ファルコン・ロケットを再利用するとスペースXはどのくらい「お得」?

ファルコン・ロケットを再利用するとスペースXはどのくらい「お得」?

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アメリカで超小型衛星向けの小型ロケットを開発するVector Space Systemsのジム・カントレルCEOが、SpaceXのFalcon9ロケット第1段の再利用について、経済性の観点からQuoraに回答を寄せていました。面白いのでざっと訳してみます(やや生硬な部分はご容赦ください)

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How much does SpaceX save by reusing a Falcon rocket?

再利用可能なロケットを開発するための研究開発費を賄う、としよう。ロケット第1段を帰還させるには、機会費用(ここでは、帰還時に必要な燃料と、もっと多くのペイロードを軌道に乗せることができたはず、という収益機会の喪失という意味)と、フライトとフライトの間に必要な改修費用がかかる。一般的に業界の経験からすると、すべての費用を考慮して収益が得られるとするまでに、再使用ロケットまたはブースターを5~10回は打ち上げなければならないとされている。

このテーマについては多くの論文が書かれており、これはかなり確かな「経験則」だといえる。だが、これは「中古」の第1段で飛んでいる多くの顧客が要求するであろう値下げを考えると割に合わない。

私はSpaceXのFalcon 9の第1段は3回くらいまでしか打ち上げに再利用されないと考えている。したがって、SpaceXはこの算盤勘定で考えると再使用ロケットで収支が合うとはとてもいえないのだ。

それなら、なぜSpaceXは再利用ロケットを着陸させようとしているのだろう? これには2つ理由が考えられる。

まず、これは明らかに火星への着陸技術だということだ。これがSpaceXの目標の1つだとすると、(私はそもそもSpaceXという企業を興した主たる目的が火星行きだと思っている)、着陸システムの開発コストは再利用性とは関係のない他のさまざまな費用として計上されることになる。

次に、再利用性はフライト料金の大幅な増大を可能にする。おそらく主目的はこちらだろう。SpaceXの財務モデルを解析してみると、良好で強いプラスのキャッシュフローに達するためには、このクラスのロケットがこれまで実証してきた年間10~12回よりも多くの打ち上げが必要になることがわかる。単なる生産と物流の観点からすれば、再利用性によって打ち上げ可能回数を簡単に倍増させる。

再利用性を実現することで、年間20~25回打ち上げを実行でき、スペースXはより確実なキャッシュフローポジションに入ることができる。これが非常に重要な再利用ロケット開発の推進力であると私は考えている。主として生産、輸送、および付随するインフラストラクチャの面からすると、第1段は打ち上げ回数を増加させる際にはボトルネックの1つになると考えられている。 再利用性によって素晴らしいブランドイメージを形成できるということもある。だがもっと重要なのは、再利用技術で火星着陸の準備をしつつも、スペースXが打ち上げ回数を倍にしてより多くの金を稼ぐことができる、ということだ。

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第1段は生産のボトルネックだから2~3回再利用できればそろばんが合うというわけですね。となると、再利用した機体で打ち上げ失敗があると一気にキャッシュフロー健全化が遠のきそうな気はします。オペレーション、どうなっているんだろうと思いますね。

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宇宙からアホウドリを数える

とても魅力的なニュースがありました。

世界の民間地球観測衛星の中でも、解像度31cmという最高クラスの分解能を誇るDigital GrobeのWorldView-3衛星の画像を使って、宇宙からアホウドリの個体を1羽1羽数えようという研究です。

BBCニュースでで見つけたこの調査プロジェクト、いくら高分解能とはいえどうやって個体の数を判別するのか、なぜアホウドリなのか、報告の原文がありましたので読んでみました。

Using super-high resolution satellite imagery to census threatened albatrosses

■誰が調査したの?

英国南極研究所(BAS)の調査チームです。筆頭著者はPeter T. Fretwellさん。BBCのニュースで「調査対象のキタシロアホウドリは翼長が3mもあり、衛星画像で数ピクセル分になるので個体を数えることができる」と解説されていたのはこの方ですね。

■キタシロアホウドリって?

大型の海鳥であるアホウドリの仲間は絶滅危惧種となっている種がいくつもいます。中でも、ニュージーランド南島の東側、チャタム諸島に生息するキタシロアホウドリ(Northern Royal Albatross)は、IUCNレッドリストで「危機」(絶滅危惧ⅠB類)に分類されている大型の種類です。

繁殖地の島は、チャタム諸島の中でもフォーティーフォーズ諸島、ビッグシスター島、リトルシスター島の3つに集中しているといいます。1980年代と1990年代にキタシロアホウドリの住む島に連続して激しい嵐があり、地表の植物などを根こそぎ押し流してしまうことがありました。このため、90年代には卵が孵らずに生息数が大幅に減り、現地調査と航空機調査で確認された繁殖ペアの数は1995年に5200になってしまったといいます。その後、2002年には5800つがいまで回復しました。

■なぜ衛星から数えるの?

地球観測衛星の画像で生物の生息を調査するという試みはそれほど珍しくありません。ただ、ある動物種の生活に欠かせない植物の広がりを調べることで間接的に生息している地域を調べるとか、ペンギンのコロニーを調べることで生息数を推定するとかいった手法が中心のようです。報告によると、直接個体を数えるという試みはホッキョクグマ、アザラシ、ヌー、ミナミセミクジラなど大型の動物で小規模に、試験的に行われたことがあるといいます。なので、ツイートで世界初らしい、といったのは間違い。ただ、超高解像度(VHR)衛星の画像が利用できるようになったことで、宇宙から個体数を数える衛星画像の利用も本格的に始まってきたということなのでしょう。

今回のキタシロアホウドリの個体数観測は、生息数とその傾向を調べるためのもの。WorldView-3の画像を使った手法の正確さなの実証でもあります。比較対象として、同じく大型のワタリアホウドリも観測しています。イギリス領のサウスジョージア島のワタリアホウドリは地上からの観測で巣の数などが継続して確認されているので、衛星画像で数えた結果と比較することでその精度を確かめられるというわけです。

そもそも、キタシロアホウドリは断崖絶壁に囲まれた無人島に繁殖していて、人が容易に近づくことができません。航空機での観測は天候に左右され(雲があると見えないのは衛星画像も同じですが)、かつニュージーランド本島からかなり距離があるためにかなりコストもかかって頻繁な観測が難しいそう。

利用できる衛星画像が進歩した、という事情もあります。2015年、アメリカで商用地球観測画像の解像度が50cm制限から30cmとなり、より高解像度の画像を利用できるようになりました。VHR衛星画像を利用しやすくなったことで、科学的な利用への期待も高まったといいます。中でも、DigitalGlobeの運用するWorldView-3(ボール・エアロスペース製、2014年打ち上げ)は31cm(直下)という商用衛星では最高の超高解像度を誇っています。1平方mあたり、50cm解像度の衛星ならば4ピクセルとなるところ、31cm解像度なら2倍以上の10.4ピクセルに。宇宙から動物を数えられる可能性が飛躍的に高まったといいます。

そしてキタシロアホウドリの繁殖期にあたる2016年の2月にチャタム諸島を撮影した衛星画像と、前年の2015年12月のアーカイブ画像を2009年の地上観測写真と比較することになりました。また、過去の地上観測地には巣の位置と不可能成功/失敗を記録済みだといいます。

■実際のところ、どうだったの?

で、実際に衛星から撮影された画像がこちら。

キタシロアホウドリは白い羽根にところどころ黒い模様が混じった姿をしており、緑や茶色の植物の上では白く目立ちます。身体の大きさは107~135cmほどとのこと。WordView-3の画像を拡大しても、ちゃんと白いピクセルになって写っているんですね! ところどころ、やや大きい白いドットが写っているのは、地上で羽根を広げている(ディスプレイ中または飛ぼうとしている)とのこと。


そして、こちらは2016年2月に撮影されたリトルシスター島(a)とフォーティフォーズ島(b)での営巣地の衛星画像。あ……白い点がいっぱい見える……というだけで、なんだか新時代という感じがします。

ただ、キタシロアホウドリの白い点が多く見えるフォーティーフォーズ島に比べ、リトルシスター島はなんだかまばらに見えます。個体数のまとめ表によると、2009年の航空機観測とくらべるとフォーティーフォーズ島はやや減少、という程度ですがビッグシスター、リトルシスター島での減少が大きいとのこと。1990年代にキタシロアホウドリの環境に大きな影響を与えた島の植物の減少は、フォーティーフォーズ島ではだいぶ回復したものの、ほかの2つの島では回復が遅れているため、キタシロアホウドリの繁殖の成功率にも影響しているのではないかといいます。

今回の観測でキタシロアホウドリの将来が心配されるものの、衛星画像による観測の有効性はかなり高く、ほかの継続的なモニタリングが必要な絶滅危惧種にも応用できそうだと報告書は述べています。応用するとしたら、2ピクセル以上になる身体の大きさが62cm以上で、身体の色が白や黒など周囲とコントラストが高い動物なら行けそうだとのこと。たとえばほかのアホウドリやカツオドリ、ペリカンやハクチョウなどなど。航空機よりも低コストで、人が行くよりも安全な観測手段のオプションが広がる期待ができそうです。

 

トランプ政権下のNASA方針決定チームにニュー・ホライズンズのアラン・スターン博士が参加へ?

Credit: NASA/JHUAPL/SwRI

Credit: NASA/JHUAPL/SwRI

2017年1月20日のドナルド・トランプ氏、米大統領就任まであと1ヶ月を切りました。

新政権でアメリカの宇宙政策とNASAがどうなるのかはまだはっきりとはわかりません。米メディアも情報が少ないので手を焼いているような印象を受けます。

新政権の周囲にいる人と議会の共和党は、これまでのNASAの計画の中でも小惑星再配置ミッション(ARM:Asteroid Redirect Mission)と地球科学プログラム(最近では、ハリケーン観測衛星CYGNSSを打ち上げました)に冷たいので、この2つは今後は冷遇、場合によっては撤退もありうるかもしれません。特に前者については、「NASAもやめてしまった小惑星探査」のような余計な言説になって日本に入り込んでくるのではないか? という不安も感じています。

何がどうなるのかはともかく、現状ではどのような方向性で話し合われているのか、整理しておきましょう。

■大統領選挙中に発言していた人たち

ボブ・ウォーカー氏
元下院議員のウォーカー氏は、2016年の大統領選挙中にトランプ氏の陣営で宇宙政策アドバイザーを務めた人です。NASAの地球科学を強く批判しており、同分野はNOAAに移管してNASAは宇宙探査に専念すべき、との主張が知られています。

現在、ウォーカー氏は新政権のNASAランディングチーム(方針策定チーム)には入っておらず、公式には宇宙政策を主導する立場にはありません。ただ、12月頭に開催された、宇宙政策に関するギャロウェイ宇宙法シンポジウムで講演、「NASAのゴールを“火星”といった単一の目標ではなく、太陽系探査全体とすべき」「地球科学部門を他の政府機関に移管」「ISSの運営を半官半民の企業体に移管」「National Space Councilの復活」「安全保障衛星の拡大とロボット化の推進」といった主張を述べたといいます。
ウォーカー氏は、「NASA長官就任を目指しているわけではない」と強調したということですが、公式な立場を離れても、発言内容はまだ重要視されているのではないかとも考えられます。

ジム・ブライデンスティーン氏
現役の下院議員であるブライデンスティーン氏は、新政権でのNASA長官候補として名前が上がったこともある人です。複数の候補の名前が上がっていますが、NASA長官は新大統領就任と足並みを合わせなければならないというものではないので(現在のボールデン長官は、前任者の任期終了後に就任しているので、オバマ大統領就任とは1年以上タイミングがずれています)結論が出るのはもう少し先かもしれません。
現在、ブライデンスティーン議員は下院の科学・宇宙・技術委員会で環境小委員会の議長を務めているということで、宇宙資源採掘と宇宙条約の整合性に関する議論を行っているとのことです。これはこれで非常に気になるテーマですが、長くなりすぎるのでちょっと置いておきます。

■現在のNASAランディングチーム

11月末、大統領政権移行チームは、新NASAの方針を策定するランディングチームを組織し、12月頭には初期6人のメンバーが参加しました。

クリス・シャンク氏:最初に選ばれたメンバー。ブッシュ政権下で当時のNASAのマイク・グリフィン長官の特別補佐官を務める。現在は下院の科学・宇宙・技術委員会(SS&T)のスタッフ。

グレッグ・オートリー氏:南カリフォルニア大学教授

ジャック・バーンズ氏:コロラド大学、天体物理学科教授。アメリカ天文学会副総裁、ルナール大学天文物理学研究ネットワーク(LUNAR)責任者、NASA諮問委員会科学委員会委員長などを経験。

スティーブ・クック氏:NASA出身。この人は、ブッシュ政権下で月・火星探査を計画してたコンステレーション計画の元、Ares計画のマネージャーとしてアレスIロケットとアレスVロケット開発に関わっていたということで注目されています。

ロドニー・ライスヴェルド氏:NASA出身で、マイク・グリフィン前長官とチャールズ・ボールデン現長官の元で上級政策顧問をつとめました。

サンドラ・マグナス氏:マクダネル・ダグラスのエンジニアから宇宙飛行士へ。スペースシャトル引退まで4回のミッションを経験し、ISS Expedition18長期滞在にも参加。現在はAIAAのエグゼクティブ・ディレクターとのことです。女性の宇宙飛行士経験者は、米女性初のスペースシャトルコマンダーとなったアイリーン・コリンズ氏がNASA長官候補として名前が上がっているので、あるいはこの方もそうかもしれません。

ジェフ・ワックスマン氏:元IBMワトソン研、現在はアリゾナ州選出のSchweickert議員の元で政策研究を行っているそうです。

■ランディングチームの追加メンバー

12月20日には、このランディングチームにさらにメンバーが加わりました。

チャールズ・ミラー氏:元NASA。2009年から2012年まで、NASAの民間宇宙企業との協業計画に参加し、CCDeVなど複数の計画に携わっていたといいます。また、ISSで超小型衛星放出機構など複数の宇宙実験機器を開発している、NanoRacksの設立メンバーでもあるといいます。NextGen Spaceというコンサルティング会社も起こしているとのこと。2015年には、NASAによる民間宇宙の可能性を評価するレポートの主任研究員を勤めており、「官民パートナーシップなど民間の力を活用すれば、5~7年で月への短期間ミッションを、これまでよりもはるかに低いコストで実現できる」と結論を出したといいます。1990年代から、民間宇宙開発推進のロビー活動も行っていたといい、かなりのコマーシャルスペース推進派です。

アラン・スターン博士(候補):追加のランディングチームメンバーとして、冥王星の探査で話題となったニュー・ホライズンズの主任研究員、アラン・スターン博士の名前が上がっているそう。実は、スターン博士は民間宇宙活動を推進するCommercial Spaceflight Federationのチェアマンをつとめていて、複数の民間宇宙企業に関わっています。高高度気球での宇宙旅行を計画するWorld Viewのチーフサイエンティストであり、ブルー・オリジンやヴァージン・ギャラクティックのコンサルティングにも参加、商業月旅行を計画しているGolden Spikeのアドバイザーも務めています(このゴールデン・スパイクは2012年の計画発表以来あまり音沙汰がないそうですが)などなど。

Alan Lindenmoyer氏(候補):ジョンソン宇宙センターでコマーシャルクルー、コマーシャルカーゴのNASA側責任者をつとめた人です。

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NASAのランディングチームメンバーと候補者を見ると、元NASAメンバーも多くいます。かつ、民間宇宙開発に理解もあり、これまでのNASAと宇宙企業の協調路線を継承する方針なのかな、とも思わせます。SLS開発は継続し、ボーイング・ロッキードマーチン合同のULAによるヴァルカンロケットも政府系衛星打ち上げの基幹ロケットとして採用、といった。

その一方で、元NASA関係者から、『スペースXのレッド・ドラゴンをNASAの火星計画に組み込もう』といったもう一段の民間宇宙開発推しの発言があり、これをジェフ・ベゾス氏が出資しているビジネス系メディアが報じる(しかもARM計画の廃棄とセットで)など、何かあまり好きになれない流れもあったりします。しかも、よく考えたらジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジンはヴァルカンロケットにBE-4エンジンを供給することになっているので、ベゾス氏からするとどっちに転んでも悪くない話なんですよね…

どこまでもややこしいNASAの将来ですが、引き続き経過を追って、最終的な着地点まで見届けたいと思います。

ドナルド・トランプ大統領と火星への道のり

2016年11月9日、アメリカ大統領選挙に共和党のドナルド・トランプ氏が当選し、第45代米大統領となることが決定しました。米大統領戦に勝利するには政党が結束していることが必要だと思っていたので、共和党大物議員が次々と不支持を表明したトランプ候補が当選したことにはとても驚いていますが、選挙結果は選挙結果です。

決まったからには、トランプ新大統領がどのような宇宙政策を主導するのか、その方向性について考えてみたいと思います。

困ったことに、候補者であったときからトランプ氏は宇宙政策についてほとんど具体的な案を示していません。Scientific AmericanSpaceNewsなどいくつかのメディアが大統領選の最中に質問していますが、トランプ氏は抽象的かつ短い回答をしているにとどまっています。例えば有人宇宙政策はどうするのか、NASA予算は拡大なのか縮小なのか、といったことには「現状の問題については答えられない」としています。2020年代に小惑星へ、2030年代に火星へ、という現在の目標に対する回答は「就任後は、宇宙計画について包括的なレビューを行い、議会と共に宇宙ミッションとその優先度を決定する」と答えているのみ。クリントン、トランプ両氏の宇宙政策に関するメディア記事をまとめたForbesの記事によれば、要するにトランプ氏のこうした態度は「宇宙への関心の欠如を示しているのではないか」としています。

とはいえ、大統領に就任するからには、宇宙政策を放置、NASAは勝手にやって、というわけにもいきません。また、「アメリカを再び偉大にする」と打ち出しているからには、世界の宇宙開発を主導していると考えるアメリカの立場を積極的に放棄するということも考えにくいです。「ビジネスマンとして」とコメントしていることからも、産業と科学技術の分野で後退すると受け取られる施策も取りにくいでしょう。ただ、コストとベネフィットを勘案して、最大の効果が上がるようにするとはいっています。

情報や手がかりがない中で予測するのはあまり良いことではないかもしれませんが、あえてこの「関心は特にないが、後退しているようには見られたくない」ということを実現しようとした場合、どんなことをするのか考えてみたいと思います。

そこで考えられるのが、4年の任期終了後に設定されているような大目標には手はつけないが、その道程に計画されていることには手をいれる、という方法。アメリカがいま抱えたり検討している大きな宇宙プログラムには、2030年代の有人火星探査、2020年代の有人小惑星探査、木星の衛星エウロパの無人探査、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)、国際宇宙ステーション(ISS)の2024年までの維持と民間宇宙輸送の推進、などがあります。

この中で、火星有人探査が最大規模の目標であることは間違いないと思いますが、ここには手を付けないのではないかと思うのです。「火星にアメリカ人が一番乗り」はとてもわかりやすい目標ですし、火星をやめてどうするのか、という問題もあります。ここで月をもう一度有人探査の目標にしてしまうと、ルナ計画を再開して月面基地計画を進めるというロシアや中国との競争になってしまうのです。

エウロパの無人探査については、目標にはあえて手を付ける必要もないし、議会と協調して予算を理由に実現を先延ばししてもどちらでもよいというところではないでしょうか。ISECGの国際宇宙探査ロードマップ(もうすぐVer.3が発表されるとのことですがそれにしても)を見ても、木星をターゲットにした大目標をもっている国はアメリカ以外になく、ジュノー(木星)、ニュー・ホライズンズ(冥王星とカイパーベルト天体)の実績を持つアメリカ以外の国が、トランプ大統領の任期中に彗星のように抜き去っていく、ということはちょっと考えにくいからです。

ISSについては、すでに民間へ宇宙輸送を委託するCOTSが始動していることから、産業育成の点からいっても民間移譲の流れでこのまま進めていくと思われます。また、JWSTは完成まで押し詰まっており、予定通りならば任期真ん中の2018年打ち上げです。任期中にハッブル宇宙望遠鏡の後継機として世界最高性能の宇宙望遠鏡打ち上げに立ち会う大統領、という立場を捨てる理由もないでしょう。

と、いうわけで米大統領としてトランプ氏は現在の宇宙政策を拡大路線で進めて行くようにも思われますが、ここで考えたいのが、2030年火星有人探査という目標を実現する、その方法です。つまり、Space Launch System(SLS)とOrion宇宙船の開発です。

SLSは実現すればアポロ宇宙船を打ち上げたサターンVを超える世界最大級のロケットになる予定ですが、予算超過と計画の延期が何度か問題になっています(JWSTもたびたび延期しましたが、こちらは完成間近)。無人モジュールEM-1を搭載した試験機初打ち上げは2018年末に予定されていますが、上段を改良しての実用機の打ち上げは早くとも2021年以降。アメリカで人気の天文学者フィリ・プレイトさんもこの問題を取り上げたことがあり、「一宇宙ファンとしてはSLSはエキサイティングだけれども」としながらもその実現に疑問を呈しています。

ここで、もしもトランプ大統領と議会がSLS計画の見直しを打ち出し、火星有人探査の目標はそのままに、手段をSLS以外のもっと費用対効果の高いものにする、といえば、かならずしも「宇宙(科学)オンチの大統領の暴挙」というよりも、英断と評価される可能性もあると思うのです。

しかも、SLSを推進するNASAの中にも、SLS反対派がいます。現在はNASAを離れていますが、元NASA副長官のロリ・ガーヴァーさんはSLS中止を主張する論者で、元宇宙飛行士であり有人宇宙探査協力推進派のチャールズ・ボールデン現長官とは異なる立場をとっています。

NASA長官は米大統領が任命するので、ここでボールデン長官の後にガーヴァーさんをNASAへ呼び戻すとしたらどうでしょう? もともとガーヴァーさんもオバマ大統領が任命した人ではあるので、応じるかどうかはわかりません。ただ、NASAを率いるだけの実績を持つ人の中にも、SLS中止の側に立つ人はいるわけです。また、アメリカ政府機関の中でも世界的に知名度、人気の高いNASA長官に女性を登用すれば、女性に人気がないともいわれるトランプ氏にとってはひとつの評価点になるかもしれません。

では、SLSをやめて火星はやめないとすれば、どうやって火星へ行くんだという疑問は当然でてきます。ここから先は憶測の上に憶測を重ねるようなことになりますが、COTSで有人輸送技術を手にした後に、火星有人探査を目標としている民間企業がありますね、とは思います。

もう一つ懸念があるとすれば、SLS/Orionでの火星探査の前に、その前段階として予定されている小惑星探査(Asteroid Redirect Mission)ですが、これは大きな後退を余儀なくされるということです。せっかく日本の「はやぶさ2」と同時期に小惑星探査機OSIRS-RExを打ち上げているアメリカがそうなってしまったら残念なのですが、先行きに対するヒントは、まだ見つかりません。

人工衛星が捉えたISILの破壊活動 亜硫酸ガスの広がりは宇宙からどのように“見える”のか

2016年10月、イラクの化学工場火災に伴う亜硫酸ガスの噴出を観測した、Aura衛星のイメージ。Nimbus7やMeteor3などの気象衛星に搭載されたTOMSを継承するオゾン監視装置“OMI”を搭載する。Credit:NASA

2016年10月、イラクの化学工場火災に伴う亜硫酸ガスの噴出を観測した、Aura衛星のイメージ。Nimbus7やMeteor3などの気象衛星に搭載されたTOMSを継承するオゾン監視装置“OMI”を搭載する。Credit:NASA

■2016年、イラクの化学工場火災

10月27日付けのABCニュースによると、イラク北部で人為的に発生した二酸化硫黄(亜硫酸ガス)が広がっており、NASAの運用する人工衛星から被害が観測できる事態になっているとの報道がありました。これは、イラク北部でISILが支配するモスルに近く、硫黄の化学工場があるアル・ミシュラクで発生したもので、ISILの破壊活動によって炎と煙に含まれる二酸化硫黄ガスが付近一帯に広がっているというものです。

モスル奪還に際して、ISILが手段を選ばない破壊活動をしていると伝えられていますが、その痕跡は人工衛星からどのように「見える」のか、またどのような衛星が何のセンサーを使って観測しているのか、整理してみました。

まずは報道による被害状況です。10月23日付けのアルジャジーラの報道によると、モスルの南側、チグリス川沿いのアル・ミシュラク周辺でISILが10月20日ごろに硫黄を原料とした化学薬品を製造する化学工場に放火し、付近に大量の二酸化硫黄のガスが広がっていると伝えています。イラク軍を支援する米軍は、付近のケイヤラに拠点を置いていますが、このケイヤラの病院には翌21日以降に呼吸障害や目の痛みなどを訴えて来院する人が増えており、付近の村では民間人2人が死亡したとイラク軍司令官による発表があり、1000人近くの人が被害を受けているとのことです。

ABCニュース報道では、モスルの南側およそ80kmほどの米軍の拠点では、屋外活動が制限されるレベルの化学物質が観測されており、自主的にガスマスクを着用しているといいます。また、イラク軍とクルド人部隊にはこうした装備が不足しているため、24000個の化学マスク提供を開始したとのことです。

こうした状況について、NASAの地球観測研究部門The Earth Observatoryは、10月22日に観測された衛星画像に見られる二酸化硫黄の噴煙の状況を発表しました。NASAサイトの発表から、観測の経緯を詳しく見てみます。

2016年10月20日、NASAの地球観測衛星Terra(テラ)とAqua(アクア)に搭載された同型の光学センサー“MODIS(モディス)”が、アル・ミシュラク付近で化学工場の火災が置きた際の熱を捉えました。翌日には、白煙が工場から広がり、Aura(オーラ)搭載のオゾン監視装置(OMI)とNASA/NOAA共同運用の気象衛星Suomi NPP搭載のオゾン観測装置(OMP)が観測したところ、二酸化硫黄のガスがイラク北部から中部に広がっていることがわかりました。二酸化硫黄はすぐに対流圏の最下層である惑星境界層(地上から高度1~2km程度)に広がり、風に乗ってさらに広がっているといいます。
観測にあたったミシガン工科大学のサイモン・カーン博士によると、相当な量の二酸化硫黄が対流圏の下層に広がっていると考えられるとしています。

[1]10月24日観測の二酸化硫黄観測結果を地図に重ねたもの。Credit:NASA

[1]10月24日観測の二酸化硫黄観測結果を地図に重ねたもの。Credit:NASA

NASAが発表した2点の画像の内、[1]は10月24日にOMPが観測した噴煙の広がりを地図に重ね合わせたもの。[2]は10月22日MODISセンサーが撮影した光学画像で、硫酸塩のエアロゾルが光を反射するため、白っぽく見えるものです。二酸化硫黄の噴出量は相当なものと見られ、カーン博士は「仮にこの二酸化硫黄が火山の噴火で噴出したものだと考えると、2016年最大の噴火が起きたことになる」とツイートしています。

[2]2016年11月22日撮影、MODISセンサーによるアル・ミシュラクの火災。上の白い噴煙が硫黄の工場からのもの。Credit:NASA

[2]2016年11月22日撮影、MODISセンサーによるアル・ミシュラクの火災。上の白い噴煙が硫黄の工場からのもの。Credit:NASA

このように、火災と二酸化硫黄の状況が衛星を観測した事例は、実はこれが初めてではありません。どころか、13年前にほぼ同じ状況で、同じ化学工場の火災を人工衛星から観測した事実があり、これが今回の発表につながっているのです。

■2003年、人工衛星から見えた亜硫酸ガス

2003年6月、同じアル・ミシュラクの化学工場で1カ月近くにわたって国営化学工場での火災が続いた事件がありました。総量で600キロトンにもおよぶ二酸化硫黄が大気中に放出され、人為的な二酸化硫黄源としては史上最大級となっているのです。

人工衛星(Nimbus7やMeteor3などの気象衛星)に搭載されたオゾン全量分光計TOMSは、1980年代から大気中の二酸化硫黄を観測してきた実績があります。オゾン層を観測するためのTOMSがなぜ二酸化硫黄を観測できるのかというと、二酸化硫黄を含んだ気体は、TOMSがオゾン量を測定するために使っているのと同じ波長の紫外光を吸収するからです。。ちなみに、同型のセンサーは日本の地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり(ADEOS)」にも搭載されていました。

とはいえ、通常は二酸化硫黄は成層圏や対流圏の上層で観測されることが多く、火山性でない二酸化硫黄の放出を捉えたことはあまりありませんでした。人為的な放出で最大級のものは、ロシアのノリリスクにあるニッケル鉱山からの放出で、冬期の地上が雪で覆われて反射率が高まった時期に、十分な紫外線があれば観測できる、というものでした。

ところが2003年の6月24日以降、アル・ミシュラクの硫黄を精製する国営化学工場が放火され(燃え始めたのは6月25日とされています)、1カ月近くにわたる火災で硫酸や硫酸アルミニウムの原料となる推定5億トンもの硫黄が燃える事件がありました。火災の炎は、当時打ち上げから間もないTerraとAquaのMODISセンサーから捉えられ、続いてTOMSセンサーを搭載したEarth Probe(アース・プローブ)衛星が二酸化硫黄の観測を開始しました。約20日間にわたる観測の結果、二酸化硫黄はイラク国内からシリア、イラン、トルコ、アゼルバイジャン、カスピ海南岸にまで広がったことが確認されています。6月末には、化学工場から1350km離れたペルシャ湾の南岸にまで二酸化硫黄が到達しました。

火災と煙による環境と健康への影響は周辺100平方kmに広がり、モスル上空にも到達したといいます。付近の村では、火災直後に52ppm二酸化硫黄を吸って2名が死亡したとの報告もあります。二酸化硫黄濃度が人体に及ぼす影響は「50~100ppm」が「短時間(30分~1時間)耐え得る限度」とのことですから(横浜市の環境創造局の資料による)、すぐに避難できない状況下での52ppmという数値はとても危険なレベルだということになります。

この2003年の火災のとき、衛星による二酸化硫黄観測を開始したのが、先にコメントを紹介したサイモン・カーン博士らのチームです。このときもTerraとAauaのMODISセンサーがまず火災の炎を捉えました。このとき、EP衛星に搭載されたオゾン観測装置EP TOMSがイラク上空を通過するのは、UTCの7:00~8:00(現地時間では11:00~12:00)でした。6月25日から7月15日にかけて18日間の観測が行われました。

これまで、火山から二酸化硫黄を観測してきた際の経験からすると、太陽天頂角が低いときのエラーの度合いは10~22%ほどで、二酸化硫黄を含んだ硫黄エアロゾルを光が通過するときの光学的深さが中程度だとすると、どちらかというと二酸化硫黄の量を多く見積もる方にエラーがおきるといいます。また、地表の反射率が高い場合はエアロゾルの量を判定する衛星のセンサーは敏感に働くようになるといいますが、よく晴れたイラクの砂漠の環境では、反射率はそれほど高くありません。また、火山から放出された二酸化硫黄は高度3~4km程度から上昇を開始するのが通常ですが、今回は殆どが7kmより下方にあり、7月1日には10~15kmに達することがあったといいます。このことから、通常はEP TOMSがこんなに地表に近い層での二酸化硫黄を観測することはほとんどなく、今回の推定の二酸化硫黄の量は、かなり少ない見積もりなのではないかというのです。

この説明はそのままでは飲み込みにくいので、整理してみましょう。二酸化硫黄が観測しやすい条件は火山の噴火、または冬場のシベリアの鉱山ということでした。また、二酸化硫黄は、ある波長の紫外線を吸収することから衛星のオゾン観測装置で観測できるのでしたね。

【観測しやすい条件】
・冬期のシベリア:太陽天頂角が低い(光がななめに差し込む)→紫外線が大気を通過する距離が長くなる→紫外線が多く二酸化硫黄に吸収される
・冬期のシベリア:地表の反射率が高い→衛星のセンサーがよりたくさんの情報を集められる
・火山:二酸化硫黄が放出されるスタート地点が3~4kmなので、到達する高度が高い→衛星から見えやすい

といった要素があるのだと思います。これに比べてイラクは中緯度帯に位置し、しかも夏場です。衛星が上空を通過する時間帯も昼ごろの太陽が天頂に近い時間帯で、紫外線が大気を通過する距離はシベリアより短くなります。また、砂漠は反射率が低くて捉えにくい。かつ、山の上ではない地上からの二酸化硫黄噴出、とこれまでの観測例の反対をいくような観測しにくい条件が揃っています。にもかかわらず、観測できているということから、「これは相当量が放出された」と考えてよい、ということなのではないでしょうか。

化学工場の火災が増加する二酸化硫黄源だとすると、1日当たりの放出量は活発な火山の噴火に相当するといいます。28日間の累計の二酸化硫黄放出量は600キロトンと考えられ、エラーを考慮しても464~655キロトンの範囲で、1日あたりの量は21キロトンになります。EP TOMSによる二酸化硫黄の推定放出量とMODISによる熱赤外のデータを重ねたグラフを観ると、7月7~8日ごろまで大きかった放出量はその後減り始めています。これは、地上での消火活動が進んで7月8日ごろにはある程度まで鎮火してきた、という当時の報告と一致します。さらに後になって、事態がほぼ終息したころには、TOMSでの検出も限界に近づいています。

こうした13年前の経験があって、今回のアル・ミシュラクの化学工場火災でも、新たに衛星が二酸化硫黄の観測を行うことができたのだと思われます。地球の環境を調べるためにオゾンを観測する人工衛星が、同じセンサーを使って人災を観測し、被害を減らす方向に活躍できているとすれば、科学技術が設計当初とは違う目的ではあるけれども役立っているわけで、「あってよかったでしょう」と言いたい気持ちはあります。ただ、13年前と同じ場所、同じ工場で同じ放火による被害が起きているわけで、どうみても、「硫黄の工場に放火すると大きな被害が起きる」ことをISILが過去の経験から悪い方に学んでやっているわけですよね。火山の噴火のように、人為的にはコントロールできない大きな地球の活動に際して行うのであればともかく、今回の件に関しては、観測しているNASA、ミシガン工科大学をはじめとする科学者の方々も、内心手放しで喜べないと感じているのではないかと思わずにはいられません。

火星の人、マーク・ワトニーは今なにしてる? (ネタバレ)

2月5日の映画『オデッセイ』公開から2週間経ったので、『オデッセイ』だけでなく原作『火星の人 (The Martian)』での未公開情報まで好きなことを書いています。大量のネタバレを含むため、未読・未見の方はどうぞブラウザを閉じてください。

『火星の人』の映画化『オデッセイ』は大変素晴らしく、映像で端折ったところも付け足した部分も、「なるほど、こうしたのか~うまいなあ……」という感想しかありません。冒頭、マーク・ワトニー宇宙飛行士が火星に取り残されてまず行った怪我の治療も、『プロメテウス』といいリドリー・スコットはどれだけセルフ腹手術にオブセッションを持っているのかというくらいじっくりやってくれました。

ワトニーにとって火星から唯一の地球への窓口となった火星探査機、マーズ・パスファインダーですが、相棒のローバー“ソジャーナ”をハビタットに持って帰った後、通信に利用することはできないとわかってからはどうなったのか、原作では描かれていませんでした。映画では、ハビタットの中をくるくる走り回っているソジャーナをぽんぽんとたたくワトニーを見れば、彼が小さなローバーをとても大切しているように見えます。

ローバー、ソジャーナはアメリカの市民権解放活動家、ソジャーナ・トゥルースにちなんで名づけられました。火星という環境にとらわれることとなったワトニーにとって、ローバーの存在は地球のよすがであり、その名前は解放を意味すると感じていても無理ないように思えます。宇宙機愛炸裂のシーンです。ソジャーナかわいいよソジャーナ。

■アレス3のミッション年代は? (かなりネタバレ)

『火星の人』にせよ、『オデッセイ』にせよ、火星有人探査計画「アレス」計画の実施年代については明言されていません。アメリカの火星有人探査計画は少なくとも2030年代以降とされていますから、それより前ということはないにせよ、マーク・ワトニーが火星に滞在していたのは、実際いつなのでしょうか? 作中にいくつか手がかりがあります。

ひとつは、ロケットの名前。ワトニーを生存させるため、NASAは補給物資(主に食糧)を搭載した輸送船を火星に送り込む計画を立てますが、この計画のために徴発されたのがULA(United Launch Alliance)という実在の打ち上げサービス企業が運用するロケットです。ただし、型番は現在より大きく進んで“デルタ IX”だという記述があります。実際に今、ULAが運用しているのはDelta IIDelta IVの2タイプ(Delta IVにはコアを3基つなげたDelta IV Heavyという形態もあります)です。

ULAが実際に計画している次世代ロケットの名前はValcanなのですが、これが発表されたのは2015年4月。原作者アンディ・ウィアーがThe Martian発表を開始したのは2009年とのことですので、デルタからヴァルカンへの名前変更は知る由もありません。ですから、ULAのロケットがデルタの名称のまま世代を重ねたものと考えても(Atlas Vのことはちょっと置いて)、アレス計画時代には現状より5世代先のロケットが運用中ということになります。

これはちょっと考えもの。なぜなら、ロケットの一世代はかなり長いからです。現行機のDelta IIは1989年運用開始、Delta IVは2002年と、しっかり考えられた主力ロケットに10年、20年の運用は珍しくありません。1960年に運用開始した初代・Thor-Delta(ソー・デルタ)から単純に考えても56年目で4世代目が現役ですから、平均で14年ということになります。原作発表年の2009年を起点と考えると、Delta IXが運用されているのは2065年以降になってしまうのです。

さすがにそこまで先という感じはしない……というか、1997年に運用停止したマーズ・パスファインダーを70年近く経ってから利用するのはちょっと苦しそうな感じがします。だったらMSL(キュリオシティ)でも、何なら現在計画中のマーズ2020でもいいのでは? となってしまいますよね。

そこでもう一つ、現実路線に近そうなのが火星探査衛星です。ワトニーの活動を火星の上空から懸命に調べているミンディ・パークが運用しているのは、“マーズ・グローバル・サーベイヤー4”だそう。こちらを元に考えてみましょう。作中で火星を周回している衛星は1種類ではないのですが、ここではアレス計画の支援を担う中心がMGSだと仮定して、他の衛星のことは除外して考えます。

火星の地図作りに大活躍した火星周回探査機、初代マーズ・グローバル・サーベイヤーは1996年からおよそ10年、活躍しています(火星への航行期間含む)。後継機とされるマーズ・リコネッサンス・オービターは2005年に打ち上げられ、2016年の今もまだまだ現役です。少なくとも衛星の運用期間は10~12年はあると考えてもいいのではないかと思います。

実際に火星有人探査計画を実施するとなったら、宇宙飛行士の活動を確かめる大切な目となる周回探査機を、1機が動かなくなってから後継機を打ち上げる、なんてのんきなことはしないでしょう。ミッション期間が重なり合うように次々と投入すると考えられます。運用期間が12年だとしたら、3分の2となる8年目には後継機打ち上げ、くらいのサイクルでなければ、危険な火星の環境に人を送り込む計画のサポートにはならないのではないでしょうか。

そこで、火星周回機ミッションを12年周期で考えてみると、
2005年:マーズ・リコネッサンス・オービター打ち上げ
2013年:マーズ・グローバル・サーベイヤー2打ち上げ
2017年:マーズ・リコネッサンス・オービター運用終了
2021年:マーズ・グローバル・サーベイヤー3打ち上げ
2025年:マーズ・グローバル・サーベイヤー2運用終了
2029年:マーズ・グローバル・サーベイヤー4打ち上げ
2033年:マーズ・グローバル・サーベイヤー3運用終了
2037年:マーズ・グローバル・サーベイヤー5打ち上げ
2041年:マーズ・グローバル・サーベイヤー4運用終了

こんな感じになります(実際には、思いがけず長生きの衛星があったり、何かの理由で予定より早く運用終了すると言ったトラブルもあると思いますが……)。そして、原作で言及されていないマーズ・グローバル・サーベイヤー3と5は運用されていないのだとすれば、4が中心になってマーク・ワトニーの活動を見守っているアレス3のミッション期間は2033~2038年(MGS5は打ち上げから火星への航行期間を1年プラス)のどこか、ということになります(かなり仮定が多くなっています)。

■答え合わせ+マーク・ワトニーはいま何歳?

ここまでつらつら考えてきましたが、実はアレス3のミッション年代には正解があります。原作者アンディ・ウィアーはFacebookで火星への航行ウインドウを元に計算済みなのですね。さてここから先は、原作既読の方にもネタバレのネタバレになります。

アレス3のミッション開始は、西暦2035年です。

というわけで、マーズ・グローバル・サーベイヤー4を元に考えたほうが正解に近かったわけですが、意外と早いな、という印象を受けます。現実には、火星有人探査の前段階とされる小惑星移送計画、Asteroid Redirect Missionが2025年ごろとなっていますし、長期の深宇宙ミッションで懸念される放射線問題の解決にも時間がかかりそうではありますが、そこはクリアしたのだと思いたいところですね。

こうなると、作中でデルタシリーズが5世代も先に進んでいるのは、ミッション年代をはぐらかすための作者のミスリードなんでは? とも思えます。個人的には、有人惑星探査が復活するくらい宇宙開発が進んでいるわけですから、宇宙利用も多様化していてロケットの需要は複雑になり、デルタシリーズの開発が複線化していたらいいなあ、なんてことも考えます。液体・大型の衛星打ち上げはリユーザブルとか、あと有人専用とか全段固体とか、空中発射とか。Delta VII、Delta VIII、Delta IXあたりは用途がそれぞれ異なり、並行して運用されているイメージですね。

さて、本当に答えがないのは、マーク・ワトニーが作中で何歳かということではないでしょうか。ここからは推測に推測を重ねて、この点を考えてみたいと思います。

まず、宇宙飛行士になる年齢。これはちゃんと答えがありまして、NASAは宇宙飛行士候補になる年齢に制限はなく、20~40代で平均は34歳としています。ワトニーは宇宙飛行士以前に学位を持った植物学者であり、エンジニアでもあります。アメリカの博士号取得年齢は平均30歳だそうですから、そこから研究をつづけながら宇宙飛行士に応募したと考えると、平均通り34歳で候補生になったと考えてもよいのではないでしょうか。

候補生がいきなり初ミッションで有人惑星探査とは考えにくいでしょう。地球近傍や、もしかしたら小惑星移送ミッションで経験を積んでいるはず。これだけでも数年かかります。

宇宙で事故に遭うも、宇宙飛行士の能力と努力で切り抜けて生還、というと思い出すのがアポロ13号ですが、ジム・ラヴェル船長も候補生になってからジェミニ計画などのミッションを経験し、アポロ13号に搭乗したのは8年後です。ワトニーはコマンダーではないですから、もう少し若くて経験が少ないかもしれませんが、候補生になってから5~6年は経っていると思ってもよさそうです。

ワトニーは独身のヘテロ男性で、女性のパートナーを得たいという希望もまだまだ失っていないよう、という点も加味して、ずばりマーク・ワトニーはアレス3ミッション開始時に40歳! でどうでしょうか。

とすると、彼は1995年生まれ。なんと現在21歳です。そりゃ『アイアンマン』観てたんだろうな~とか、『おっぱい(.Y.)』とか今さんざんやってるんだろうとか思いますね。

そして何よりも、今まさに進んでいる宇宙ミッションを目の当たりにして、将来の宇宙飛行士への希望を育てているところなのかもしれません。ISSで育っているレタスの味わいに思いをはせたり、宇宙飛行士との交信イベントに参加したり。もしかしたら小惑星探査機OSIRIS-REXの目的地に小惑星「BENNU(ベヌー/ベンヌ)」と名付ける提案に参加したかもしれないし、大学でこれからキューブサット開発に参加するかも。彼のような人が身近にいて、火星に降り立つ日に向かっているのでは、そんな風に思える身近さがこの作品にはあると思うのです。

ただ少なくとも、ジャガイモはまだ嫌いになってはいないでしょう。

ムーンホークス:捏造論者との出会いはいつも突然

昨晩、NHK総合で『幻解!超常ファイルダークサイド・ミステリー 人類は本当に月に行ったのか?』の放映がありました。「アポロ月着陸捏造の疑惑映像を徹底検証!」ということで、久しぶりにアポロ捏造論またはMoon Hoaxの検証を観ました。番組は短い時間で「背景に星が映らないのはなぜか」「宇宙飛行士の影が平行にならないのはなぜか」といった点を解説しています。こういうことは一度は信じている人を説得したとしてもしばらくするとまた言い出す人が出てくるので、繰り返し説得しなくてはならないのでしょうね。2015年にもなって、まだ同じことを言わなくてはならないのか……と溜息は出ますが。

さて、番組では「1960年代にアメリカが月へ行くことができたのなら、なぜその後40年も同じことができないのか」という定番の質問がありました。この質問、私も実際に受けたことがあります。しかも相手は子供の小学校6年生のときの担任の先生。3学期末の卒業間近というタイミングでしたが、これからも小学生を教える公立学校の先生が理科の教科書にも載っている有人月探査という事実に疑問を抱いている、と思うとやはりスルーしておけなかったのです。クラス懇親会後に歩きながら、と込み入ったことを説明するにはハードル高い状況でしたが、説明しようと試みました。

当時、陰謀論に対する説得はあまり状況を長く説明するよりも、シンプルに一言にした方がよいのでは、と考えていたので「お金がないからですよ」と短く返答してみました。『1960年代にアメリカが月へ行くことができたのなら』という疑問の背景には、月有人探査は”技術”の問題である、技術は過去よりも現代の方が進んでいる、という前提が感じられます。しかし宇宙探査は技術だけの問題ではなく、巨額の予算折衝を伴う政治の問題でもあります。米ソの競争という政治を動かす力がない状態では、有人月探査への巨額の費用への議会の(納税者の)理解は得られないという視点を持ってもらえないかと目論んだわけです。短い時間でどこまで説明できるかわかりませんでしたが、「おや?」と思うきっかけになればよいと思ったわけですが……

ダメでした。撃沈です。そもそもNASAに「予算がない」という状態を感覚的に理解してもらうこと自体が非常に難しいのです。

その経験から、昨日ツイートしたのがこの3つ。

最初のツイートが思いがけずたくさんRTされています。その後、宇宙クラスタの方と大事なやり取りをいくつもさせてもらいました。「では、どう言えば説得できるのか?」というところに関心があるようですね。

5年前の経験を振り返ってみると、短い一言で気づいてもらうためにはお互いにそれなりの量の知識を共有していることが前提であるように思います。下のグラフは、1959年のNASA発足から2015年までの歴代の有人宇宙探査プログラムの費用を、2010年のドルの価値に換算してそのボリュームを示した労作です。オリジナルの調査はこちら、それを元にしたコラムはこちら

アポロ計画は10年間で1000億ドル(2010年当時の歴史的円高水準で換算しても9兆円くらい)、スペースシャトル計画は40年で2000億ドル(同18兆円)、宇宙ステーション計画は30年で700億ドル(同6兆3000億円)。アポロ計画は総額ではスペースシャトルより小さいですが、短期間で多額の費用を費やしたことがわかります。技術的に可能だからといってもう一度やれ、といっても無理ですよね。

このくらいの情報量を共有しているか、またはこのグラフの内容を一言で表すことができれば「お金がないからです」という説明も通じるのかもしれません。もちろん、それもグラフのビジュアルな説得力(アポロ計画の費用が短期間に突出していること、スペースシャトル計画が多くの費用を長期間にわたって費やしていることが一目でわかる)あってこそです。単に「スペースシャトルは2000億ドルかかっている」とだけ説明したら、「アポロの倍じゃん。お金ないなんて嘘でしょ」ということになってしまいます。

作家のG・K・チェスタートンが「無人島に1冊だけ本を持って行くとしたら?」と聞かれて「造船術の本」と答えたというエピソードがありますが、これたしか新聞社から多くの著名人に向けられた質問だったはずです。作家と新聞社というプロ同士のやり取りだったからこそ当意即妙のやりとり、嫌味も通じたと思うので、パーティーかなにかの席でこの返答をしても「だめですよーw 無人島から出ないって前提なんですからー。やり直しw」(自分で書いててイラッとします……)とか言われて通じない、なんてこともありそうです。

先の経験で、私がムーンホークスについて相手を説得しなければ、と考えた最大の理由は相手が学校の先生だからです。私には見過ごせない線であったためです。そうした差し迫って説得の必要性にかられたとき、「一言でバシッと」うまく言い表すという方法は合っていなかったのだと思っています。また、「エジプトはなぜピラミッドをまた作らないのか」「青函トンネルは」という逆質問もそうではないでしょうか。ピラミッドは歴史的遺産であり、現代の技術で作ってエジプトの経済に寄与するのか、また青函トンネルが複数必要だという議論を私は知りません。とんち問答で相手をやり込められればよいのですが、多分うまくいかないのです。本気でいつでも相手を説得するつもりがあるのならば、想定問答を造ってきちんとした資料をまとめて、スマホに入れておくくらいのことはきっとしなくてはならないのでしょう。やるならとことんやらないと。