脳梗塞と軽度認知障害の父が運転免許証を返納するまで

高齢者の認知症と運転免許証のことがひとつのトピックになっています。昨年、横浜市で子供さんを巻き込む被害となった件も、高齢者の運転について考えざるを得ない契機になっているのだと思います。そこで、父が免許証を返納するまでの顛末を記録しておくことにします。

まず、父は東京の郊外(市部)に住む70代男性という前提があります。引退するまで自動車の運転が仕事の一部でしたので、本人の中に「運転できることは生きる上で欠かせない」という意識があることは間違いないと思います。私も子としてそのおかげで育ったわけですから、感謝の気持ちも持っています。

その上で、子として「これは、免許証を返納してもらうしかない」と考える出来事がありました。昨年、72歳の父が母の葬儀後に脳梗塞で倒れたのです。難病で長らく療養していた母の葬儀と病理解剖についてはこちらに記してあります。母の死から父の脳梗塞発症まではほぼ2週間ですので、多大なストレスがかかったことは確かでしょう。

脳梗塞発症から入院は約2週間、幸い大きな後遺症は残りませんでした。ただ、父は運転(気ままなドライブ)が趣味らしい趣味という人で、退院後の指導で「自動車の運転再開を検討するとしても、は脳梗塞の発症から6ヶ月以上経ってから」という主治医の指導にかなり反発しました。

「俺が運転しなかったら庭掃除もできない(自宅の敷地から車を動かさないと庭仕事ができない)」というのが本人の言い分。東京の郊外に住んでいて生活に車が必須でなくても、車移動に慣れた人はこういう理由に固持するものなのです。

父は70代まで病気ひとつしたことのない人で、自分の健康状態には絶大な自信を持っていて、脳梗塞も「治った」というのです。確かに大きな後遺症はないのですが、痛みや痺れはありました。また、父以外の家族は全員、さまざまな意味で「病気慣れ」していて、「病気というのは発症以前の状態に巻き戻すように治るというのとは違う」と思っているわけです。

脳梗塞発症の直前あたり、父がかなり大きなスピード違反をやらかしたことがありました。「母の介護中で帰宅を急いでいた」という理由はあるのですが、なんというか、理由があれば速度超過も許されるといった判断の甘さがあるように感じていました。この件で30日間の免停を受けていたこともあり、家族としてはかなり自動車運転の能力に疑問を持っていました。操作能力だけでなく、遵法精神の部分も含めてです。倫理の感覚が甘くなっているんじゃないかと思ったわけですね。なので、退院から3~4ヶ月くらいは、家族と主治医で合意固めをしました。これが昨年の夏ごろです。

こういうフェーズでは、突然、病院から呼び出しが来るといったことも発生します。できるだけ時間を調整して、呼び出しには応じて、主治医と面談の上「家族の意向は免許返納である」と伝えました。家族というのは私と弟の子供2人です。主治医は脳神経外科の専門医として、「脳梗塞を起こした人の認知(特に左側認知)の問題は予測がつかず、事故を起こして家族も、巻き込まれた人も大変なことになる、とても運転は推奨できない」という立場でした。まったくの正論です。反対する理由はありません。とにかく、どうやって返納を実現させるかです。

主治医からは「タイヤに千枚通しを差してパンクさせたご家族もいます」という手段も示唆されました。それも最終手段として考えましたが、とにかく法的根拠を示してまずは第一弾の説得です。

平成26年の道交法改正から、脳卒中など高次脳機能障害が起きる病気を発症すると、自動車の運転を実施するにあたり個別に判断する必要があります。父にはまず「脳梗塞という病気で自動的に免停状態になっている」という方向で説明しました。「運転を再開するには、医師の診断書が必要」と説得し、「運転を再開したならば、外来の診察の際に主治医に相談しないといけない」ということをとにかく通しました。すると、本人は試験場に自分で出かけていって臨時適性試験を自分で受けてきました。「試験場でOKが出たら文句ないだろう」というわけです。もちろん、臨時適性試験の結果で運転再開が認められれば法的にはクリアです。ただ、試験場ではシミュレーターはクリアしたというのが本人の言い分ですが、公安委員会からは結局「医師の診断書が必要」との書類が送られてきました。

同じころ、私から地域の警察署の交通課に相談して、自宅へ指導に来てもらうことにしました。警察署へ出向いたら、事故(まったくの別件)発生で担当者が出払ってしまう、といった無駄足も踏みました。ただ、制服の力を借りるには、こうした時間コストも掛ける必要があります。高齢者、かつ自分の運転技能に強い自信を持っている人を説得するには、プロセスとして法の執行が目に見える必要があるのだと思います。警察官の目の前で「家族が車の鍵を預かる」ということをやりました。儀式半分ですが、納得させるプロセスとして結構重要です。

ここまで根拠を固めておいて、本丸の主治医診察です。脳梗塞で入院した病院で聞いてみると、不定期(1ヶ月に1回くらい)認知症専門医が来て認知外来を受けられる機会がありました。脳梗塞の予後を診る外来の診察の場で、「脳梗塞という大きな病気をしたのだから、認知の機能は徹底的に検査を受けなければ、家族としては運転再開に同意できない」と父に伝えて認知外来の予約を取りました。

「認知外来を受けて、何もないなら安心して運転できる。調べれば確認できる」という理由で、つまり「運転再開を支援したいから診察を受けてくれ」という方向で説得して、予約を取ることに成功しました。頭から「運転するな」とつきつけてしまうとこれは喧嘩になります。やはり、「応援はしているが不安を取り除いてほしい」という文言は必要だと思います。

で、認知外来の診察。これも有給休暇をとって付き添いました。認知機能(海馬の機能)を確認するための詳細なMRIの検査と、専門医の面談との2回でセットです。面談に立ち会ってみると、かなりひどい物忘れがありました。15分前の質問を覚えていられないのです(私自身は今でもそのときの質問と回答を覚えています)。診断は、「軽度認知機能障害(MCI)」です。予期していた通り、かな。

診断結果を持って、主治医と父と私とで再度の面談。主治医からは「診断結果からして、運転再開を認める診断書は書けない」と言い渡されました。事故の可能性について、診察室でちょっと凄まれました。医師の立場としても、自分より一回りくらい年上の人にひとつの「権利」を諦めさせなくてはいけないわけですから、それなりの説得の仕方をしますよね。ここまで脳梗塞発症から約7ヶ月、昨年11月ごろのことです。

いったん一区切りなんですが、物理的に自動車にアクセスさせない、という手段はしばらく徹底する必要がありました。鍵は2つとも私が預かって(父とは離れて住んでいる)、「うっかり」免許停止を忘れようが何しようが乗れない状況を作らなくてはならないのです。

年が開けたころ、父が「試験場から免許を返納しろという書類が来た」と言い出しました。思い当たるのが、高次脳機能障害を持った人の場合、医師が公安委員会に報告することができるという点です。これについては、日本医師会も「守秘義務違反にあたらない」と表明しています。

家族の合意も取れているし、あー先生から報告が行ったんだなーという感じ。行政の動きは時間がかかりますが、各方面にコミュニケーション取っておくと然るべきところにちゃんと情報は行きます。1ルートじゃなくて複数が理想(主治医+地域の警察とか)なのでしょう。

しぶしぶではあったと思いますが、この3月に父はバスに乗って試験場に免許返納をしに行きました。せっかく行ったのに運転経歴証明書の申請は忘れてきたので、「5年間は申請できるから取ってきなよ」と説得しているところです。身分証明書としてはマイナンバーカードでもいいのですが、「運転を諦めた」ことに対する納得感を演出するためにも、使い慣れた免許証と同じ体裁の身分証明書があるといいかなと思ってます。

あとは、車の処分ですが、まあそれはぼちぼち。こんな感じで、トータル11ヶ月くらいかかりました。それくらいかかって、運転免許返納までこぎつけました。東京住まいで、生活の足がなくても良いからだとは思います。また、認知症の診断に当たっては、認知外来にかかるなど医療の場につながるまでがハードルだといいます。「そんな必要ない」「病気なんかじゃない」と拒否されてしまうというパターンです。脳梗塞で救急搬送されるという、あきらかな「病気になった」段階があったから父は認知外来にかかることを承諾した、という面はあったと思いますが、使える理由は何でも使って、とにかく医療にかかるプロセスが絶対に必要だと思います。

11ヶ月の中で、有給休暇は4~5日必要としたと思います。認知外来のように、診察日が平日に決まっていて土日の予約は取れない、など働く人には厳しい部分もあります。事前にこうしたプロセスに関する情報があれば、家族で順繰りに負担する、メインの担当を決めて他の家族がフォローする、といったことも可能だと思います。簡単なまとめですが、どなたかの参考に少しでもなればよいと思います。

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多発性硬化症(MS)の母を病理解剖してもらいました。

ストレートなタイトルですがこれがほぼ1年前のことです。

私の母は、40年来“多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)”という病気を持っていました。MSとは、神経を包むケーブルの被膜のような組織“髄鞘”に炎症がいくつも起きて、炎症に続く組織の硬化のために神経の働きが障害される病気です。炎症がいくつも、また再発が何度もあるので「多発性」、病変の起きた組織が硬くなるので「硬化症」、合わせて「多発性硬化症」です。

日本で患者数は7000人程度とのことですが、欧米でははるかに患者数が多く、著名人では映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』のモデルとなったイギリスのチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレさん、『ハリー・ポッターと賢者の石』の作者J・K・ローリングさんのお母様、2012年の米大統領選で共和党の大統領候補となったミット・ロムニー氏の奥様のアン・ロムニーさんなどが知られています。日本ではなんといっても、『笑点』大喜利メンバーとして活躍された落語家の林家こん平さんが現在もMSで闘病されていることで知られています。

MSは男性よりも女性に多く、比較的若い時期に発症し、数度の再発を経て寛解にいたることが多いようです。母は26歳のころに発症し、2016年に70歳で亡くなるまで数回の再発があり、人生の長い期間を病気と共に過ごしました。私は3歳のころから次第に運動障害が重くなる母を見て過ごし、杖をついての歩行→外出時は車椅子→電動車椅子→寝たきりとなっていく様子を知っています。

重い病気を抱えていた母ですが、そのことに絶望していたかということ別にそんなこともなく、落語のCDをたくさん聴き、時代小説を読みまくり(杉本苑子、平岩弓枝作品を母から教わりました)、ボランティアでユニバーサルトイレのマップを作り、株式投資をして資産を増やし、車椅子で台所を動き回って芋がらの漬物を作り、書類仕事のできない父に代わって確定申告を済ませ、毎日忙しくできることと好きなことをして過ごしていた人でした。

そんな母ですが、2015年の夏に誤嚥性肺炎を発症し、数カ月の入院を経て気管切開の手術の上に自宅療養、在宅介護を受ける生活が始まりました。私と家族は、24時間気管切開孔の管理と経管栄養を行う介護生活に突入。これはこれで一定のリズムがありつつも厳しい生活ではありました。長い介護生活をどう組み立ていこうかな……と思いつつ毎日を過ごしていたころ、母は在宅介護の開始から2ヶ月ほどたった2016年3月末、ふっと呼吸が止まって亡くなりました。

その前の日、私は介護当番の日で日中は母の横で在宅で仕事をしつつ、夜の就寝準備まで済ませて実家を出ました。母は気管切開をしていましたが、現在では“スピーチカニューレ”という発話ができる装具があります。これは本当に素晴らしい器具で、音声で会話できるのでコミュニケーションが本当に取りやすい。とりとめもない話や4月に控えた息子の大学進学の話などをして、「じゃあまた来週ねー」と実家を出たのでした。

その翌日の土曜日の朝、実家の弟から電話があり「母がなくなった」といいます。特に思い当たることもなく、そうはいっても要介護度4でこれまでの経過を考えればありえなくもない。実家に駆けつけると、かかりつけの診療医の死亡診断もすでに済んでいました。

葬式の経験は初めてではありませんが、親族の意識というのは「故人の希望を汲みつつ最善を尽くして送り出そう」に尽きると思います。自分の喪失と向き合うのはどちらかというとその後。やることはたくさんあるのです。母に手を合わせた後で父と、弟に真っ先に聞いたのは、「お母さんを解剖してもらっていいですか?」でした。

最初がそれかよ、という感じですが何しろ時間がない。私は母と過ごした時間の中で、「私がこんな病気(MS)になったものも、『モルモットになって世の中の役にたちなさい』という神様の思し召しなのかもね。私が死んだら身体を調べ尽くしてね」という意味のことを何度も聞いた記憶が確かにあります。病院に頼んで解剖してもらうんだ、お母さんはそう希望していたんだから。私の頭の中にはまずそれがありました。

幸い、父も弟もまったく異存がなかったので家族の了承はすぐ得られたのですが、さて問題です。

どうすれば家族を解剖してもらえるのでしょう???

そもそも母は在宅療養中だったので、こうした状態でなくなった人は解剖してもらうことができるのでしょうか? さっぱりわからないまま、とにかく母を長年診ていただいた東京都立神経病院へ電話をかけました。「1月までお世話になっておりました**と申しますが、献体のお申込みというのはこちらでうかがっても良いでしょうか?」

今思うと無茶な電話だったと思いますが、さすが専門病院は慌てず動じず「『献体』とのお話ですが、故人の方が希望されていたのは『献体』でしょうか、それとも『病理解剖』でしょうか?」と確認をいただきました。懇切丁寧に教えていただき、ようやく献体と病理解剖の違いがわかったのです。

  • 献体:主に医学を学ぶ実習生の人向けに、遺体を提供する。解剖がすぐに行われるとは限らないため、故人の身体が家族のもとに戻るまでに1年以上を要することもある。
  • 病理解剖:故人の死因や病状、病態を調べるために解剖を受ける。解剖は亡くなって数日以内に行われ、即日で故人の身体は家族のもとに戻る。葬儀はその後で通常通り行うことができる。

この説明の通り、解剖担当医の先生のご都合がつき次第、解剖が行われるとのこと。土曜日の朝になくなった母は、翌々日の月曜日に病理解剖を受けることになりました。それまで母の身体を自宅で保存しておかなければなりません。といっても、これは葬儀まで日にちがかかる場合(昨今珍しくないんですよね)ととくに変わりません。これまでお願いしてた訪問看護ステーションの看護師さんに身体清拭をしていただき、月曜日を待つことになりました。

月曜日、私は母に付き添って神経病院へ向かいました。こういうときのために、専門の業者さんが車で母の身体を移送してくださいます。手配はすべて病院側におまかせできるので、私はただ説明をよく聞いてしっかり付き添いの仕事を果たすだけです。解剖には入院時に母の担当医だったH先生が参加してくださり、解剖の流れの説明や亡くなる前の様子の聞き取りなどをしていただきました。家族を代表して解剖の同意書に署名捺印する仕事もあります。解剖でわかったことは医学の世界で公表されるわけですから、情報提供に関する同意も含まれます。

病理解剖にかかる時間は、朝、家を出てから終わってまた母の身体と共に家に戻るまで、トータルで4~5時間くらい。解剖中は家族は病院の待機室兼霊安室で待つことになります。おおよその時間は教えてもらえるので、すぐに戻れる範囲で待機室を出ても大丈夫。私は神経病院と敷地を同じくする多摩総合医療センターまでお昼ごはんを買いにいったり、平日の昼間からTwitterのタイムラインを遡りまくったりして過ごしました。

解剖に抵抗を持つ家族の方もいるという話を聞いたことがあります。前後で表情など変わってしまうのでは、という心配もあるのだと思いますが、そういったことは特にありません。母の場合、脊髄の病気なのでどう考えても背中側から解剖することになります。前からはその痕跡は見えないのです。ただ、小脳のあたりまで解剖するはずなので、髪の毛はある程度は剃ったはずです。病院ではガーゼを使って綿帽子のように頭にかぶせてもらったので、頭の部分が目立つこともありませんでした。故人がウィッグを愛用している人であれば、お葬式のときにあってもよいかもしれません。

解剖が終わると、母の身体はいったん待機室に戻ってきます。母は退院してから2ヶ月ほどだったので、担当してくださった病棟の看護師さんたちが花を供えにきてくださって、H先生とともにお別れをしていただきました。退院後に亡くなった人と会うことは看護師さんにもなかなかないことだと思うので、その意味でもとてもよかった。

こうして無事に病理解剖が終わり、家に戻って母の葬儀をとどこおりなく済ませましたが、ここからが長い。当初、病理解剖の診断書が送られてくるまで3~4ヶ月、長くて半年程度と聞いていたのですが、実際は11ヶ月かかりました。それなりの時間はかかるだろうと思っていたのですが、「1年を超えるようなら病院に問い合わせてみようかなあ」と考えはじめたころ、H先生からご連絡をいただいたのです。

H先生からは、あらかじめお電話があり、病理解剖と臨床病理検討会(という会ががあるわけですね)の結果を文書で送付されるにあたり、簡単に内容を説明していただきました。さらに、素人には難し用語が多いであろう書類の内容を解説するお手紙も付けていただけたのです。

こうしてわかったことを総合すると、母の病気は生前の診断通り多発性硬化症でした。それ以外の全身の臓器の状態は年齢相応でほぼ良好な状態でした。心筋梗塞や癌はなく、肺、肝臓、腎臓にうっ血が見られたといいます。このことから、就寝中に心臓が停止し亡くなったとかんがえられるとのこと。解剖時の聞き取りでは、介護中に母に付き添って寝ていると、明け方ごろに呼吸がとても静かになって、息が止まっているのではないか?と確かめた経験をお話しました。こうした生前の様子とも一致し、つまり母は眠っている間に息が止まって亡くなったのだと考えてもよさそうです。自宅で亡くなった人の家族にとって、「介護になにか手落ちがあったのではないか」と考えてしまうことはとても苦しいことですから、これはとても大切な情報なのです。

40年以上母が戦ってきた多発性硬化症は、「大脳、脳幹、脊髄に散り散りに硬化性病変が見られ、顕微鏡で確認すると、脱髄の状態であり、多発性硬化症の古い病巣と合致しておりました。病変に炎症細胞はなく、亡くなる直前には炎症は起こっておらず、すべて古い病巣の痕が残っているだけでした」といいます。自力では立つことができなくなる程度の運動障害という重い障害は残ったものの、母は手をつくしてMSを治療し、20年近く再発のない寛解の状態で過ごしてきたことになります。H先生から「どちらかといえばMSは軽い方だった」という話を聞いて驚いたことも。病気は軽くても障害は重いとすればMSは本当に油断のならない病気です。とはいえ、適切に治療すればMSはコントロールできる病気だということにつながればいいなと思います。

そのほか、解剖の結果、軽度の嗜銀顆粒が見つかったのですが、“嗜銀顆粒性認知症”といえるような性格の変化(怒りっぽくなるなど)はなかったので発症はしていなかったと考えられるとか。

一周忌を前に、解剖の所見とH先生のお手紙を繰り返して読みながら、私にとってはこれが母を送る葬儀だったんだな、と思っています。簡易な式を希望し、直葬で送られた母ですが、読経の代わりにH先生のお手紙を読み上げたら喜んでくれるかもしれません。H先生からは、何度も「多発性硬化症という日本ではまれな病気で、貴重なご献体をいただき、医学の発展に役立てていただき」とお礼の言葉をいただきました。病理解剖でわかったたくさんのことが医学の知識体系のなかに加わって、次に病気で苦しむ人の役に立つならば、これは本当に嬉しいことです。

C型肝炎治療薬「ハーボニー」の偽造品問題は人ごとじゃない

まずはこれまでの経緯から。

厚生労働省発表

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について』

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について(第2報)』
ハーボニーのボトルに、同じギリアド・サイエンシズのC型肝炎治療薬ソバルディを詰め込んでいたとの厚労省発表。

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について(第3報)』
「このため、「ハーボニー配合錠」を譲り受ける際に、外箱(紙箱)
に収められていないボトル容器単体の状態のものは譲り受けないこと。」

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について(第4報)』
「今回の流通ルートで患者が偽造品を服用したケースはないことが確認されま
した。」安心してちょっと泣きそう。

第4報の素晴らしい補足。

【③ (株)関西メディコから調剤を受けた患者の状況について】
現在「ハーボニー配合錠」を服用中の患者を除き、患者からC型肝炎ウィルスは検出されていないことが確認されました。
※)この患者は服用する前に異状に気付いたため、偽造薬を服用していません。

***

今回、偽造品を服用した人なく、自体が偽物撲滅フェーズに入れているのは、本当にこの最初に偽造品を届け出てくれた患者さんのおかげ。正しい感覚で偽物に気づいてくれたおかげで、被害を未然に防いで大勢のC型肝炎患者が救われたはず。勝手に感謝状を贈りたい気持ち。ありがとう、奈良の患者さん。

ハーボニー偽造品の件は、報道で続報が出るたびに夫と2人、ガチガチ爪を噛む勢いでみている。本当に偽物なんか撒いた奴は呪われろ。卸売業者の「偽造品と思わなかった」コメントが本当なら、資格ないから薬屋なんか辞めちまえと思っているのが正直なところだ。

日本にC型肝炎ウイルスの感染者は最大150万人以上いるかもしれないという推計があって、うち最大75万人は感染していることは知っているけれど、治療を受けていない人。夫も昨年までその1人だった。20年以上そうだった。

何年も前から医師にインターフェロン治療を勧められていたのだけれど、2週間の入院が必要なこと、うつ症状の副作用があることから、夫はとても怖がっていた。「2週間も休んで、しかもうつになったら働けなくなる」と何度も言っていた。

C型肝炎は高確率で肝細胞がんになるので、そうなったら働けないどころの騒ぎではない。けれど、まだ進行しているわけではないし、40代で家族を背負っているプレッシャーもある。今どき腕はあってもカメラマンの仕事は少ない。怖くてC型肝炎治療に踏み切れなかった。

だから、入院不要でインターフェロンフリーの経口治療薬は本当に救いだった。助成金の手続きが複雑で嫌気がさしたこともあったけれど、私もなんとか家計を支えられるようになったし「治療しようよ」と背中を押した。

夫が服用したのは12週間服用のハーボニーじゃなくて、24週間服用のブリストル・マイヤーズのダクルインザとスンベプラ。真面目に医師の指示を守り、半年間1滴も酒を飲まず、慢性腎疾患と高血圧の治療を平行して行っているので、腎臓の状態が悪化するリスクを測りつつきっちり24週服用した。

おかげで、20年ごしのC型肝炎ウイルスと昨年末ついにさよならした。当面は血液検査をしつつ、ウイルスが本当にいなくなったかどうかのチェックが続く。もう戻ってこなくていいよ。

夫の感染は、「1992(平成4)年以前に輸血を受けた方」ってやつね。交通事故後の輸血で感染した。C型肝炎患者にはこうした、血液から肝炎ウイルスを検出することができなかった時代に、本人にはどうしようもできないところで輸血で感染した人がたくさんいる。

フィブリノゲン製剤のことを覚えている人もたくさんいるだろう。もちろん、刺青などハイリスク行動の結果で感染した人もいるけれど、だからといって肝炎になると思って入れ墨を彫ったわけではない。高い代償を払って、自分の身体でその結果を引き受けている。

日本にはこうした人がたくさんいて、C型肝炎ウイルスの感染者の多くが40~74歳の中高年だ。治療するならとにかく早い方がいい。

ハーボニーの偽造品は、こうした人の希望を暴力で奪う行為だ。1サイクルきっちり服用しなくてはならないのに、偽物なんかのせいで服薬が中断したら、結果を考えるのも恐ろしい。時間もあまり残されていないかもしれないし、夫の場合は先にインターフェロンフリー療法の経口治療薬で治療したので、後からインターフェロン治療をすることはできないと医師に言われていたのは難しかった

とにかく幸いなことに、今回の偽造品で健康被害はでなかったし、ギリアド・サイエンシズの発表だとハーボニーはこれからブリスター包装になるそうだ。本当に安心。

やっぱりボトルにむき出しで入っている錠剤の形だと、ボトルを横流しすることで偽造品がつけ込むスキができてしまう点がまずい。ブリスター包装ならば、ダクルインザ・スンベプラがそうだけれど、裸の状態で出されたらそれだけでおかしいと気付ける。

夫が聞いてきた話だと、ブリスター包装の医薬品C型肝炎治療薬は調剤薬局にメーカー返品がきくそうだ。流通単位と処方された数が合わなくなることはどうしてもあると思うので、C型肝炎治療薬も正規ルートで返品ができれば、調剤薬局は1錠何万円もする薬の在庫リスクを抱えなくてすむ。

夫と2人「ヤバいよね…」と話したのは、今回の偽造品問題、どこかの段階で正規品ボトルの横流しをした奴がいるのでは、と思わざるをえないところ。どこの段階なのか憶測はしたくないけれど。でも、ブリスター包装ならその問題も解消できる。

とにかく早くこの偽ハーボニー問題が解決して、C型肝炎ウイルス感染者が安心して治療ができますように。

2012年11~12月 宇宙開発記事 +α

2012年7~9月 ライター秋山文野として、宇宙開発に関する記事ではこんなものを手がけました。

2012国際航空宇宙展で一挙公開された最新宇宙技術に大興奮
2012年10月13日 週刊アスキープラス

2012国際航空宇宙展トレードデーの取材記事。落ち着いて取材要素を整理して記事に……したつもりが、タイトルに”大興奮”とつけてもらった(タイトルセンスがないのでいつも編集さんにおまかせしている)ところをみるとテンション高い記事だったらしい。
油井宇宙飛行士インタビュー「現実と夢のギャップを埋める努力が大事です」
2012年11月05日 週刊アスキープラス

油井亀美也さん一時帰国の際のインタビュー記事。レッドブル・ストラトスの翌日だったこともあり、インタビューはチャック・イェーガーの話題からスタート。ということでサブテーマは「ライトスタッフ」です。
連載『2013年宇宙の旅 宇宙をちょっと知っちゃうコーナー』週刊アスキー本誌にてスタート。
第1回イプシロンの巻『パソコンで監視する”ガンプラ方式”のロケット誕生!?』
2012年12月10日発売 週刊アスキー910号
第2回TRMMの巻
2012年12月17日発売 週刊アスキー911号
第3回ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 宇宙考証の巻 『ヱヴァ:Q冒頭の宇宙作戦シーンを専門家はこう観る!』前篇
2012年12月25日発売 週刊アスキー912号

週刊アスキーで宇宙の連載を始められることに(天文関係記事はもう一人のライターさんが担当)。週刊だと幅広いテーマを扱えるのでとてもうれしい。本誌連動でWeb版詳細記事も載せられるのがよいところ。
宇宙とは別に、こんなサイトのお手伝いもしています(コラム翻訳)
独立行政法人 健康・栄養研究所
最新健康・栄養ニュース:リンクDEダイエット

11~12月の担当
女性は男性より悪いニュースを思い出しやすい
宇宙旅行の重力が免疫システムの発達に及ぼす影響 
宇宙飛行士はなぜ、地球帰還後に低血圧症になるのか
脳はどのように習慣をコントロールするのか
外国暮らしをキャリアアップにつなげるカギとは
破られた神話:満月で心のトラブルは増えない
あれ見た? 忘れちゃった?

肥満・ダイエット問題から進化、心理学まで健康、栄養に関するコラムを毎日更新するニュースサイト。論文ベースのコラムからの翻訳を一部行っています。進化や心理学など、生物をめぐる周辺ニュースを割り振られることが多いかな。

 

腎臓病のこと

今月7日、夫が心不全で急遽入院となりました。

すでに退院して新しい生活を再構築しているところです。

心不全の原因は高血圧。もともと高血圧は何度も注意を受けていました。倒れた時は最大で収縮期血圧270ミリ水銀柱をつけたとのこと。私も救急隊の方の「230ミリ水銀柱」という言葉を聞いています。

・肥満(BMI29.7)、飲酒、喫煙

・腎臓の状態悪化

・動脈硬化

といった要因が考えられます。

入院中の指導で最も注意されたのが、腎臓の状態と現状保存。血圧は降圧剤処方で下げることができますが、腎臓の状態を現状のまま保つには、本人の生活改善が必要です。

・たんぱく質制限60g/日、塩分制限6g/日

しかしカロリー不足、エネルギー不足にならないよう生活を作っていかねばなりません。

長いこと放置のこのブログですが、健康に関するカテゴリも設けて、生活改善について随時記録していこうと思います。