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ガーターベルトからの「解放」(『ロケットガールの誕生』より)

ナタリア・ホルト著『ロケットガールの誕生:コンピューターになった女性たち』には、NASA ジェット推進研究所と宇宙探査の歴史だけでなく、20世紀半ばのアメリカ文化の変化を実際にそこに生きていた女性の目を通してつづられています。

本書に登場する“ロケットガール”の女性たちは、後にコンピューター室長になったヘレン・リンさん、バーバラ・ポールソンさん、スー・フィンレイさんたち最初の世代の多くが1930前後の生まれです。アメリカ初の人工衛星が打ち上げられ、NASAが誕生した1950年代後半にプロフェッショナル職を持つ20代として過ごしているのです。

今でこそTシャツデニムの聖地のような米西海岸ですが、この時代は服装はまだ保守的でした。JPLで最初の女性コンピューター、バービー・キャンライトさんに関する部分では、飛行場でロケットプレーンの実験に参加する際にも、きちんとドレスを着てストッキング、パンプスを履くシーンがあります。

女性解放を象徴する服装というと書物に登場するのはなんといってもミニスカート、というイメージがあります。ただ、ミニスカートの流行は1960年以降でマリー・クワントらデザイナーやファッションブランドの功績によるものだと思います。

ロケットガールズ第1世代が20代だった1950年代後半、ある新しいファッションが生まれ、ひとつの女性解放を果たしたことが本書にあります。それが、パンティホース(パンティストッキング)でした。

パンティストッキングが登場したのは、一九五〇年代にエセル・ブーン・ガントという女性がいたおかげだ。

『ロケットガールの誕生』第9章「惑星の引力」より

本書の引用元でもあるSmithsonianの記事『50 Years of Pantyhose』から、パンティストッキング誕生の歴史をたどってみましょう。

(パンティストッキング)発明者の息子アレン・ガント・ジュニアによると、ガント・シニアは妻のエセル・ブーン・ガントと共にニューヨーク市でメイシーズ・サンクスギビング・デイ・パレードを見物し、ノース・カロライナの自宅に帰ろうと夜行列車に乗った。そのとき妊娠中だったエセルは、夫に対して「少なくとも子供が生まれるまでは、もう一緒に旅行はできない」と告げた。夫婦のどちらかに問題があるというわけではなく、とにもかくにも快適さの問題だ。お腹が大きくなりつつあるため、ストッキングをガーターベルトで留めておくことがいよいよ難しくなってきている。かといって、公共の場所に出るのにちゃんとした女性が靴下を履かないというわけにはいかない。

これは1953年のことだそう。今ではファッションアイテムの一つであるガーターストッキングですが、この時代では
・女性が素足を見せて人前に出ることなんてできない
・長時間身に着けているとガーターベルトがきつくて苦しい
という二つの理由から女性を縛る存在だったのですね。

アレン・ガント・シニアは、妻の訴えに発明の才を持って応えます。彼は「パンティとストッキングを組み合わせてみたらどうだろう」と提案し、エセルが実際にストッキングを縫い合わせて試作品を作ってみました。繊維工場のオーナーであった彼は、自分の会社にこれを持ちこんで商品化。1959年に「パンティレッグス」の名前で百貨店で販売されるようになりました。

30年後にエセルは取材に対して「とても素敵でした。私と同世代の女性はみな発売当初から最高だと思っていて、手に入れるのが待ちきれませんでした」とコメントしています。

その後、ミニスカートが登場するとパンティストッキングは別の意味で流行に貢献します。ストッキングをガーターベルトで留めると、ストッキングの縁と留め金部分がスカートのすそから見えてしまいます。ニーハイソックスのように最初から縁を見せるつもりならともかく、意図しないのに見えてしまうのは女性にとって嬉しくもなんともないですが、パンティストッキングなら大丈夫というわけです。

日本でこのパンティストッキングが普及したのはもう少し後だったようで、1945年生まれの私の母は60年代半ばに働いていたころ、まだガーターベルトでストッキングで留めるしかなかったという話を聞いたことがあります。70年代、80年代には日本でもすっかり普及していますね。パンティストッキングはそれはそれで、少々暑いとかサイズの制約が厳しいといった問題もなくはないですが、全面的にガーターベルトへ後戻りするということはもうなさそうです。

さて、足元の女性解放を果たして生活必需品から引退したガーターベルトですが、今でもTwitterのタイムラインで時々話題になるのが「ガーターベルトは、ショーツの上に着けるべきか、それとも下か」という問題です。ガーター部分が外側に見えているとレースなどの装飾がきれいですが、トイレにいくたびに外さないといけないので不便です。実際のところ、どちらが正しいのでしょうか?

というわけで、「正解はない」のが正解。引用したイギリスのストッキング専門店によると「デザイナーはガーターベルトを上にして着けると美しく見えるようにデザインしている。とはいえ、お手洗い事情がそれを許さないこともあるため、ショーツを上にしている人は多い」だそうです。

1950年代、ガント夫妻のおかげでガーターベルトは女性を縛る存在から、好みに応じて身に着けるファッションアイテムに変りました。その歴史を尊重すれば、ガーターはつけたいようにつける、が良いと思うのです。

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『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』アメリカ初の人工衛星からボイジャー、バイキング探査機まで

『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』(地人書館)表紙。帯あり

2018年7月、地人書館よりNASA ジェット推進研究所(JPL)の女性コンピューターの歴史を描いたノンフィクション『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』が出版されました。初めて1冊翻訳を担当した書籍となります。

ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち

2016年4月、ふと目にしたロサンゼルス タイムズの書評が本書の原作との出会いでした。「コンピューター」という言葉が電子計算機の前に人間を指す、ということは知識としては知っていましたが、実際にその職業についていた方々の記録となれば特別な興味がわきます。しかも女性で、アメリカの宇宙探査機の歴史を作ったJPLを支えたというのです。

これは読んでみるしかない! すぐにでも欲しかったのですが、当時AmazonではAudible版しかなく文字のKindleで入手できませんでした。読みたくてもんどり打っている間に、頼もしいフォロワーさんがiBooksの存在を教えてくださいました。おかげで「読みたい!」という気持ちが新鮮な間に広げることができたのです。以来、読みたい本があったときにはタイトルで検索して、入手ルートが複数あるのか、価格に違いがあるのかなど確かめるようにしています。

そして読み始めてから1ヶ月ちょっとのツイート。

このときはまだ、一読者として好きな本の存在を語りたくてツイートしていただけでしたが、しばらくして、なんと地人書館の編集者にして、あるときは“GoogleSatTrack”や小惑星探査機はやぶさ2の現在位置を表示するWebサービス“H2Track”の作者、またあるときはJAXA 宇宙科学研究所に出没するボサ博士こと柏井勇魚さんから「翻訳をしませんか」とのお声がかかりました。

20年以上編集/ライター業をしていますが、数年に1回くらいこんなふうに、ボールを受け取るやいなや全力で走り出すような仕事が訪れます。この前は、「そんなに宇宙が好きなら、『はやぶさ』の企画やろうよ」とお声がかかってひと夏走り通した小惑星探査機「はやぶさ」13人のプロジェクトメンバーへの大インタビューでしょうか。

初めての書籍翻訳、それも9万語を越えるノンフィクションとなると、走るといってもかなりの長距離走になります。当時、フリーライターを少し休んで会社づとめをしていたこともあって、作業期間の見積もりが甘く、当初予想を大幅に超えて8ヶ月以上の時間がかかってしまいました。日本語でこの魅力的な本をご紹介するのが遅くなってしまったことは、大変申し訳なく思います。

それでも、これまでライターとして宇宙探査の記事を書き続けてきた経験を本書の翻訳に十二分に活かすことができました。小さい頃からカール・セーガンの『COSMOS』で親しんだ「ボイジャー1号」「ボイジャー2号」という大スターだけでなく、「アメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」打ち上げのエピソードは、ISAS 宇宙科学研究所の的川泰宣名誉教授の著書『月をめざした二人の科学者』(中公新書)を読んだ上ですと、同じ歴史の違う側面をたどっている喜びがあります。

米ソ宇宙競争の中で「マリナー2号」が金星探査を成功させた意義がどれほど大きかったか再確認することにもなりました。地球観測衛星「シーサット」が人工衛星で初めてLバンド合成開口レーダーの技術があったからこそ、毛利衛さんがスペースシャトル・エンデバー号搭載のレーダーによる立体地図作製のデータ取得ミッションもあったのだし、JAXAの地球観測衛星「だいち」「だいち2号」もPALSARで宇宙から地球を見てくれるのだと思うと、いっそう親しみがわきます。

そして、こうした宇宙の歴史を作ってきた人々が、これまで表に出てこなかった、高度な技術を持ったプロフェッショナルの女性であるという驚き! ネタバレになってしまいますので個々のエピソード紹介は控えますが、私はヘレン・リンさんが計算競争でやすやすとトップを走っていくシーンが大好きです。

2年かかってついに『RISE OF THE ROCKET GIRLS』を日本語でご紹介することができることになりました。原作と同じく日本語版の表紙にはJPLロケットガールズのみなさんが登場します。鮮やかな黄色を背景に「ヒューマンコンピューター」の女性が並ぶ(カバー裏まで続いています)最高のデザインは、江川英明さん(モジャ博士)が担当してくださいました。

カバー全体

『RISE OF THE ROCKET GIRLS』原作表紙

それでは、本書『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』を多くの方々に楽しんでいただけますように。

カメラマン、ライターの仕事の価値を勝手に下げないでください

大変に残念なブログがありました。

写真が撮れてこそWebライター!本気でライティングを仕事にしたい人のための写真術』とのこと、Webライターとして記事のための写真撮影を指南するのだそうです。

大変若い方のようですので、私のような年上の人間があまり批判的なことを申し述べるのは気が引ける部分があります。とはいえ、この記事のような”写真術”がライターのスタンダードだと思われるのでしたら、広い方面に迷惑がかかるだけですので、執筆者の方のプロフィールはさておき、検証してみます。

露出補正だけではどうにもなりません

「(1)取材先の会社に行く、自社に来てもらう場合」の項によれば、取材対象者の人物撮影の場合、窓を背景にして座ってもらう方法がおすすめとなっています。「ふんわりした明るい写真にできる」「外の景色が背景になる」ためだそうですが、逆光気味で人物の顔が暗くなる。そうですね。そしてこれは

これはカメラの「露出補正」という設定を+側に振るだけで解決できます。

のだそうです。ですが、解決しません。サンプルの画像の場合、大きな窓の天井近くから外光が人物の手前まで回り込むように射しています。ですから露出補正である程度まで手前を明るくすることができますが、もっと窓の面積が小さかったどうでしょう? また、手前の室内に色の強い、面積の大きなものが置いてあったらどうでしょうか?

本当に撮影のために背景に負けない明るさを手前から補って色を出すのであれば、露出ではなくストロボやレフ板で光を入れるしかないのです。この項に限りませんが、このブログにはライティング(文筆のことではなく撮影照明のことです)に関する記述がほとんど出てきませんね。影は、明るくしても影です。白っぽくなるだけ。光の当たっている明るい部分は、露出補正や画像編集を行えばもっと白くなってしまいます。

構図と出力が合っていません

「(1)三分割構図とは」の項によれば、「黄金比の三分割構図だけは必ず覚えて」おけば実践的なのだそうです。「三分割構図とは、デジタル一眼レフカメラの撮影基本比率となっている3:2の長方形内」ということです。しかし、画像の縦横比が3:2となっているのは35mmフルサイズに合わせているから。デジタル一眼レフカメラの規格として提唱されたフォーサーズシステム(Four Thirds System)は名前からわかると思いますが画像の縦横比は4:3です。

後半の「(1)ファイルを圧縮しよう」の項に記述がありますが、この方の使用カメラはニコンD800で普段の画像サイズは5023×3347ピクセルとのこと、これならおよそ縦横比は3:2です。普段使っているサイズ、3:2を基準に構図を決めるというのはわかりますが、それはこの方の機材に当てはまることでしょう。ちなみに私はニコンでもだいぶ前のD3100を使っていますが、規格がAPS-Cですので画像縦横比は4:3です。

※機種、規格と縦横比の認識に一部誤りがありましたので訂正します。

また、同じファイル圧縮の項に最終出力として「iPhoneのRetinaディスプレイに対応できる、横1136×横640ピクセル(ママ)」という出力サイズの想定が出てきます。長辺1136×短辺640というのは3:2でも4:3でもありません。最終出力と違う縦横比で構図を決めると、何が実践的になるのでしょうか。

機材一式で70万円を越えます

生臭い話ではありますが、Webライターとして、プロとしての撮影術を云々するのであれば、収入と機材費のバランスを考えないわけにはいかないでしょう。

「(1)取材に必要な撮影機材一覧」の項には、理想の機材一式として、「デジタル一眼レフカメラ」「24-70mm程度の標準ズームレンズ」「50mm単焦点レンズ」「70-200mm程度の望遠ズームレンズ」「フラッシュ」「SD(CF)カード」「予備のバッテリー」が挙げられています。先ほども述べたようにこの方はニコンのD800がベースということですから(現行モデルはすでにD810ですが)、ボディがおよそ28万円程度、単焦点レンズが5万円程度、ズームレンズはそれぞれ20万円程度、ストロボは純正品で3万円から、おおまかに計算しても76万円。予備バッテリーやメモリーカード代もかかります。また、三脚の話が出ていませんが、三脚が必要になるシチュエーションは取材の中にはないのでしょうか。

こうした費用はあくまで撮影のため、そのほかにPC一式やソフトウェア、ライターとして録音機材などが必要になるわけです。タイトルにあるようにWebライターとして取材、原稿を書きながら同時に撮影も行わなくてはならない。ここで求められているのは、プロのカメラマンとプロのライター、2人分の働きを1人でせよ、という人物像なのです。

1人の人間が、機材を揃えればプロ2人分の働きができて、報酬もプロ2人分になるのでしょうか。Webライターですよね。Webライターの原稿料の相場として1本3000円であれば高額と言えます。雑誌と比較すれば10分の1以下ですが、2人前の働きをすればこれが紙媒体並みにアップしますか?

どんなに機材がよくなろうが、プロ2人分の働きはプロが2人いなくてはできません。原稿料1本3000円で「Webライターを生業にして」いくためには月産で100本書いてやっと30万円、1本2000文字の記事なら20万字(単純に30で割って1日あたり約6700文字)なのですが、このスピードで原稿を書き、CMSで原稿と写真をアップロードして、得られる収入で生活を維持しつつ70万円の機材を購入せよということなのでしょうか。「いや、ここで想定しているWebライターはもっと1記事あたりの報酬が高い」というのであればなおのこと、1記事にそれだけ高いクオリティを維持しているということです。ライターの価値をそこまで認めている媒体が、なぜ写真には同じ高いクオリティを保証できるプロのカメラマンをアサインして、記事の価値をもっと高めようとしないのでしょうか。実にアンバランスです。

「プロのWebライターとして取材し、入稿するまでの写真術」とのことですが、カメラマン役として撮影ができるWebライターとは、2人分のスキルを持つ人材ではなく、1人の人間の働きを半人前以下のカメラマンと半人前以下のライターに分割し、原稿料を0.1人前にした媒体側に都合のよいだけの存在ではありませんか? いったい誰のための”術”なのでしょう。それぞれ異なるスキルを持つカメラマン、ライターという存在の価値を落とし、Web媒体向けに文章を書くことを仕事にしようという人に多大な負担を強いる構図しか見えません。

続・カメラマンは食えなくなっているのか? 編集・ライターの事情

先日、「出版不況」と言われる状況を考察する記事が話題となっていました。
「出版不況」は本当か?–書籍まわりのニュースは嘘が多すぎる  (CNET Japan 2014年9月2日)
枕詞のように言われる出版産業の不況に対し、紙の書籍と電子書籍を個別に、バラバラに考えるのではなく両者を合わせた「総合書籍」というカテゴリで考えましょう、という記事です。紙書籍の売り上げ減少が今後続くとしても、電子書籍の伸びを合わせれば総合書籍の販売規模は、来年から微増とはいえ成長する見込みがあるといいます。

周囲の出版関係者の反応は、一言でいえば半信半疑。成長予測が現実のものになれば嬉しいけれども、自分の実感としてはそんな兆しがあるとは思えない、というところです。ライターの身としても単価の伸びが感じられない中で、市場の成長に素直に期待できるのか、悩んでしまいます。

困ったときは数字を検証、というわけで以前のエントリ カメラマンは食えなくなっているのか?でチェックしたデータをもう一度よく見てみようと思います。出版産業に従事する人の数です。

一般的には、ある産業が成長して、人手が足りない状態が続けば就労者数は増える、逆に市場が縮小すれば人は出ていく、のが前提ですよね。カメラマンをしている家族の経験と、国勢調査を元にした職業小分類別の就労者数の変化を重ねてみたところ、1990年代半ばがピーク、2000年ごろまでもちこたえたものの、2005年から2010年にかけて、2000人が減少(約3%減)していました。出版産業の中でいえば、広告の出稿数が下がれば、製作実務の件数そのものが減ります。また、記事(特にWeb記事では)あからさまに「カメラマンなんてお金かかるから要らない。記者や編集者ライターがついでに撮った写真で十分」という声が聞こえてきます。クオリティは歴然と違うのですが、それが売り上げに反映されるのかどうかわからない中では「誌面が貧乏くさくてもいいや。コストが安ければ」という感覚が幅を利かせるのも致し方ないのでしょう。私は、貧乏なのは仕方ないことだが、貧乏くさいのは良いことでもなんでもないと思っていますが。

さて、同様に出版の製作実務を担う職業小分類として「39:文芸家、著述家」「40:記者、編集者」を合わせて見てみましょう。数字だけ並べても見にくいので、かんたんにグラフにしてみました。

独立行政法人 労働政策研究・研修機構発表「職業小分類別就業者数の推移」より。1995年まで実績、2000年以後推計。 http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/sansyoku/sansyoku.html

独立行政法人 労働政策研究・研修機構発表「職業小分類別就業者数の推移」よりグラフ作成。1995年まで実績、2000年以後推計。
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/sansyoku/sansyoku.html

 

記者、編集者をでは、出版不況を示す販売実績のグラフと素直に一致するように思えます。新聞雑誌、書籍が売れなくなったから、書籍や記事を製作する編集者や記者も減ったのです。就労者数のピークは、出版が好況だった90年代半ば。国勢調査は5年ごとで次回は2015年ですから、今後この数が増えていくのかどうかは現時点では不透明です。

困惑させられるのは、文芸家、著述家の就労者数が一貫して右肩上がりに伸びているということです。どういうこと? 不況で本も雑誌も売れないのに、書く人だけなぜ増えているのですか?

「文筆業の参入障壁が低くなり、かつ『仕事に、お金になる』という期待値が先行しているのでは?
→PCなどツールの普及により文章を書くというスキルそのものがコモディティ化しているとはよく言われることです。出版社に就職する、作家に師事するといった最初のハードルを越えなくても、自分で自らを訓練して文筆活動をすることが可能になっています。しかし、業界全体の売上が下がっている中で、期待値だけで40年も就労者は増え続けるものでしょうか? 参入障壁が低いのであれば、売り上げが上がらないのであれば業界を去るのも簡単であろうと思います。

辞めた編集者・記者、写真家が文筆の方へスライドしているのでは?
→私の見解はこれ。私の実感ですが、出版関係の中でも編集者・記者、写真家、作家・ライターという書籍の中身(コンテンツ)を製作する人の作業は、辺縁が重なりあっていて不可分な領域があるのですよね。私はライターとして文章を書きながら取材の手配をして写真を撮りますし、企画の立案や書籍の構成、校正なども行います。編集・ライターと名乗っている人は珍しくなく、双方の実務を行っています。新聞記者から著述家へ、という変遷も大いにあり得ます。

出版産業の売り上げ減少は長らく続いてきた傾向で、それは間違いないと思います。とはいえ、その内部で実務を担ってきた人たちは(ことコンテンツ製作実務においては)複数の仕事を兼任し、それぞれ減った単価を補い合いながら、一気には業界から出ていくことなく持ちこたえてきたのかもしれません。ただし、印刷製本という出版の中でも実体のある部分まで含めて考えれば、出版産業の就労者は減少していることも考えなければならないと思います(この部分も確かめてみようと、宿題にしました)。上記の数字は、国勢調査による就労者数という、年間の販売量にやや遅れてついていく傾向を示しているものだと思います。現時点で今後を予測するのは難しく、2015年の国勢調査の結果に変化が現れているのか大いに期待したいところです。というわけで、来年の調査が始まったら期待を込めて現状を正確に記入し、統計の1マトリックスになることを楽しみたいと思います。

フリーランスとセクシュアルハラスメント

東京都議会でのハラスメント野次問題の直後です。この件が今後、どういった影響を世の中に与えていくのかまだわかりませんが、関心と議論は以前よりさらに高まっているように思えます。この機会に私自身のフリーランスライターとしての活動とかかわりのある体験について、整理しておこうと思います。

私がフリーランスライターとして活動を始めてから、そろそろ19年になります。それなりに長い時間、フリーライターとして働いてきたわりには、私はセクシュアルハラスメントにさらされた経験は少ないと考えているのですが、まったくないわけでもありません。まずは、時系列順に記憶しているケースを並べてみます。

【20代後半】
フリーとしての活動歴がまだ浅かったころ、男性のフリーランス編集者を通して書籍の仕事。数度の打ち合わせ、原稿提出の後に編集者男性から「あなたの文章は未熟だ。自分は新聞記者出身なので、これから通う気があれば文章指導をしてあげよう」と言われた。
→「結構です」と断り、その後はその男性編集者からは仕事依頼もコンタクトも来ていません。当時は相手の意図をはかりかねる部分もありましたが、先輩女性ライターから後に「気をつけた方がいいのでは」とアドバイスをいただきました。あるいは、指導料を求められるといった方面に発展した可能性もあるのではないかと思っています。

【30代前半】
子供が1歳未満のころに、夫に任せて海外出張に1週間でかけた経験を話したところ「何やってるんだ。旦那が怒るぞ」と非難された。
→「え、旦那はいいって言ったよ」とはぐらかしました。この系統のは今でもときどきあって、取材で数日家を空けることがあると話すと「旦那さん、よく許してくれますね」といった反応が返ってきたりもします。「うちはずっとそれでやってますから」と受け流して、それ以上その話は発展させないようにしています。

【30代後半】
上の子の出産時、病院の陣痛室(分娩室に入る前の待機室)で、病院から貰った「陣痛の経過と子宮口拡大」のプリントを握りしめて「今ココ……あとこうなってああなって、あとどれくらい」とこれからどうなるかはかっていた、あのプリントはありがたかった(今でもそう思っています)という経験を話したところ、別の男性に「そんなのおかしい、女じゃない」と笑われた。
→「私のほかにもう一人、微弱陣痛で大変な人がいて……助産師さんたちはそちらにかかりきりだから、私は遠慮したんですよ」と適当に嘘(これは本当は次の子のときの話)ついて受け流しました。

【40代前半】
企業取材の打ち合わせをしていたところ、女性のフリーランス編集者から「あなたは白髪が目立つ。取材相手のおじさん達は、もっと女性らしい容姿の方が嬉しいはずなので、これからも仕事を継続して取っていくために髪を染めてほしい」と求められた。
→かなり直近の話なので、これを書くのは結構リスクなのですが……同時に「これから費用を出すから懇意にしている美容院に行こう」とまで言われたのですが、「作業が押し詰まっています。それどころではない」と断りました。ここで変な力関係をつくると(プライベートも面倒みてあげたのに、といったような)後々面倒なので、この件は再燃しても断ります。リスクは最大見積もっても、今後その女性編集者から仕事が来なくなることですね。
(※女性から女性への言動はセクシャルハラスメントにあたらないと思われる方がもしかしたらいるかもしれませんが、厚生労働省のガイドでは「性的な内容の発言および性的な行動」を「女性労働者が女性労働者に、男性労働者が男性労働者に対して行う場合も含む」となっています)

こうして振り返ってみると、件数ではそれほどでもないですね。また、「どれも軽微な内容でたいしたことではない。もっと重大なハラスメント被害に逢っている人もいるのだから、その程度で騒ぐべきではない」と批判されることも考えられる、微妙な件が多いようです。私自身、そうした批判を恐れてきたと思います。

しかし、上記のケースが「軽微な内容」ですんできたのは、幸運に助けられての要素、たまたまの部分が大きいとも思うのです。結婚して子供がいることを明らかにしているので、夫の存在が抑止に働いていることはおおいに考えられます。私はたまたま、身長が高くて女性の平均を上回っているので与し易しと見られにくい、やや威圧的に思われているのかもしれません。また、家庭に大きな問題を抱えていないときに女性性を否定されてもそれほどのダメージは受けません。さらに、夫は上記のようなケースの後に相手から仕事が来なくなっても、私の態度を非難するよりは「そういう相手とは関わらない方がいい」と肯定的な方です。

リスクというのは、「どちらに転ぶかわからない」ということです。子供の発達などの面で悩みを抱えているときに、出産時の態度を否定されたらそのために「だから私の子供は正常でないのか」といった方向に自分を追い詰めて、結果的に子供に余裕を持って対応できなくなるかもしれません。夫ともめているときであれば、相手にとっては軽い揶揄でも、重大に受け止めて結婚の問題点をすべて底に帰するような考え方をしてしまうかもしれません。また、仕事の発注依頼の維持のために容姿コントロールを受け入れたら、次はその維持のための仕事外の接待を求められるかもしれませんし、どちらにせよそんなことで仕事を維持できる保証はどこにもありません。

最大のリスクは、心身の健康です。フリーランスに基本的には休業補償はないので、集中して原稿を書けない状態になったら終わりです。もちろん、上記のような件はほとんど「降りかかってくる火の粉」ですので、避けようとか「態度をよくしていればそういった目に合わない」といった精神論ではどうにもなりません。そもそも、外見や態度が女性らしければそれ故の被害をうけるでしょうし、私のように女性の平均を外れていれば、「女らしくない、女性の規範に沿わない」と非難されるのですから、セクシュアルハラスメントにあわない正解の態度などというものはありません。

いつ起きるかわからないハラスメントですが、いざという時のためにこうして記憶からときどき引っ張り出して、検証しておくことが役立つと思っています。「あのときの誰それのあの発言は、私の仕事とも私生活とも無関係の、不必要な発言だ。深入りしてこじらせる必要はない。リスクはこの程度あったが、早めに撤退したので被害は小さくて済んだ」とチェックしておけば、次に同じようなことが起きたときに「やばいやつだ」と判断できるかもしれません。対処は、「気が効いた切り返し」などという定義のわからない、誰のためなのかよくわからない行動である必要はありません。「これはセクシュアルハラスメント、人生のアノマリーだ」と早く認識して、自分の人生からさっさと切り離すことだと思っています。気にしないのではなく、いったん気にして異常を検知したので異常事態として処理するという意味です。

本エントリは、そうした私自身の整理のために書いた部分はあります。が、誰でも公開のblogにしておくことでどなたかの検証に役立つこともあるかもしれません。というわけで、ここに置いておきます。

「スケッチングライト」「ホットシューダイアリー」:フォトグラファーが見た宇宙開発

旦那さんがすばらしい本を買いました。
スケッチングライト」(ジョー・マクナリー 2012/12)
ホットシューダイアリー」(ジョー・マクナリー 2012/12)
LIFE誌専属フォトグラファーを務めたジョー・マクナリー氏が小型のクリップオンライトを活用した撮影テクニックについて語っています。旦那さんによると「これすぐやってみたくなる。この人の光は真面目だし」と絶賛。Amazonではもう手に入らないのですが、紀伊国屋書店の店頭在庫検索を活用して、都内を走り回って手に入れました。それくらい読みたかったのです。

宇宙エピソードも素晴らしい件
ジョー・マクナリー氏は、1980年代にスペースシャトル初打ち上げ STS-1の撮影のころから経験を積んだとのこと、要所々々に宇宙開発の現場撮影のエピソードが登場します。これがまた面白い。
ナショナル・ジオグラフィックの企画で、スペースシャトルSTS-95のクルー撮影を引き受けたのだとか。STS-95といえば日本にとっては向井千秋さん! ですが、アメリカのメディアの注目は77歳で再び宇宙に向かったジョン・グレン宇宙飛行士に集まっていたとのこと。ミッションコマンダーのカート・ブラウン宇宙飛行士はジョン・グレン宇宙飛行士ばかり注目されるので相当にナーバスになっていたとのこと。何か申し訳ない気持ちになります。でも、向井千秋さんとジョン・グレンさんが笑顔で宇宙食を手にする写真は素敵です。
LIFEの企画では、ロシアの宇宙飛行士訓練施設”星の街”を取材したとのこと。1990年代後半の取材のようです。ロシアの宇宙ステーション”ミール”の水中モックアップを沈めたプールのある水中訓練施設の撮影許可を取りつけ、マクナリーさんは大変、期待を持っていたそう。ところが実際に行ってみたところ、確かに施設には入れた、写真も撮影できたものの、プールは空っぽ。施設を案内する契約はしたけれど、ミールが沈んだ状態で撮影できるとはいってない、というわけですね。事前に支払った契約金額は3万ドルとか怖いことが書いてあります。怒鳴り合いの交渉をしたそうですが、代わりにマクナリーさんは、トイレにプラウダ紙の切れ端がトイレットペーパー代わりに置いてあるという、いろいろ印象的な写真を撮って帰ったとか。

翻訳が残念すぎる件
大変よい本なのですが、Amazonのレビューをみるとほとんど全件に「翻訳がひどい」と書いてあります。ええ。翻訳はひどいです。
日本語の意味の通らない文も散見されますし、写真用語のチェックもできていないと思います。「スターシティ」のように英単語をカナに置き換えた言葉も多いのですが、本文に合わせて「スターシティ ロシア」で検索すれば、すぐにこれがロシアの宇宙飛行士訓練施設を擁する場所で、日本では「星の街/星の町」と表記することがわかるでしょう。「ロジア(ロシア)」や「。。(句読点ミス)」のように翻訳以前の問題、編集してないのではとさえ思えます。
写真家の監修の一人でもつけばまた違ったのかもしれませんが……製作に関わる人を増やしたとすれば、この本はおそらく3800円では出版できなかったのではと思います。いったい何部刷ったのでしょう。下世話ですが少々勘ぐってみました。
まず、この本は完全にプロのカメラマン向け、それもニコンユーザー向けの書籍です。スタジオで使うような大規模なライトを、小型のクリップオンライトなどを駆使してコンパクトなシステムに置き換える最新の技術について語る専門的な内容です。完全にニコンのシステムに依拠しており、キヤノンについて書くつもりはないと著者自身が明言しています。
カメラマンは食えなくなっているのか? の項目で調べたところ、日本に職業カメラマンは6万5000人います(2010年国勢調査より)。カメラマンにおけるニコン/キヤノンユーザーの比率ははっきりした数字がありませんが、2012年ロンドンオリンピックの年にニコン、キヤノン両社とも「シェアはうちがやや優位で6:4」と述べているそう。ですから、シェア半々だと思っておきます。すると、日本のプロカメラマンでニコンを主に使う人は3万2500人ということになり、これが書籍の想定読者層。……3万人しかいないのか……うち1割が本を買うとして(これは無根拠ですが)3000人。
当初、初版4000部と予想したのですが、下方修正で3000部です。実は2000部でしたといわれても驚きませんね。これで製作スタッフを増やしたら、書籍価格は5800円くらいになってしまうかも。そしてますます売れなくなるという。文学作品でこんなに訳が残念であればそのせいで売れなくなると思いますが、専門書籍の場合は訳がまずくても買える値段(かつ内容が陳腐化しない間)であればよいという世界が成立している例ではないかと思います。

それでもこの2冊の本が素晴らしい件
いろいろごちゃごちゃ書いたところで、やっぱりこの2冊は面白い。夫が純粋に自分の仕事のために入手した本なのに、私の方が引き込まれてしまいました。書籍の一部を玄光社のサイトで読むことができます。「光の魔術師ジョー・マクナリーの極意 ライフをクビになった理由」には、1990年代の後半に、LIFE誌の専属を外れたときのエピソードがあります。LIFEの仕事で賞を取ったにもかかわらず、社の方針で首になったというのですね。

私は何が起きるかわかっていて、それを楽しもうと決めていたのでした。彼女の最初のセリフ:「ジョー、わかっているかもしれないけど、うちではもう専属フォトグラファーは置かないことにしたの。」私の返事:「そうでしょうね。写真誌に専属フォトグラファーなんて要らないですよね?」
これでスタッフではなくなりました。40代後半にして、失業したのです。

 LIFE誌にしてこの仕打ち。

雇い主が授賞式にやってきて、あなたの手を両手で掴み息を弾ませて「君の作品、最高だよ!」と大声で言うかもしれません。でも彼は同時にあなたをじろじろ見てこんなことを思っています。「何でこんなに金がかかるんだろう。今では無料でいくらでも写真が手に入るのに、なぜ金を払わなくてはいけないんだ?」

こうしたことは今、アメリカでなくとも、フォトグラファーでなくとも、どこでも多分起きていることです。これが続くと、体が動かなくなるという言葉は日々実感しています。カメラを持ちあげるのも重く感じると。

それでも生き残ろうともがきながら、あなたはカメラを手にします。写真を撮ってください。それが職人らしい仕事だろうと、完全に二流の仕事だろうとかまいません。それによって、a)収入が得られ、b)次の日も戦えるのです。

 戦って、そしてどうなるかはわからないので、この後は引用しません。それでも、戦って勝ち抜いた人の言葉を頭の隅に置いて、私も自分の仕事をすることにします。

ISSを2024年まで運用延長:発表全文

2013年9月17日、来日し東京大学で講演したNASA チャールズ・ボールデン長官 (撮影:小林伸)

2013年9月17日、来日し東京大学で講演したNASA チャールズ・ボールデン長官 (撮影:小林伸)

2014年1月9日・10日の2日間にワシントンで開催されたIAA Space Exploration Conferenceにあたり、前日の1月8日にオバマ政権が国際宇宙ステーションの2024年までの運用延長を打ち出しました。
アメリカ議会はこれを了承するのか? ISSに2024年まで費用をかけると、SLS/Orionを継続できなくなるという予測もあるがどうするのか? 日本を含めてどこまで参加各国がついていくのか? 技術的には、ISSは2028年まで運用できるということだがそれはどんな保証によるものか? さまざまな疑問がありますが、まずはなんといってもアメリカ(オバマ政権とNASAボールデン長官)がなんといっているのか、文言を読んでみないことには始まりません。
報道ですとどうしても省略されてしまいますから、例によって自力で読みこんでみることにしました。自分のためのものですから荒っぽいものではありますが、要素となる語句は落としていないつもりです。
しかし、清々しいほどアメリカの国益のことしか書いてありませんね(当たり前ですが)。それはまあ当然ですので、ここから何を引き出せるのか、まずは考える材料となればと思います。

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オバマ政権、国際宇宙ステーションを少なくとも2024年まで延長

1月9日から10日まで、ワシントンに世界30カ国以上の宇宙機関の長が集まり、将来の宇宙探査に関する史上初のサミットを開催するにあたり、オバマ政権が国際宇宙ステーション(ISS)を少なくとも2024年まで延長すると承認したことを喜びとともにお伝えします。我々は、ISSのパートナーが少なくとも次の10年までの延長の取り組みに参加し、この他に類を見ない軌道上実験室において、画期的な実験の実施を継続するであろうと希望、楽観視しております。

ISS運用の延長により、NASAと国際宇宙コミュニティは数多くの重要な目標を達成できるでしょう。

第一に、NASAはISSで、地球低軌道の先にある計画中の、2025年までに小惑星へ、2030年までに火星へといった長期間の有人ミッションに必要な研究活動を完了します。NASAは、長期のミッションで予見される32の人体への健康リスクのうち、21項目を十分に低減するにはISS上の研究が必要と考えています。それと関連するISSの重要な機能とは、人間が深宇宙で安全かつ生産的に活動するために必要な宇宙機システムと技術の試験を行うことです。2024年までのISS延長により、こうしたシステムを成熟させるために必要な時間を得られるでしょう。

第二に、ISS延長は宇宙ステーションから社会的利益へ至るより流れをさらに広げます。ISSで実施された研究は、すでに医学や産業へ影響する重要な数多くの発見をもたらす結果となりました。医学の例では、サルモネラ菌や細菌の抗生物質耐性株に対する潜在的なワクチンや、健康な細胞には影響を及ぼさずにがんの腫瘍へ薬剤を届ける治療のためのマイクロカプセル化技術などがあります。さらに、ISSの先端技術は、これまで手術不可能だと考えられていた腫瘍を取り除くロボット手術の開発にも道を開いています。

ISS延長の将来的な利益とは、NASAと民間宇宙開発パートナーに対し、貨物と人員を地球低軌道へ輸送する商業宇宙産業へのさらに十分な移転の時間をもたらし、NASAは深宇宙探査のための次世代ヘビーリフトロケットと有人カプセルの開発に集中できるようになるということです。

すでにふたつのアメリカ企業がISSへの補給契約を結んでいます。現在の貨物輸送契約は、2016年、2017年の期限に終了しますが、ISSを2024年まで延長すれば、さらに多くのフライトをISS貨物輸送サービス契約に追加することができるようになり、より競争力のある価格設定となり、新しい民間の入札者も参加可能になって最終的にはもっと多くの合衆国の商業衛星打ち上げへ繋がるでしょう。

合衆国国土から宇宙ステーションへアメリカの宇宙飛行士を打ち上げることは、オバマ政権にとって最優先項目であり、民間企業が私たちの宇宙飛行士を軌道上へ運ぶ認可へと大きな一歩を踏み出しています。初の商業有人飛行は2017年に予定されており、一部はわずか3年間の商業有人飛行への投資を疑問視しています。2024年までISSを延長すれば、付帯するフライト回数も増加し、フライト1回当たりのコストを引き下げ、投資はもっと魅力的になるでしょう。

ISSはまた、地球とその気候の変動に関する研究において、ますます重要な役割を果たしています。今後の数年間に、ISSはSAGE III( Stratospheric Aerosols and Gases Experiment:成層圏エアロゾルとガス実験)やRapidSCAT(ocean winds measurement instrument:海洋風測定器)、OCO-3(Orbital Carbon Observatory:軌道上炭素観測衛星)、CREAM(Cosmic Ray Energetics and Mass experiment:宇宙船エネルギー論と質量実験)、CALET(Calorimetric Electron Telescope:カロリメータ型宇宙電子望遠鏡)といった地球と宇宙科学を研究する機器を迎えます。2024年までISSの安定性と可用性を確実にすることで、科学コミュニティにISSというプラットフォームは長期間の研究の努力にとって重要なものになり得るという信頼を与えるでしょう。

最後に、ISSの延長は今後の有人宇宙飛行における合衆国のリーダーシップを凝集していくことでしょう。ISSは、史上もっとも複雑かつ挑戦的な工学的努力の結集です。その成功のカギとは、NASAの創意工夫と国際協力のコンビネーションンにあります。15カ国のパートナーと現在68カ国の1回またはそれ以上のISS利用国による、この他に類を見ない軌道上実験室は、平和的な国際協力によって達成することができた、明らかな人類にとっての利益の実証です。アメリカがそのリーダーとして、このままこのパートナーシップを維持することは重要です。宇宙でのリーダーシップは、経済的発展、技術的優位、国民的プライド、より広範な世界におけるアメリカのリーダーシップへの貢献をもたらすのです。

ISSは、巨大な科学的、社会的利益を提供する他に例のない施設です。少なくとも2024年まで運用を延長するというオバマ政権の決断は、その潜在的な可能性を最大化し、国家と世界にとって欠かせない利益をもたらし、宇宙におけるアメリカのリーダーシップを保持することができるでしょう。

ジョン P. ホールデン
科学技術担当大統領補佐官
科学技術政策局局長

チャールズ・ボールデン
NASA長官

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追記:タイトルが「2014年」になっていました。ご指摘いただいて2024年に修正いたしました。お恥ずかしい。