ミノービッチ博士が1970年と1973年に金星をスイングバイして水星に到達できるスイングバイ軌道を発見しました。マリナー級の探査機であれば、アトラス/セントールロケットで金星を経由して水星に到達できます。ただし、チャンスは1回です。

NASAは1967年、水星・金星探査計画を1973年に行うと決定しました。仮名称はマリナー/ビーナス/マーキュリーの頭文字から“MVM”と命名されました。これが後のマリナー10号です。探査機は基本的にマリナー6号、7号と同じ。ただし、NASAの太陽系探査予算は縮小されつつあり、予算規模は9800万ドルとされました。1968年にアメリカの科学アカデミーはそれまでの2機同時開発をやめ、「打ち上げを1回きりとすべき」との見解を発表しています。「惑星探査はもはや原始的でリスクの大きい試みではない」というのがその理由ですが、つまり「失敗は許さん」ということです。

一度きりのフライバイ探査で、水星の昼の側を撮影し、夜の側で磁場を観測するにはどうすればよいのか。カメラでの撮像も、磁場の観測も外せません。マリナー計画では金星と火星の磁場を観測していますが、ちらにも地球のような磁場は見つかっていませんでした。水星は火星より大きな鉄のコアを持っていますが、長い年月で惑星の内部はかなり冷えていて、磁場を生み出す活動は起きているだろうかという疑問があります。金星ほどではないにしても自転は遅く、それぞれ条件の違う惑星をなんとしてでも比較したいものです。

計画は、水星の「午後」の側から超望遠カメラで撮影し、夜の側に入って磁場の観測をするということになりました。マリナー6・7号とカメラ構成を改良して水星探査に特化した観測機器に変え、当時としては非常に高性能の4秒角という解像度を実現するカメラシステムが完成しました。これは、新聞の三行広告を約400メートル離れたところから解読できる性能だといいます。

■ベピ・コロンボとの出会い

MVMことマリナー10号の計画スタートを控えた1970年2月、カルテクにてMVMの科学会議が開催されました。マレー博士がベピ・コロンボ博士と実際に対面したのはこのときが初めてで、本にはこう書かれています。

そのとき、私はこの小柄ではげかかった、世界で最も魅力的な笑顔を持つ人物をかろうじて知っているという程度だったが、コロンボは近づいてきて私に話しかけた。
「マレー博士、マレー博士。イタリアに戻る前に、どうしてもあなたにお聞きしたいことがあります。探査機が水星に接近した後、太陽を周回する期間のことです。探査機を戻ってこさせますか?」
「戻って、来るですって?」
「そうです。探査機は水星に戻ってこられますよ」
「本当ですか?」
「確かめてごらんになったら?」

『Journey Into Space』5. One Chance for Mercury より

コロンボ博士の言葉は正しく、MVMは水星の公転期間88日のちょうど2倍である176日かけて太陽の周りを回って戻ってくることができました。少しの軌道修正で水星の2年ごとに同じ面を観測できます。打ち上げのチャンスは1度きりですが、ミッション期間を伸ばすことで更に多くの観測データを得ることができるのです。

これが、ベピ・コロンボ博士が「マリナー10号の水星遭遇軌道を提案した」というエピソードの詳細です。惑星探査の予算が縮小され、余裕を持った計画が難しくなる中で、軌道計画によってエクストラの観測機会を実現したのがコロンボ博士の提案だったというわけですね。

その後、マレー博士はマリナー10号の通信システムを改良し、データ処理のボトルネックとなっていたテープレコーダー式の一時記憶装置を廃して、さらに地上側のDSN(ディープ・スペース・ネットワーク:NASAの大アンテナ網)のエンジニアを説得し、117,600bpsという当時としては画期的な転送レートで水星の観測画像を送信する計画を立てます。

さて、実際のマリナー10号のミッションはどうなったのでしょうか。また次回ご紹介したいと思います。

『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』アメリカ初の人工衛星からボイジャー、バイキング探査機まで

『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』(地人書館)表紙。帯あり

2018年7月、地人書館よりNASA ジェット推進研究所(JPL)の女性コンピューターの歴史を描いたノンフィクション『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』が出版されました。初めて1冊翻訳を担当した書籍となります。

ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち

2016年4月、ふと目にしたロサンゼルス タイムズの書評が本書の原作との出会いでした。「コンピューター」という言葉が電子計算機の前に人間を指す、ということは知識としては知っていましたが、実際にその職業についていた方々の記録となれば特別な興味がわきます。しかも女性で、アメリカの宇宙探査機の歴史を作ったJPLを支えたというのです。

これは読んでみるしかない! すぐにでも欲しかったのですが、当時AmazonではAudible版しかなく文字のKindleで入手できませんでした。読みたくてもんどり打っている間に、頼もしいフォロワーさんがiBooksの存在を教えてくださいました。おかげで「読みたい!」という気持ちが新鮮な間に広げることができたのです。以来、読みたい本があったときにはタイトルで検索して、入手ルートが複数あるのか、価格に違いがあるのかなど確かめるようにしています。

そして読み始めてから1ヶ月ちょっとのツイート。

このときはまだ、一読者として好きな本の存在を語りたくてツイートしていただけでしたが、しばらくして、なんと地人書館の編集者にして、あるときは“GoogleSatTrack”や小惑星探査機はやぶさ2の現在位置を表示するWebサービス“H2Track”の作者、またあるときはJAXA 宇宙科学研究所に出没するボサ博士こと柏井勇魚さんから「翻訳をしませんか」とのお声がかかりました。

20年以上編集/ライター業をしていますが、数年に1回くらいこんなふうに、ボールを受け取るやいなや全力で走り出すような仕事が訪れます。この前は、「そんなに宇宙が好きなら、『はやぶさ』の企画やろうよ」とお声がかかってひと夏走り通した小惑星探査機「はやぶさ」13人のプロジェクトメンバーへの大インタビューでしょうか。

初めての書籍翻訳、それも9万語を越えるノンフィクションとなると、走るといってもかなりの長距離走になります。当時、フリーライターを少し休んで会社づとめをしていたこともあって、作業期間の見積もりが甘く、当初予想を大幅に超えて8ヶ月以上の時間がかかってしまいました。日本語でこの魅力的な本をご紹介するのが遅くなってしまったことは、大変申し訳なく思います。

それでも、これまでライターとして宇宙探査の記事を書き続けてきた経験を本書の翻訳に十二分に活かすことができました。小さい頃からカール・セーガンの『COSMOS』で親しんだ「ボイジャー1号」「ボイジャー2号」という大スターだけでなく、「アメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」打ち上げのエピソードは、ISAS 宇宙科学研究所の的川泰宣名誉教授の著書『月をめざした二人の科学者』(中公新書)を読んだ上ですと、同じ歴史の違う側面をたどっている喜びがあります。

米ソ宇宙競争の中で「マリナー2号」が金星探査を成功させた意義がどれほど大きかったか再確認することにもなりました。地球観測衛星「シーサット」が人工衛星で初めてLバンド合成開口レーダーの技術があったからこそ、毛利衛さんがスペースシャトル・エンデバー号搭載のレーダーによる立体地図作製のデータ取得ミッションもあったのだし、JAXAの地球観測衛星「だいち」「だいち2号」もPALSARで宇宙から地球を見てくれるのだと思うと、いっそう親しみがわきます。

そして、こうした宇宙の歴史を作ってきた人々が、これまで表に出てこなかった、高度な技術を持ったプロフェッショナルの女性であるという驚き! ネタバレになってしまいますので個々のエピソード紹介は控えますが、私はヘレン・リンさんが計算競争でやすやすとトップを走っていくシーンが大好きです。

2年かかってついに『RISE OF THE ROCKET GIRLS』を日本語でご紹介することができることになりました。原作と同じく日本語版の表紙にはJPLロケットガールズのみなさんが登場します。鮮やかな黄色を背景に「ヒューマンコンピューター」の女性が並ぶ(カバー裏まで続いています)最高のデザインは、江川英明さん(モジャ博士)が担当してくださいました。

カバー全体

『RISE OF THE ROCKET GIRLS』原作表紙

それでは、本書『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』を多くの方々に楽しんでいただけますように。

中国システム工学の父、銭学森

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カリフォルニア工科大学のJPL創設メンバーと銭学森(中央)。左から2番めはJPL2代目所長のフランク・マリナー。 Credit: Caltech Archives

銭学森(アルファベット表記ではQian Xuesenとも、Tsien Hsue-shenとも)は、私にとって現在の強力な中国宇宙開発の礎となったロケット工学者であり、研究半ばでアメリカを追われた悲劇の人物、というイメージだ。東西冷戦の時代とはいえ、赤狩りで合衆国はあたら有為の人材を失ったのだと思っていたし、悲劇を越えて「中国ロケットの父」と讃えられるのはそれだけの業績ゆえと思っていた。その評価が今でも変わるわけではないが、Science誌の2018年3月16日号にまったく新しい、従来イメージとは異なる銭学森の人物評価が掲載されていた。「Master Planner」と題された記事について、衝撃が消えないうちに書いておきたい。

はじめに、私の知る銭学森の前半生を簡単にまとめておく。銭学森は1911年、杭州生まれ。1935年に渡米してマサチューセッツ工科大学に留学後、カリフォルニア工科大学に移って数学者セオドア・フォン・カルマンの元で研究を始める。カルテクでは後にジェット推進研究所(JPL)の母体となった学生ロケット研究グループ「スーサイド・スクワッド」に参加していた。そのままフォン・カルマンが初代所長となったJPLに加わり、陸軍の資金を受けてJPL初期の活動である「コーポラル」といったミサイル開発に関わる。銭自身が優れたロケット研究者であったのみならず、ナチス・ドイツのロケット工学者ウェルナー・フォン・ブラウンがペーパークリップ作戦後に合衆国に移送された際には、最初の面談を行い、その技術をアメリカのミサイル(ロケット)開発に融和させる役割も果たした。

フォン・ブラウンと入れ替わるように反共産主義、赤狩りの中で銭学森は共産主義者との嫌疑を受け、1950年から5年近く自宅軟禁状態に置かれる。1955年、軟禁を解かれて中国に帰国。中国のミサイル、ロケット開発を率いて、東風ミサイルや長征ロケットの発展に尽くす。

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というわけで、私が知っていたのはロケット工学者としての銭の一面だけだった。だが、Scienceによれば銭は「中国システム工学の父」でもあるのだという。キャリアの初期に米国流のシステム工学を身に着けたことから、これを中国に持ち込み広めたというのだ。ロケットのような複雑なシステムをいくつものサブシステムに分解してモデル化することで課題を解決する。銭はこの手法を中国に根付かせ、1964年の中国初の核兵器開発にも参加した。のみならず「社会は何百万ものサブシステムを含むシステムである」と提唱し、社会問題の解決にも同じ手法が利用できるとした。

一方で、銭を追い出した米国ではシステム工学でなんでもできるわけではない、という事例が見られるようになりつつあった。1950年代後半、銭が後にしてきたJPLと、フォン・カルマンが設立したエアロジェット社(ロケットやミサイル推進システムなどを開発する、現在のエアロジェット・ロケットダイン社)とが共同で、子供の学習歴やIQ、出席率などのデータを解析して教育予算の優先順位決定を支援するプログラムを開発したのだという。開発費は当時で数百万ドルもしたというが、「政策決定者は関係ない変数の話ばかりしているし、だいたいそれだけのお金があったらもっと教師を雇えたはずだ」という現在からすると実にもっともな批判を受け、プログラムは廃止された。

ハードウェア開発でうまくいったからといって、社会的な課題解決もシステム工学一本槍でできるわけではない、という論調が形成されていったというのだが、一方で中国では共産党とこの手法は分かちがたく結びついたのだという。その例が、私でも知っているような中国の国家的巨大プロジェクトとなった。

1970年代後半に銭の弟子であるミサイル科学者・宋健が率いるチームは、コンピューターを用いたモデルによって「2080年までに中国の人工は40億人になる」と予測を発表した。この予測は、厳格な産児制限の裏付けとして採用され、1980年代になって一人っ子政策となって結実する。また(銭との人的つながりは不明だが)三峡ダム建設にあたってのフィージビリティ・スタディにもシステム工学者が関わり、地質学、生態学、人口動態など14のサブシステムグループからなる研究グループを形成し、最終的に「最適の貯水量は水位175メートルである」との結論に達した。

とはいっても、一人っ子政策のために中国の労働年齢人口は急激に減少し、政策はつい2年前の2015年に廃止された。また、三峡ダム建設時には130万人もの人々に移住を強いることとなったのだが、住民説明などに十分な時間を持たなかったとの批判もあるという。

中国の偉大な工学者、銭学森の名は今でも伝記やTV番組で繰り返し取り上げられ、国家的英雄となっている。提唱したシステム工学的アプローチは、現在でも監視社会の仕組みづくりにも取り入れられて機能している。だが、「魂のない脳」との批判も受け、もっと社会システムに関わる人々との関係を取り入れ、社会的関係に重点を置くような手法に変化が起きつつある、というのが「Master Planner」の趣旨だ。

この記事には、長征ロケットの名も、東方紅1号の打ち上げ成功によって中国が世界で5番目の人工衛星打ち上げ国となったことも出てこない。だが、銭学森という人物が中国に与えた影響は、ロケットや国立大学設立といった「成果」よりもある意味でよくわかると思う。

宇宙からアホウドリを数える

とても魅力的なニュースがありました。

世界の民間地球観測衛星の中でも、解像度31cmという最高クラスの分解能を誇るDigital GrobeのWorldView-3衛星の画像を使って、宇宙からアホウドリの個体を1羽1羽数えようという研究です。

BBCニュースでで見つけたこの調査プロジェクト、いくら高分解能とはいえどうやって個体の数を判別するのか、なぜアホウドリなのか、報告の原文がありましたので読んでみました。

Using super-high resolution satellite imagery to census threatened albatrosses

■誰が調査したの?

英国南極研究所(BAS)の調査チームです。筆頭著者はPeter T. Fretwellさん。BBCのニュースで「調査対象のキタシロアホウドリは翼長が3mもあり、衛星画像で数ピクセル分になるので個体を数えることができる」と解説されていたのはこの方ですね。

■キタシロアホウドリって?

大型の海鳥であるアホウドリの仲間は絶滅危惧種となっている種がいくつもいます。中でも、ニュージーランド南島の東側、チャタム諸島に生息するキタシロアホウドリ(Northern Royal Albatross)は、IUCNレッドリストで「危機」(絶滅危惧ⅠB類)に分類されている大型の種類です。

繁殖地の島は、チャタム諸島の中でもフォーティーフォーズ諸島、ビッグシスター島、リトルシスター島の3つに集中しているといいます。1980年代と1990年代にキタシロアホウドリの住む島に連続して激しい嵐があり、地表の植物などを根こそぎ押し流してしまうことがありました。このため、90年代には卵が孵らずに生息数が大幅に減り、現地調査と航空機調査で確認された繁殖ペアの数は1995年に5200になってしまったといいます。その後、2002年には5800つがいまで回復しました。

■なぜ衛星から数えるの?

地球観測衛星の画像で生物の生息を調査するという試みはそれほど珍しくありません。ただ、ある動物種の生活に欠かせない植物の広がりを調べることで間接的に生息している地域を調べるとか、ペンギンのコロニーを調べることで生息数を推定するとかいった手法が中心のようです。報告によると、直接個体を数えるという試みはホッキョクグマ、アザラシ、ヌー、ミナミセミクジラなど大型の動物で小規模に、試験的に行われたことがあるといいます。なので、ツイートで世界初らしい、といったのは間違い。ただ、超高解像度(VHR)衛星の画像が利用できるようになったことで、宇宙から個体数を数える衛星画像の利用も本格的に始まってきたということなのでしょう。

今回のキタシロアホウドリの個体数観測は、生息数とその傾向を調べるためのもの。WorldView-3の画像を使った手法の正確さなの実証でもあります。比較対象として、同じく大型のワタリアホウドリも観測しています。イギリス領のサウスジョージア島のワタリアホウドリは地上からの観測で巣の数などが継続して確認されているので、衛星画像で数えた結果と比較することでその精度を確かめられるというわけです。

そもそも、キタシロアホウドリは断崖絶壁に囲まれた無人島に繁殖していて、人が容易に近づくことができません。航空機での観測は天候に左右され(雲があると見えないのは衛星画像も同じですが)、かつニュージーランド本島からかなり距離があるためにかなりコストもかかって頻繁な観測が難しいそう。

利用できる衛星画像が進歩した、という事情もあります。2015年、アメリカで商用地球観測画像の解像度が50cm制限から30cmとなり、より高解像度の画像を利用できるようになりました。VHR衛星画像を利用しやすくなったことで、科学的な利用への期待も高まったといいます。中でも、DigitalGlobeの運用するWorldView-3(ボール・エアロスペース製、2014年打ち上げ)は31cm(直下)という商用衛星では最高の超高解像度を誇っています。1平方mあたり、50cm解像度の衛星ならば4ピクセルとなるところ、31cm解像度なら2倍以上の10.4ピクセルに。宇宙から動物を数えられる可能性が飛躍的に高まったといいます。

そしてキタシロアホウドリの繁殖期にあたる2016年の2月にチャタム諸島を撮影した衛星画像と、前年の2015年12月のアーカイブ画像を2009年の地上観測写真と比較することになりました。また、過去の地上観測地には巣の位置と不可能成功/失敗を記録済みだといいます。

■実際のところ、どうだったの?

で、実際に衛星から撮影された画像がこちら。

キタシロアホウドリは白い羽根にところどころ黒い模様が混じった姿をしており、緑や茶色の植物の上では白く目立ちます。身体の大きさは107~135cmほどとのこと。WordView-3の画像を拡大しても、ちゃんと白いピクセルになって写っているんですね! ところどころ、やや大きい白いドットが写っているのは、地上で羽根を広げている(ディスプレイ中または飛ぼうとしている)とのこと。


そして、こちらは2016年2月に撮影されたリトルシスター島(a)とフォーティフォーズ島(b)での営巣地の衛星画像。あ……白い点がいっぱい見える……というだけで、なんだか新時代という感じがします。

ただ、キタシロアホウドリの白い点が多く見えるフォーティーフォーズ島に比べ、リトルシスター島はなんだかまばらに見えます。個体数のまとめ表によると、2009年の航空機観測とくらべるとフォーティーフォーズ島はやや減少、という程度ですがビッグシスター、リトルシスター島での減少が大きいとのこと。1990年代にキタシロアホウドリの環境に大きな影響を与えた島の植物の減少は、フォーティーフォーズ島ではだいぶ回復したものの、ほかの2つの島では回復が遅れているため、キタシロアホウドリの繁殖の成功率にも影響しているのではないかといいます。

今回の観測でキタシロアホウドリの将来が心配されるものの、衛星画像による観測の有効性はかなり高く、ほかの継続的なモニタリングが必要な絶滅危惧種にも応用できそうだと報告書は述べています。応用するとしたら、2ピクセル以上になる身体の大きさが62cm以上で、身体の色が白や黒など周囲とコントラストが高い動物なら行けそうだとのこと。たとえばほかのアホウドリやカツオドリ、ペリカンやハクチョウなどなど。航空機よりも低コストで、人が行くよりも安全な観測手段のオプションが広がる期待ができそうです。

 

ドナルド・トランプ大統領と火星への道のり

2016年11月9日、アメリカ大統領選挙に共和党のドナルド・トランプ氏が当選し、第45代米大統領となることが決定しました。米大統領戦に勝利するには政党が結束していることが必要だと思っていたので、共和党大物議員が次々と不支持を表明したトランプ候補が当選したことにはとても驚いていますが、選挙結果は選挙結果です。

決まったからには、トランプ新大統領がどのような宇宙政策を主導するのか、その方向性について考えてみたいと思います。

困ったことに、候補者であったときからトランプ氏は宇宙政策についてほとんど具体的な案を示していません。Scientific AmericanSpaceNewsなどいくつかのメディアが大統領選の最中に質問していますが、トランプ氏は抽象的かつ短い回答をしているにとどまっています。例えば有人宇宙政策はどうするのか、NASA予算は拡大なのか縮小なのか、といったことには「現状の問題については答えられない」としています。2020年代に小惑星へ、2030年代に火星へ、という現在の目標に対する回答は「就任後は、宇宙計画について包括的なレビューを行い、議会と共に宇宙ミッションとその優先度を決定する」と答えているのみ。クリントン、トランプ両氏の宇宙政策に関するメディア記事をまとめたForbesの記事によれば、要するにトランプ氏のこうした態度は「宇宙への関心の欠如を示しているのではないか」としています。

とはいえ、大統領に就任するからには、宇宙政策を放置、NASAは勝手にやって、というわけにもいきません。また、「アメリカを再び偉大にする」と打ち出しているからには、世界の宇宙開発を主導していると考えるアメリカの立場を積極的に放棄するということも考えにくいです。「ビジネスマンとして」とコメントしていることからも、産業と科学技術の分野で後退すると受け取られる施策も取りにくいでしょう。ただ、コストとベネフィットを勘案して、最大の効果が上がるようにするとはいっています。

情報や手がかりがない中で予測するのはあまり良いことではないかもしれませんが、あえてこの「関心は特にないが、後退しているようには見られたくない」ということを実現しようとした場合、どんなことをするのか考えてみたいと思います。

そこで考えられるのが、4年の任期終了後に設定されているような大目標には手はつけないが、その道程に計画されていることには手をいれる、という方法。アメリカがいま抱えたり検討している大きな宇宙プログラムには、2030年代の有人火星探査、2020年代の有人小惑星探査、木星の衛星エウロパの無人探査、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)、国際宇宙ステーション(ISS)の2024年までの維持と民間宇宙輸送の推進、などがあります。

この中で、火星有人探査が最大規模の目標であることは間違いないと思いますが、ここには手を付けないのではないかと思うのです。「火星にアメリカ人が一番乗り」はとてもわかりやすい目標ですし、火星をやめてどうするのか、という問題もあります。ここで月をもう一度有人探査の目標にしてしまうと、ルナ計画を再開して月面基地計画を進めるというロシアや中国との競争になってしまうのです。

エウロパの無人探査については、目標にはあえて手を付ける必要もないし、議会と協調して予算を理由に実現を先延ばししてもどちらでもよいというところではないでしょうか。ISECGの国際宇宙探査ロードマップ(もうすぐVer.3が発表されるとのことですがそれにしても)を見ても、木星をターゲットにした大目標をもっている国はアメリカ以外になく、ジュノー(木星)、ニュー・ホライズンズ(冥王星とカイパーベルト天体)の実績を持つアメリカ以外の国が、トランプ大統領の任期中に彗星のように抜き去っていく、ということはちょっと考えにくいからです。

ISSについては、すでに民間へ宇宙輸送を委託するCOTSが始動していることから、産業育成の点からいっても民間移譲の流れでこのまま進めていくと思われます。また、JWSTは完成まで押し詰まっており、予定通りならば任期真ん中の2018年打ち上げです。任期中にハッブル宇宙望遠鏡の後継機として世界最高性能の宇宙望遠鏡打ち上げに立ち会う大統領、という立場を捨てる理由もないでしょう。

と、いうわけで米大統領としてトランプ氏は現在の宇宙政策を拡大路線で進めて行くようにも思われますが、ここで考えたいのが、2030年火星有人探査という目標を実現する、その方法です。つまり、Space Launch System(SLS)とOrion宇宙船の開発です。

SLSは実現すればアポロ宇宙船を打ち上げたサターンVを超える世界最大級のロケットになる予定ですが、予算超過と計画の延期が何度か問題になっています(JWSTもたびたび延期しましたが、こちらは完成間近)。無人モジュールEM-1を搭載した試験機初打ち上げは2018年末に予定されていますが、上段を改良しての実用機の打ち上げは早くとも2021年以降。アメリカで人気の天文学者フィリ・プレイトさんもこの問題を取り上げたことがあり、「一宇宙ファンとしてはSLSはエキサイティングだけれども」としながらもその実現に疑問を呈しています。

ここで、もしもトランプ大統領と議会がSLS計画の見直しを打ち出し、火星有人探査の目標はそのままに、手段をSLS以外のもっと費用対効果の高いものにする、といえば、かならずしも「宇宙(科学)オンチの大統領の暴挙」というよりも、英断と評価される可能性もあると思うのです。

しかも、SLSを推進するNASAの中にも、SLS反対派がいます。現在はNASAを離れていますが、元NASA副長官のロリ・ガーヴァーさんはSLS中止を主張する論者で、元宇宙飛行士であり有人宇宙探査協力推進派のチャールズ・ボールデン現長官とは異なる立場をとっています。

NASA長官は米大統領が任命するので、ここでボールデン長官の後にガーヴァーさんをNASAへ呼び戻すとしたらどうでしょう? もともとガーヴァーさんもオバマ大統領が任命した人ではあるので、応じるかどうかはわかりません。ただ、NASAを率いるだけの実績を持つ人の中にも、SLS中止の側に立つ人はいるわけです。また、アメリカ政府機関の中でも世界的に知名度、人気の高いNASA長官に女性を登用すれば、女性に人気がないともいわれるトランプ氏にとってはひとつの評価点になるかもしれません。

では、SLSをやめて火星はやめないとすれば、どうやって火星へ行くんだという疑問は当然でてきます。ここから先は憶測の上に憶測を重ねるようなことになりますが、COTSで有人輸送技術を手にした後に、火星有人探査を目標としている民間企業がありますね、とは思います。

もう一つ懸念があるとすれば、SLS/Orionでの火星探査の前に、その前段階として予定されている小惑星探査(Asteroid Redirect Mission)ですが、これは大きな後退を余儀なくされるということです。せっかく日本の「はやぶさ2」と同時期に小惑星探査機OSIRS-RExを打ち上げているアメリカがそうなってしまったら残念なのですが、先行きに対するヒントは、まだ見つかりません。

人工衛星が捉えたISILの破壊活動 亜硫酸ガスの広がりは宇宙からどのように“見える”のか

2016年10月、イラクの化学工場火災に伴う亜硫酸ガスの噴出を観測した、Aura衛星のイメージ。Nimbus7やMeteor3などの気象衛星に搭載されたTOMSを継承するオゾン監視装置“OMI”を搭載する。Credit:NASA

2016年10月、イラクの化学工場火災に伴う亜硫酸ガスの噴出を観測した、Aura衛星のイメージ。Nimbus7やMeteor3などの気象衛星に搭載されたTOMSを継承するオゾン監視装置“OMI”を搭載する。Credit:NASA

■2016年、イラクの化学工場火災

10月27日付けのABCニュースによると、イラク北部で人為的に発生した二酸化硫黄(亜硫酸ガス)が広がっており、NASAの運用する人工衛星から被害が観測できる事態になっているとの報道がありました。これは、イラク北部でISILが支配するモスルに近く、硫黄の化学工場があるアル・ミシュラクで発生したもので、ISILの破壊活動によって炎と煙に含まれる二酸化硫黄ガスが付近一帯に広がっているというものです。

モスル奪還に際して、ISILが手段を選ばない破壊活動をしていると伝えられていますが、その痕跡は人工衛星からどのように「見える」のか、またどのような衛星が何のセンサーを使って観測しているのか、整理してみました。

まずは報道による被害状況です。10月23日付けのアルジャジーラの報道によると、モスルの南側、チグリス川沿いのアル・ミシュラク周辺でISILが10月20日ごろに硫黄を原料とした化学薬品を製造する化学工場に放火し、付近に大量の二酸化硫黄のガスが広がっていると伝えています。イラク軍を支援する米軍は、付近のケイヤラに拠点を置いていますが、このケイヤラの病院には翌21日以降に呼吸障害や目の痛みなどを訴えて来院する人が増えており、付近の村では民間人2人が死亡したとイラク軍司令官による発表があり、1000人近くの人が被害を受けているとのことです。

ABCニュース報道では、モスルの南側およそ80kmほどの米軍の拠点では、屋外活動が制限されるレベルの化学物質が観測されており、自主的にガスマスクを着用しているといいます。また、イラク軍とクルド人部隊にはこうした装備が不足しているため、24000個の化学マスク提供を開始したとのことです。

こうした状況について、NASAの地球観測研究部門The Earth Observatoryは、10月22日に観測された衛星画像に見られる二酸化硫黄の噴煙の状況を発表しました。NASAサイトの発表から、観測の経緯を詳しく見てみます。

2016年10月20日、NASAの地球観測衛星Terra(テラ)とAqua(アクア)に搭載された同型の光学センサー“MODIS(モディス)”が、アル・ミシュラク付近で化学工場の火災が置きた際の熱を捉えました。翌日には、白煙が工場から広がり、Aura(オーラ)搭載のオゾン監視装置(OMI)とNASA/NOAA共同運用の気象衛星Suomi NPP搭載のオゾン観測装置(OMP)が観測したところ、二酸化硫黄のガスがイラク北部から中部に広がっていることがわかりました。二酸化硫黄はすぐに対流圏の最下層である惑星境界層(地上から高度1~2km程度)に広がり、風に乗ってさらに広がっているといいます。
観測にあたったミシガン工科大学のサイモン・カーン博士によると、相当な量の二酸化硫黄が対流圏の下層に広がっていると考えられるとしています。

[1]10月24日観測の二酸化硫黄観測結果を地図に重ねたもの。Credit:NASA

[1]10月24日観測の二酸化硫黄観測結果を地図に重ねたもの。Credit:NASA

NASAが発表した2点の画像の内、[1]は10月24日にOMPが観測した噴煙の広がりを地図に重ね合わせたもの。[2]は10月22日MODISセンサーが撮影した光学画像で、硫酸塩のエアロゾルが光を反射するため、白っぽく見えるものです。二酸化硫黄の噴出量は相当なものと見られ、カーン博士は「仮にこの二酸化硫黄が火山の噴火で噴出したものだと考えると、2016年最大の噴火が起きたことになる」とツイートしています。

[2]2016年11月22日撮影、MODISセンサーによるアル・ミシュラクの火災。上の白い噴煙が硫黄の工場からのもの。Credit:NASA

[2]2016年11月22日撮影、MODISセンサーによるアル・ミシュラクの火災。上の白い噴煙が硫黄の工場からのもの。Credit:NASA

このように、火災と二酸化硫黄の状況が衛星を観測した事例は、実はこれが初めてではありません。どころか、13年前にほぼ同じ状況で、同じ化学工場の火災を人工衛星から観測した事実があり、これが今回の発表につながっているのです。

■2003年、人工衛星から見えた亜硫酸ガス

2003年6月、同じアル・ミシュラクの化学工場で1カ月近くにわたって国営化学工場での火災が続いた事件がありました。総量で600キロトンにもおよぶ二酸化硫黄が大気中に放出され、人為的な二酸化硫黄源としては史上最大級となっているのです。

人工衛星(Nimbus7やMeteor3などの気象衛星)に搭載されたオゾン全量分光計TOMSは、1980年代から大気中の二酸化硫黄を観測してきた実績があります。オゾン層を観測するためのTOMSがなぜ二酸化硫黄を観測できるのかというと、二酸化硫黄を含んだ気体は、TOMSがオゾン量を測定するために使っているのと同じ波長の紫外光を吸収するからです。。ちなみに、同型のセンサーは日本の地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり(ADEOS)」にも搭載されていました。

とはいえ、通常は二酸化硫黄は成層圏や対流圏の上層で観測されることが多く、火山性でない二酸化硫黄の放出を捉えたことはあまりありませんでした。人為的な放出で最大級のものは、ロシアのノリリスクにあるニッケル鉱山からの放出で、冬期の地上が雪で覆われて反射率が高まった時期に、十分な紫外線があれば観測できる、というものでした。

ところが2003年の6月24日以降、アル・ミシュラクの硫黄を精製する国営化学工場が放火され(燃え始めたのは6月25日とされています)、1カ月近くにわたる火災で硫酸や硫酸アルミニウムの原料となる推定5億トンもの硫黄が燃える事件がありました。火災の炎は、当時打ち上げから間もないTerraとAquaのMODISセンサーから捉えられ、続いてTOMSセンサーを搭載したEarth Probe(アース・プローブ)衛星が二酸化硫黄の観測を開始しました。約20日間にわたる観測の結果、二酸化硫黄はイラク国内からシリア、イラン、トルコ、アゼルバイジャン、カスピ海南岸にまで広がったことが確認されています。6月末には、化学工場から1350km離れたペルシャ湾の南岸にまで二酸化硫黄が到達しました。

火災と煙による環境と健康への影響は周辺100平方kmに広がり、モスル上空にも到達したといいます。付近の村では、火災直後に52ppm二酸化硫黄を吸って2名が死亡したとの報告もあります。二酸化硫黄濃度が人体に及ぼす影響は「50~100ppm」が「短時間(30分~1時間)耐え得る限度」とのことですから(横浜市の環境創造局の資料による)、すぐに避難できない状況下での52ppmという数値はとても危険なレベルだということになります。

この2003年の火災のとき、衛星による二酸化硫黄観測を開始したのが、先にコメントを紹介したサイモン・カーン博士らのチームです。このときもTerraとAauaのMODISセンサーがまず火災の炎を捉えました。このとき、EP衛星に搭載されたオゾン観測装置EP TOMSがイラク上空を通過するのは、UTCの7:00~8:00(現地時間では11:00~12:00)でした。6月25日から7月15日にかけて18日間の観測が行われました。

これまで、火山から二酸化硫黄を観測してきた際の経験からすると、太陽天頂角が低いときのエラーの度合いは10~22%ほどで、二酸化硫黄を含んだ硫黄エアロゾルを光が通過するときの光学的深さが中程度だとすると、どちらかというと二酸化硫黄の量を多く見積もる方にエラーがおきるといいます。また、地表の反射率が高い場合はエアロゾルの量を判定する衛星のセンサーは敏感に働くようになるといいますが、よく晴れたイラクの砂漠の環境では、反射率はそれほど高くありません。また、火山から放出された二酸化硫黄は高度3~4km程度から上昇を開始するのが通常ですが、今回は殆どが7kmより下方にあり、7月1日には10~15kmに達することがあったといいます。このことから、通常はEP TOMSがこんなに地表に近い層での二酸化硫黄を観測することはほとんどなく、今回の推定の二酸化硫黄の量は、かなり少ない見積もりなのではないかというのです。

この説明はそのままでは飲み込みにくいので、整理してみましょう。二酸化硫黄が観測しやすい条件は火山の噴火、または冬場のシベリアの鉱山ということでした。また、二酸化硫黄は、ある波長の紫外線を吸収することから衛星のオゾン観測装置で観測できるのでしたね。

【観測しやすい条件】
・冬期のシベリア:太陽天頂角が低い(光がななめに差し込む)→紫外線が大気を通過する距離が長くなる→紫外線が多く二酸化硫黄に吸収される
・冬期のシベリア:地表の反射率が高い→衛星のセンサーがよりたくさんの情報を集められる
・火山:二酸化硫黄が放出されるスタート地点が3~4kmなので、到達する高度が高い→衛星から見えやすい

といった要素があるのだと思います。これに比べてイラクは中緯度帯に位置し、しかも夏場です。衛星が上空を通過する時間帯も昼ごろの太陽が天頂に近い時間帯で、紫外線が大気を通過する距離はシベリアより短くなります。また、砂漠は反射率が低くて捉えにくい。かつ、山の上ではない地上からの二酸化硫黄噴出、とこれまでの観測例の反対をいくような観測しにくい条件が揃っています。にもかかわらず、観測できているということから、「これは相当量が放出された」と考えてよい、ということなのではないでしょうか。

化学工場の火災が増加する二酸化硫黄源だとすると、1日当たりの放出量は活発な火山の噴火に相当するといいます。28日間の累計の二酸化硫黄放出量は600キロトンと考えられ、エラーを考慮しても464~655キロトンの範囲で、1日あたりの量は21キロトンになります。EP TOMSによる二酸化硫黄の推定放出量とMODISによる熱赤外のデータを重ねたグラフを観ると、7月7~8日ごろまで大きかった放出量はその後減り始めています。これは、地上での消火活動が進んで7月8日ごろにはある程度まで鎮火してきた、という当時の報告と一致します。さらに後になって、事態がほぼ終息したころには、TOMSでの検出も限界に近づいています。

こうした13年前の経験があって、今回のアル・ミシュラクの化学工場火災でも、新たに衛星が二酸化硫黄の観測を行うことができたのだと思われます。地球の環境を調べるためにオゾンを観測する人工衛星が、同じセンサーを使って人災を観測し、被害を減らす方向に活躍できているとすれば、科学技術が設計当初とは違う目的ではあるけれども役立っているわけで、「あってよかったでしょう」と言いたい気持ちはあります。ただ、13年前と同じ場所、同じ工場で同じ放火による被害が起きているわけで、どうみても、「硫黄の工場に放火すると大きな被害が起きる」ことをISILが過去の経験から悪い方に学んでやっているわけですよね。火山の噴火のように、人為的にはコントロールできない大きな地球の活動に際して行うのであればともかく、今回の件に関しては、観測しているNASA、ミシガン工科大学をはじめとする科学者の方々も、内心手放しで喜べないと感じているのではないかと思わずにはいられません。