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ガーターベルトからの「解放」(『ロケットガールの誕生』より)

ナタリア・ホルト著『ロケットガールの誕生:コンピューターになった女性たち』には、NASA ジェット推進研究所と宇宙探査の歴史だけでなく、20世紀半ばのアメリカ文化の変化を実際にそこに生きていた女性の目を通してつづられています。

本書に登場する“ロケットガール”の女性たちは、後にコンピューター室長になったヘレン・リンさん、バーバラ・ポールソンさん、スー・フィンレイさんたち最初の世代の多くが1930前後の生まれです。アメリカ初の人工衛星が打ち上げられ、NASAが誕生した1950年代後半にプロフェッショナル職を持つ20代として過ごしているのです。

今でこそTシャツデニムの聖地のような米西海岸ですが、この時代は服装はまだ保守的でした。JPLで最初の女性コンピューター、バービー・キャンライトさんに関する部分では、飛行場でロケットプレーンの実験に参加する際にも、きちんとドレスを着てストッキング、パンプスを履くシーンがあります。

女性解放を象徴する服装というと書物に登場するのはなんといってもミニスカート、というイメージがあります。ただ、ミニスカートの流行は1960年以降でマリー・クワントらデザイナーやファッションブランドの功績によるものだと思います。

ロケットガールズ第1世代が20代だった1950年代後半、ある新しいファッションが生まれ、ひとつの女性解放を果たしたことが本書にあります。それが、パンティホース(パンティストッキング)でした。

パンティストッキングが登場したのは、一九五〇年代にエセル・ブーン・ガントという女性がいたおかげだ。

『ロケットガールの誕生』第9章「惑星の引力」より

本書の引用元でもあるSmithsonianの記事『50 Years of Pantyhose』から、パンティストッキング誕生の歴史をたどってみましょう。

(パンティストッキング)発明者の息子アレン・ガント・ジュニアによると、ガント・シニアは妻のエセル・ブーン・ガントと共にニューヨーク市でメイシーズ・サンクスギビング・デイ・パレードを見物し、ノース・カロライナの自宅に帰ろうと夜行列車に乗った。そのとき妊娠中だったエセルは、夫に対して「少なくとも子供が生まれるまでは、もう一緒に旅行はできない」と告げた。夫婦のどちらかに問題があるというわけではなく、とにもかくにも快適さの問題だ。お腹が大きくなりつつあるため、ストッキングをガーターベルトで留めておくことがいよいよ難しくなってきている。かといって、公共の場所に出るのにちゃんとした女性が靴下を履かないというわけにはいかない。

これは1953年のことだそう。今ではファッションアイテムの一つであるガーターストッキングですが、この時代では
・女性が素足を見せて人前に出ることなんてできない
・長時間身に着けているとガーターベルトがきつくて苦しい
という二つの理由から女性を縛る存在だったのですね。

アレン・ガント・シニアは、妻の訴えに発明の才を持って応えます。彼は「パンティとストッキングを組み合わせてみたらどうだろう」と提案し、エセルが実際にストッキングを縫い合わせて試作品を作ってみました。繊維工場のオーナーであった彼は、自分の会社にこれを持ちこんで商品化。1959年に「パンティレッグス」の名前で百貨店で販売されるようになりました。

30年後にエセルは取材に対して「とても素敵でした。私と同世代の女性はみな発売当初から最高だと思っていて、手に入れるのが待ちきれませんでした」とコメントしています。

その後、ミニスカートが登場するとパンティストッキングは別の意味で流行に貢献します。ストッキングをガーターベルトで留めると、ストッキングの縁と留め金部分がスカートのすそから見えてしまいます。ニーハイソックスのように最初から縁を見せるつもりならともかく、意図しないのに見えてしまうのは女性にとって嬉しくもなんともないですが、パンティストッキングなら大丈夫というわけです。

日本でこのパンティストッキングが普及したのはもう少し後だったようで、1945年生まれの私の母は60年代半ばに働いていたころ、まだガーターベルトでストッキングで留めるしかなかったという話を聞いたことがあります。70年代、80年代には日本でもすっかり普及していますね。パンティストッキングはそれはそれで、少々暑いとかサイズの制約が厳しいといった問題もなくはないですが、全面的にガーターベルトへ後戻りするということはもうなさそうです。

さて、足元の女性解放を果たして生活必需品から引退したガーターベルトですが、今でもTwitterのタイムラインで時々話題になるのが「ガーターベルトは、ショーツの上に着けるべきか、それとも下か」という問題です。ガーター部分が外側に見えているとレースなどの装飾がきれいですが、トイレにいくたびに外さないといけないので不便です。実際のところ、どちらが正しいのでしょうか?

というわけで、「正解はない」のが正解。引用したイギリスのストッキング専門店によると「デザイナーはガーターベルトを上にして着けると美しく見えるようにデザインしている。とはいえ、お手洗い事情がそれを許さないこともあるため、ショーツを上にしている人は多い」だそうです。

1950年代、ガント夫妻のおかげでガーターベルトは女性を縛る存在から、好みに応じて身に着けるファッションアイテムに変りました。その歴史を尊重すれば、ガーターはつけたいようにつける、が良いと思うのです。

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『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』アメリカ初の人工衛星からボイジャー、バイキング探査機まで

『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』(地人書館)表紙。帯あり

2018年7月、地人書館よりNASA ジェット推進研究所(JPL)の女性コンピューターの歴史を描いたノンフィクション『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』が出版されました。初めて1冊翻訳を担当した書籍となります。

ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち

2016年4月、ふと目にしたロサンゼルス タイムズの書評が本書の原作との出会いでした。「コンピューター」という言葉が電子計算機の前に人間を指す、ということは知識としては知っていましたが、実際にその職業についていた方々の記録となれば特別な興味がわきます。しかも女性で、アメリカの宇宙探査機の歴史を作ったJPLを支えたというのです。

これは読んでみるしかない! すぐにでも欲しかったのですが、当時AmazonではAudible版しかなく文字のKindleで入手できませんでした。読みたくてもんどり打っている間に、頼もしいフォロワーさんがiBooksの存在を教えてくださいました。おかげで「読みたい!」という気持ちが新鮮な間に広げることができたのです。以来、読みたい本があったときにはタイトルで検索して、入手ルートが複数あるのか、価格に違いがあるのかなど確かめるようにしています。

そして読み始めてから1ヶ月ちょっとのツイート。

このときはまだ、一読者として好きな本の存在を語りたくてツイートしていただけでしたが、しばらくして、なんと地人書館の編集者にして、あるときは“GoogleSatTrack”や小惑星探査機はやぶさ2の現在位置を表示するWebサービス“H2Track”の作者、またあるときはJAXA 宇宙科学研究所に出没するボサ博士こと柏井勇魚さんから「翻訳をしませんか」とのお声がかかりました。

20年以上編集/ライター業をしていますが、数年に1回くらいこんなふうに、ボールを受け取るやいなや全力で走り出すような仕事が訪れます。この前は、「そんなに宇宙が好きなら、『はやぶさ』の企画やろうよ」とお声がかかってひと夏走り通した小惑星探査機「はやぶさ」13人のプロジェクトメンバーへの大インタビューでしょうか。

初めての書籍翻訳、それも9万語を越えるノンフィクションとなると、走るといってもかなりの長距離走になります。当時、フリーライターを少し休んで会社づとめをしていたこともあって、作業期間の見積もりが甘く、当初予想を大幅に超えて8ヶ月以上の時間がかかってしまいました。日本語でこの魅力的な本をご紹介するのが遅くなってしまったことは、大変申し訳なく思います。

それでも、これまでライターとして宇宙探査の記事を書き続けてきた経験を本書の翻訳に十二分に活かすことができました。小さい頃からカール・セーガンの『COSMOS』で親しんだ「ボイジャー1号」「ボイジャー2号」という大スターだけでなく、「アメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」打ち上げのエピソードは、ISAS 宇宙科学研究所の的川泰宣名誉教授の著書『月をめざした二人の科学者』(中公新書)を読んだ上ですと、同じ歴史の違う側面をたどっている喜びがあります。

米ソ宇宙競争の中で「マリナー2号」が金星探査を成功させた意義がどれほど大きかったか再確認することにもなりました。地球観測衛星「シーサット」が人工衛星で初めてLバンド合成開口レーダーの技術があったからこそ、毛利衛さんがスペースシャトル・エンデバー号搭載のレーダーによる立体地図作製のデータ取得ミッションもあったのだし、JAXAの地球観測衛星「だいち」「だいち2号」もPALSARで宇宙から地球を見てくれるのだと思うと、いっそう親しみがわきます。

そして、こうした宇宙の歴史を作ってきた人々が、これまで表に出てこなかった、高度な技術を持ったプロフェッショナルの女性であるという驚き! ネタバレになってしまいますので個々のエピソード紹介は控えますが、私はヘレン・リンさんが計算競争でやすやすとトップを走っていくシーンが大好きです。

2年かかってついに『RISE OF THE ROCKET GIRLS』を日本語でご紹介することができることになりました。原作と同じく日本語版の表紙にはJPLロケットガールズのみなさんが登場します。鮮やかな黄色を背景に「ヒューマンコンピューター」の女性が並ぶ(カバー裏まで続いています)最高のデザインは、江川英明さん(モジャ博士)が担当してくださいました。

カバー全体

『RISE OF THE ROCKET GIRLS』原作表紙

それでは、本書『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』を多くの方々に楽しんでいただけますように。

SpaceXの前に消えていったニュー・スペース企業たち

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この3月、宇宙ビジネスを題材にした良書が2冊立て続けに発売された。1冊は「アトランティック」関連WebメディアQuartzのティム・ファーンフォルツ記者による『Rocket Billionaires: Elon Musk, Jeff Bezos, and the New Space Race』。もう1冊はワシントン・ポスト紙のクリスチャン・ダベンポート記者による『The Space Barons: Elon Musk, Jeff Bezos, and the Quest to Colonize the Cosmos 』だ。どちらも現在の宇宙ビジネスを牽引するイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、リチャード・ブランソン、グレッグ・ワイラーといった大富豪を取り上げている。多角的にニュースペースの人物像を知ることができるいい機会なので、読まずに宇宙ビジネスを語ってはいけないと思う。

せっかくなので、ネタバレになりすぎない程度に中身を紹介したい。先に読んだThe Space Barons(宇宙業界の豪商列伝という感じ)から、SpaceXやBlue Originとも関連の深い「その他の」企業の話だ。

まずは、イーロン・マスクの精神的先輩ともいえる民間ロケット企業ビール・エアロスペースについて。この会社は、20世紀末にペイロード20トンのヘビーリフター「BA-2」開発構想を掲げ、第2段エンジン開発に成功するも創業4年で消えていった。

創業者で数学の天才アンドリュー・ビールはテキサスで不動産売買によって財産を築き、民間宇宙産業を勃興しようと1997年にビール・エアロスペースを設立。テキサスのミサイル実験場だった場所をリースして開発を始めた。

これだけ聞くとクレバーな人のようだけれど、性格は根っからギャンブル好きで、ラスベガスに来てはめちゃくちゃな高レートのポーカー勝負を始め、現地でも超一流のプロのポーカー師2人がかりで丁重におもてなしされた上に勝ったり(その後はラスベガスに通いつめて億単位で勝ったり負けたりしている)、「人類は小惑星衝突で滅びるかもしれない、宇宙移民を急がなくては」と本気で心配したりしている。天体衝突には科学的根拠もあるが、『ディープ・インパクト』『アルマゲドン』公開が1998年であることを考えると、何に影響されたのかうかがえる気がする。ビジネスを覚えたのも、11歳のときに、軍の払い下げTVを1ドルで買い取って修理して40ドルで売り抜ける手法を実践してから、と控えめにいってもキチガイエピソードが満載の人だ。

ロケット構想は非常に大掛かりで、BA-2ロはサターンVのF-1エンジンを超える巨大エンジンを搭載し、3段式で高さ72メートルの巨大ロケットになる構想だった。すべて自己資金で第2段搭載用のケロシン/過酸化水素エンジンを開発するまでにいたった。

ただ、「宇宙産業が政府によって囲い込まれているのは不当だ」という強い信念を持ち、ロッキード・マーチンやボーイングといった企業と軍やNASAの関係が閉鎖的で、同時に最大のビジネスリスクだと常に主張していた。当時はまだNASAによるCOTSのようなプログラムはなく、2000年にNASAと国防総省合同の次世代宇宙機構想Space Launch Initiativeが発表されると、民間に勝ち目はないと絶望してビール・エアロスペースを廃業する。

それから数年。空っぽになった開発拠点のテキサスのマグレガー・ファシリティでエンジン燃焼設備がすっかり錆びついたころ、ジム・カントレルという1人の男性が施設を訪れる。知っている人は知っていると思うが、カントレル氏は初期のSpaceXで働いていた人物だ(現在はVector Space Systemsを設立して小型衛星打ち上げビジネスに参入)。ビール・エアロスペースの志も試験施設も今やイーロン・マスクが引き継いでいるというわけだ。

***

次にキスラー・エアロスペースについて。大事なのは、これがCOTS契約を得てSpaceXらと競争するも資金難で消えていったロケットプレーン・キスラーの前身となる企業で、2005年までの話だということだ。しかも、カウンターパートはやはりSpaceX(というかイーロン・マスク)だ。実はCOTS以前にもSpaceXとキスラー・エアロスペースの間で競争があり、結果キスラーが負けている。

2004年当時、SpaceX(まだFalcon 1が飛ぶ前)がNASAを顧客にしようと奮闘していたころ、NASAはビール・エアロスペースを苦しめたSpace Launch Initiative計画のもとで、キスラーから再使用ロケット「K-1」の飛行データを2億2700万ドルで購入する契約を結んだ。

これに異を唱えたのがSpaceXだった。「NASAが同様の契約の機会をキスラー以外の企業に与えないのは不公正だ」と議会に訴えた。SpaceX内部では顧客にしようとしているNASAを敵に回すようなことをしてよいのか、と懸念の声が上がったというが、イーロン・マスクは主張を取り下げなかった。

Space Baronsの記述では、その背景にキスラーの開発責任者ジョージ・ミュラーの存在を見ている。ミュラーはサターンV、スカイラブ、スペースシャトル開発を手がけた伝説的エンジニアだ。キスラーは2003年にK-1開発費用が膨らみすぎて破産しており、契約は実質、NASAが大先輩である人物の関わる企業に対して救済措置として行われたというわけだ。2005年のSpacenews.comの記事もこれに似た論調で「ビジネスプランに問題のある企業を救済するのはNASAの仕事ではない」と結論づけている。
そして、SpaceX社内外の懸念もあった中で、GAOはイーロン・マスクの主張を認めた。これでキスラーは窮地に陥る(そもそも破産しているが)。K-1の開発は当初の2億5000万ドル予定から倍の5億ドルに膨らんみ、かつまだめどが立っていない。Spacenewsの記事によると、企業救済の専門家ダグラス・タイテルバウムが投資を試みたものの、出口戦略を見つけられずに撤退してしまい、キスラー・エアロスペースは完全に終わってしまった。翌2006年にロケットプレーン社に買収されてロケットプレーン・キスラーが誕生するが、NASAの民間宇宙輸送計画COTSに参入するも資金問題は解決できずに撤退。もう「キスラー」の名の元に宇宙ビジネスへ参入するのは無理ではないかと思う。

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K-1 Vehicle Separation. Image Credit: RpK

NASAの救済の元に延命しようとしたキスラー・エアロスペースだが、実は1993年に設立されたころ、NASAは同社の顧客として重視されていなかったのだという。キスラーによる商業宇宙活動は、通信業界向けの低軌道衛星コンステレーションビジネスを目指していた。ドットコム・バブルが弾け、衛星事業者の撤退に伴ってK-1の開発は頓挫したということなのだが、もしかしてそれは「テレデシックとキスラーが共倒れ」ということなのでは…? と思ってしまう。また、2000年代に入って、ローコスト打ち上げ手段への関心を増大させていた、国防総省界隈(ULA設立のときにも出てきた話だ)へK-1を売り込みに行かなかったのもまずかったのでは? とSpacenewsは述べている。

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ここまでは消えていったライバルの話だが、ここからは現在進行系でライバルであるULA設立の経緯をおさらいする。

もともと安全保障分野の政府コントラクターとして寡占的な地位を占めつつ競争を繰り広げていたボーイングとロッキード・マーチンだけれども、1998年に打ち上げ契約数で19:9とボーイング圧勝となったことがあった。その後、実はボーイングがロッキード・マーチンの内部情報を不正に入手していたことが判明。ペンタゴン周辺の大スキャンダルとなり、ボーイングは契約を制限される制裁をくらった。

2001年に9/11が発生して以来、GPSや軍事通信衛星はますます重要視されるようになっていった。NASAは技術開発の中核として存在感が増し、政府系の打ち上げ市場は巨大ビジネスとなった。

ペンタゴン界隈としては、衛星打ち上げロケットのロバスト性(片方に失敗があってももう片方が代わりを担える)意味でも、技術を常に発展させコストを下げる意味でも、2社以上に競争を続けてほしい。かといって、競争が行き過ぎてスキャンダルのようなことがまたあっては困る。そこで、企業は分けたままビジネスだけを統合させようと、ULAを設立させたという小史が語られている。巨大企業の誕生に政府系打ち上げのボーイング、ロッキード・マーチン依存度はますます増した。これにずーっとケンカを売り続けているのがSpaceXという次第だ。

このようにThe Space Baronsにはこの20年ほどのニュー・スペース界隈の浮き沈み事例がいくつも取り上げられている。これがあって今のSpaceXやBlue Originもある。

SpaceXがたったひとつのボルトでロケットごと宇宙輸送船を吹っ飛ばした理由

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2015年6月、SpaceXがドラゴン輸送船の打ち上げ(CRS-7)中に第2段の爆発が起き、国際宇宙ステーションへの積荷ごとドラゴンが失われたという事故があった。それから2年9ヵ月、2018年の3月になって、NASAの独立調査チームによる報告書が発表になり、SpaceXが当初発表した第2段圧力容器周りの材料欠陥ではなく、「設計ミス」の可能性が大きいとしている。

NASA Independent Review Team
SpaceX CRS-7 Accident Investigation Report Public Summary
Date of Event: June 28th, 2015
Date of Report: March 12th , 2018
CRS-7事故の引き金になったのは、Falcon9ロケット第2段のLOx(液体酸素)タンクの圧力容器コンポーネント部分。コンポーネント内のヘリウムボトルを支える「アイボルト」「ロッドエンド」※(先端に太いリングが付いたボルト)の破損による。

※「『アイボルト』は他のボルトを指すため、正しくは『ロッドエンド(ロットエンド)』または『ボールロットエンド』の呼称が適切とのご指摘をいただき、修正いたしました。

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このロッドエンド破損から圧力容器コンポーネント全体に破損が起きて、ロケット第2段の爆発事故につながった。SpaceXの調査チームは当初このロッドエンド破損を「材料欠陥によるもの」としており、NASAの打ち上げ計画(Launch Services Program)チームもこの報告を支持していたという。

今回発表になったのは、LSPとは別のNASA独立調査チームによる報告だ。報告書によると、SpaceXはロッドエンドの素材として17-4PHという析出硬化型ステンレス鋼の素材を選択していた。参照した資料によると17-4PHも「航空機・ロケットなどの構造材」として用途があるため、まるっきり用途違いの素材を持ってきたというわけではないようだ。ただ、SpaceXは一定の安全係数をかけて部品を製造、実装するにとどまり、負荷試験などを行っていなかったという。

メーカーには航空宇宙グレードの推奨素材もあったそうだが、SpaceXはこれを選択しなかった。結果として17-4PH SS製のロッドエンドは極低温条件と飛行環境に耐えられずに破損、事故につながった、というのが事故の大きな原因として挙げられている。

オフザシェルフによるコストダウンの努力が結果としてめっちゃ高くついたという感じだ。それだけでなく、当時SpaceXはFalcon9のフライトコンピューターの実装方式を変更していて、飛行テレメトリ周りでレイテンシが増えるものになっていた。結果としてデータがまだバッファに溜まっているときに事故が起きてしまい、異常を示すデータもだいぶ失われてしまったという。個人的にはこうした「事故の原因になったわけじゃないけどそれやっちゃダメなやつ」の存在はとても気になる。そうした経緯があったからか、NASAは2年以上かけて事故のデータを保存し、今回の報告書を発表したという。

報告書に関するQuartzの報道によると、事故当時と同型のFalcon9はもう製造されておらず、その後は31回の打ち上げに成功している(2016年9月の打ち上げ失敗をのぞく)。そのため、本当の原因に対処できないままFalcon9を打ち上げてしまった、というわけではないようだが、2016年のNASAの文書でも「部品の取り付け方法に何か問題があったのでは?」という疑問を呈しており、SpaceXに対してハードウェア・サプライチェーンの管理を確実かつ安全性の高いものにしてほしい、という要望を持っていたようだ。

中国システム工学の父、銭学森

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カリフォルニア工科大学のJPL創設メンバーと銭学森(中央)。左から2番めはJPL2代目所長のフランク・マリナー。 Credit: Caltech Archives

銭学森(アルファベット表記ではQian Xuesenとも、Tsien Hsue-shenとも)は、私にとって現在の強力な中国宇宙開発の礎となったロケット工学者であり、研究半ばでアメリカを追われた悲劇の人物、というイメージだ。東西冷戦の時代とはいえ、赤狩りで合衆国はあたら有為の人材を失ったのだと思っていたし、悲劇を越えて「中国ロケットの父」と讃えられるのはそれだけの業績ゆえと思っていた。その評価が今でも変わるわけではないが、Science誌の2018年3月16日号にまったく新しい、従来イメージとは異なる銭学森の人物評価が掲載されていた。「Master Planner」と題された記事について、衝撃が消えないうちに書いておきたい。

はじめに、私の知る銭学森の前半生を簡単にまとめておく。銭学森は1911年、杭州生まれ。1935年に渡米してマサチューセッツ工科大学に留学後、カリフォルニア工科大学に移って数学者セオドア・フォン・カルマンの元で研究を始める。カルテクでは後にジェット推進研究所(JPL)の母体となった学生ロケット研究グループ「スーサイド・スクワッド」に参加していた。そのままフォン・カルマンが初代所長となったJPLに加わり、陸軍の資金を受けてJPL初期の活動である「コーポラル」といったミサイル開発に関わる。銭自身が優れたロケット研究者であったのみならず、ナチス・ドイツのロケット工学者ウェルナー・フォン・ブラウンがペーパークリップ作戦後に合衆国に移送された際には、最初の面談を行い、その技術をアメリカのミサイル(ロケット)開発に融和させる役割も果たした。

フォン・ブラウンと入れ替わるように反共産主義、赤狩りの中で銭学森は共産主義者との嫌疑を受け、1950年から5年近く自宅軟禁状態に置かれる。1955年、軟禁を解かれて中国に帰国。中国のミサイル、ロケット開発を率いて、東風ミサイルや長征ロケットの発展に尽くす。

***

というわけで、私が知っていたのはロケット工学者としての銭の一面だけだった。だが、Scienceによれば銭は「中国システム工学の父」でもあるのだという。キャリアの初期に米国流のシステム工学を身に着けたことから、これを中国に持ち込み広めたというのだ。ロケットのような複雑なシステムをいくつものサブシステムに分解してモデル化することで課題を解決する。銭はこの手法を中国に根付かせ、1964年の中国初の核兵器開発にも参加した。のみならず「社会は何百万ものサブシステムを含むシステムである」と提唱し、社会問題の解決にも同じ手法が利用できるとした。

一方で、銭を追い出した米国ではシステム工学でなんでもできるわけではない、という事例が見られるようになりつつあった。1950年代後半、銭が後にしてきたJPLと、フォン・カルマンが設立したエアロジェット社(ロケットやミサイル推進システムなどを開発する、現在のエアロジェット・ロケットダイン社)とが共同で、子供の学習歴やIQ、出席率などのデータを解析して教育予算の優先順位決定を支援するプログラムを開発したのだという。開発費は当時で数百万ドルもしたというが、「政策決定者は関係ない変数の話ばかりしているし、だいたいそれだけのお金があったらもっと教師を雇えたはずだ」という現在からすると実にもっともな批判を受け、プログラムは廃止された。

ハードウェア開発でうまくいったからといって、社会的な課題解決もシステム工学一本槍でできるわけではない、という論調が形成されていったというのだが、一方で中国では共産党とこの手法は分かちがたく結びついたのだという。その例が、私でも知っているような中国の国家的巨大プロジェクトとなった。

1970年代後半に銭の弟子であるミサイル科学者・宋健が率いるチームは、コンピューターを用いたモデルによって「2080年までに中国の人工は40億人になる」と予測を発表した。この予測は、厳格な産児制限の裏付けとして採用され、1980年代になって一人っ子政策となって結実する。また(銭との人的つながりは不明だが)三峡ダム建設にあたってのフィージビリティ・スタディにもシステム工学者が関わり、地質学、生態学、人口動態など14のサブシステムグループからなる研究グループを形成し、最終的に「最適の貯水量は水位175メートルである」との結論に達した。

とはいっても、一人っ子政策のために中国の労働年齢人口は急激に減少し、政策はつい2年前の2015年に廃止された。また、三峡ダム建設時には130万人もの人々に移住を強いることとなったのだが、住民説明などに十分な時間を持たなかったとの批判もあるという。

中国の偉大な工学者、銭学森の名は今でも伝記やTV番組で繰り返し取り上げられ、国家的英雄となっている。提唱したシステム工学的アプローチは、現在でも監視社会の仕組みづくりにも取り入れられて機能している。だが、「魂のない脳」との批判も受け、もっと社会システムに関わる人々との関係を取り入れ、社会的関係に重点を置くような手法に変化が起きつつある、というのが「Master Planner」の趣旨だ。

この記事には、長征ロケットの名も、東方紅1号の打ち上げ成功によって中国が世界で5番目の人工衛星打ち上げ国となったことも出てこない。だが、銭学森という人物が中国に与えた影響は、ロケットや国立大学設立といった「成果」よりもある意味でよくわかると思う。

“自爆装置”導入で加速するSpaceXのビジネス

12月末のニュースで、Florida Todayが「ケープ・カナベラルから極軌道の打ち上げが可能になるかも?」と伝えている。50年以上、極軌道(ざっくり南北方向)に人工衛星を打ち上げることができなかったフロリダでそれが可能になるというのも大ニュースだけれど、さらにSpaceXが“Falconシリーズのロケットに“自爆装置”をいち早く取り入れたおかげで、フロリダでの打ち上げ獲得レースの先頭を走っているという論考があった。大事なことがたくさん書いてあるので紹介したい。

 

そもそも、フロリダで南への打ち上げができなくなったのは、1960年に米海軍がソー・ロケットの一部をキューバに落っことしての牛に損害が出たからだそう※。そこで現在、極軌道打ち上げを担っているのはカリフォルニア州のヴァンデンバーグ空軍基地となっているけれど、こちらは設備面や自然災害のためにあまり頻繁に打ち上げができない。2016年には、商用では世界最高の解像度を誇るDigital Globeの地球観測衛星WorldView-4が山火事のためVAFBからの打ち上げが遅れた、ということもあった。
※この件は「本当なの?」と深掘りするとややこしくも面白い話が出てくるよう。宿題にしよう。

そこで設備の整ったフロリダも使いたい、というのが空軍の意向だけれど、その通りに極軌道打ち上げを再開するにはロケット側も対応が必要になる。具体的には、レーダーでロケットを監視し、コースを逸れるなど飛行に異常があったときには指令破壊のコマンドを出す「レンジセーフティーオフィサー」にだけに頼らない飛行安全装置が必要になる。

2017年の2月、CRS-10の打ち上げのときからSpaceXは自律飛行安全装置(AFSS)という新型システムをFalcon 9に導入している。GPSベースで位置情報を測っていて、ロケットが予定のコースを外れ、人の居住地域に近づくと機体を破壊するというもの。つまり、指令破壊ではなくて文字通りの自爆装置だ。

他のロケット企業、ULAやBlue Origin、Orbital ATKもAFSSを導入予定だけれど、予定では2020年ごろになるという。SpaceXは時間的に先行しているので、この間にフロリダからの極軌道打ち上げを獲得できる。

SpaceXのAFSS導入にはビジネス面でもメリットがある。まずは安全性の向上。射場安全管理官がレーダー画像を見て指令破壊を判断するより、ロケット自身がコース異常を検知した途端に自身を破壊するほうが早い。しかも、空軍のレーダー使用とスタッフへ支払う費用を削減できる。現在、1回の打ち上げに関わる空軍のスタッフは160人もいるので、これを削減すればかなり打ち上げコスト削減につながる。

さらに重要なのが、Falcon Heavyの打ち上げコストもこれで削減できること。FHは3基のブースターを束ねた形状なので、再使用のため各ブースターの帰還にあたってそれぞれ安全管理が必要になる。これをレーダー+人間で安全管理するとコストは3倍になってしまう。Falcon Heavyの各ブースターにAFSSを組み込んでおけば、帰路の安全は自動装置が担当してくれる。コストを削減できてFalcon Heavyも頻回な打ち上げが可能になる。

このAFSSという装置は、NASA/ゴダードと空軍がずっと開発していたものだそう。資料を見ると2008~2009年頃にワロップスでテストしていたらしい。10年足らずで実装したSpaceXもすごい。

ファルコン・ロケットを再利用するとスペースXはどのくらい「お得」?

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アメリカで超小型衛星向けの小型ロケットを開発するVector Space Systemsのジム・カントレルCEOが、SpaceXのFalcon9ロケット第1段の再利用について、経済性の観点からQuoraに回答を寄せていました。面白いのでざっと訳してみます(やや生硬な部分はご容赦ください)

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How much does SpaceX save by reusing a Falcon rocket?

再利用可能なロケットを開発するための研究開発費を賄う、としよう。ロケット第1段を帰還させるには、機会費用(ここでは、帰還時に必要な燃料と、もっと多くのペイロードを軌道に乗せることができたはず、という収益機会の喪失という意味)と、フライトとフライトの間に必要な改修費用がかかる。一般的に業界の経験からすると、すべての費用を考慮して収益が得られるとするまでに、再使用ロケットまたはブースターを5~10回は打ち上げなければならないとされている。

このテーマについては多くの論文が書かれており、これはかなり確かな「経験則」だといえる。だが、これは「中古」の第1段で飛んでいる多くの顧客が要求するであろう値下げを考えると割に合わない。

私はSpaceXのFalcon 9の第1段は3回くらいまでしか打ち上げに再利用されないと考えている。したがって、SpaceXはこの算盤勘定で考えると再使用ロケットで収支が合うとはとてもいえないのだ。

それなら、なぜSpaceXは再利用ロケットを着陸させようとしているのだろう? これには2つ理由が考えられる。

まず、これは明らかに火星への着陸技術だということだ。これがSpaceXの目標の1つだとすると、(私はそもそもSpaceXという企業を興した主たる目的が火星行きだと思っている)、着陸システムの開発コストは再利用性とは関係のない他のさまざまな費用として計上されることになる。

次に、再利用性はフライト料金の大幅な増大を可能にする。おそらく主目的はこちらだろう。SpaceXの財務モデルを解析してみると、良好で強いプラスのキャッシュフローに達するためには、このクラスのロケットがこれまで実証してきた年間10~12回よりも多くの打ち上げが必要になることがわかる。単なる生産と物流の観点からすれば、再利用性によって打ち上げ可能回数を簡単に倍増させる。

再利用性を実現することで、年間20~25回打ち上げを実行でき、スペースXはより確実なキャッシュフローポジションに入ることができる。これが非常に重要な再利用ロケット開発の推進力であると私は考えている。主として生産、輸送、および付随するインフラストラクチャの面からすると、第1段は打ち上げ回数を増加させる際にはボトルネックの1つになると考えられている。 再利用性によって素晴らしいブランドイメージを形成できるということもある。だがもっと重要なのは、再利用技術で火星着陸の準備をしつつも、スペースXが打ち上げ回数を倍にしてより多くの金を稼ぐことができる、ということだ。

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第1段は生産のボトルネックだから2~3回再利用できればそろばんが合うというわけですね。となると、再利用した機体で打ち上げ失敗があると一気にキャッシュフロー健全化が遠のきそうな気はします。オペレーション、どうなっているんだろうと思いますね。