人工衛星が捉えたISILの破壊活動 亜硫酸ガスの広がりは宇宙からどのように“見える”のか

2016年10月、イラクの化学工場火災に伴う亜硫酸ガスの噴出を観測した、Aura衛星のイメージ。Nimbus7やMeteor3などの気象衛星に搭載されたTOMSを継承するオゾン監視装置“OMI”を搭載する。Credit:NASA

2016年10月、イラクの化学工場火災に伴う亜硫酸ガスの噴出を観測した、Aura衛星のイメージ。Nimbus7やMeteor3などの気象衛星に搭載されたTOMSを継承するオゾン監視装置“OMI”を搭載する。Credit:NASA

■2016年、イラクの化学工場火災

10月27日付けのABCニュースによると、イラク北部で人為的に発生した二酸化硫黄(亜硫酸ガス)が広がっており、NASAの運用する人工衛星から被害が観測できる事態になっているとの報道がありました。これは、イラク北部でISILが支配するモスルに近く、硫黄の化学工場があるアル・ミシュラクで発生したもので、ISILの破壊活動によって炎と煙に含まれる二酸化硫黄ガスが付近一帯に広がっているというものです。

モスル奪還に際して、ISILが手段を選ばない破壊活動をしていると伝えられていますが、その痕跡は人工衛星からどのように「見える」のか、またどのような衛星が何のセンサーを使って観測しているのか、整理してみました。

まずは報道による被害状況です。10月23日付けのアルジャジーラの報道によると、モスルの南側、チグリス川沿いのアル・ミシュラク周辺でISILが10月20日ごろに硫黄を原料とした化学薬品を製造する化学工場に放火し、付近に大量の二酸化硫黄のガスが広がっていると伝えています。イラク軍を支援する米軍は、付近のケイヤラに拠点を置いていますが、このケイヤラの病院には翌21日以降に呼吸障害や目の痛みなどを訴えて来院する人が増えており、付近の村では民間人2人が死亡したとイラク軍司令官による発表があり、1000人近くの人が被害を受けているとのことです。

ABCニュース報道では、モスルの南側およそ80kmほどの米軍の拠点では、屋外活動が制限されるレベルの化学物質が観測されており、自主的にガスマスクを着用しているといいます。また、イラク軍とクルド人部隊にはこうした装備が不足しているため、24000個の化学マスク提供を開始したとのことです。

こうした状況について、NASAの地球観測研究部門The Earth Observatoryは、10月22日に観測された衛星画像に見られる二酸化硫黄の噴煙の状況を発表しました。NASAサイトの発表から、観測の経緯を詳しく見てみます。

2016年10月20日、NASAの地球観測衛星Terra(テラ)とAqua(アクア)に搭載された同型の光学センサー“MODIS(モディス)”が、アル・ミシュラク付近で化学工場の火災が置きた際の熱を捉えました。翌日には、白煙が工場から広がり、Aura(オーラ)搭載のオゾン監視装置(OMI)とNASA/NOAA共同運用の気象衛星Suomi NPP搭載のオゾン観測装置(OMP)が観測したところ、二酸化硫黄のガスがイラク北部から中部に広がっていることがわかりました。二酸化硫黄はすぐに対流圏の最下層である惑星境界層(地上から高度1~2km程度)に広がり、風に乗ってさらに広がっているといいます。
観測にあたったミシガン工科大学のサイモン・カーン博士によると、相当な量の二酸化硫黄が対流圏の下層に広がっていると考えられるとしています。

[1]10月24日観測の二酸化硫黄観測結果を地図に重ねたもの。Credit:NASA

[1]10月24日観測の二酸化硫黄観測結果を地図に重ねたもの。Credit:NASA

NASAが発表した2点の画像の内、[1]は10月24日にOMPが観測した噴煙の広がりを地図に重ね合わせたもの。[2]は10月22日MODISセンサーが撮影した光学画像で、硫酸塩のエアロゾルが光を反射するため、白っぽく見えるものです。二酸化硫黄の噴出量は相当なものと見られ、カーン博士は「仮にこの二酸化硫黄が火山の噴火で噴出したものだと考えると、2016年最大の噴火が起きたことになる」とツイートしています。

[2]2016年11月22日撮影、MODISセンサーによるアル・ミシュラクの火災。上の白い噴煙が硫黄の工場からのもの。Credit:NASA

[2]2016年11月22日撮影、MODISセンサーによるアル・ミシュラクの火災。上の白い噴煙が硫黄の工場からのもの。Credit:NASA

このように、火災と二酸化硫黄の状況が衛星を観測した事例は、実はこれが初めてではありません。どころか、13年前にほぼ同じ状況で、同じ化学工場の火災を人工衛星から観測した事実があり、これが今回の発表につながっているのです。

■2003年、人工衛星から見えた亜硫酸ガス

2003年6月、同じアル・ミシュラクの化学工場で1カ月近くにわたって国営化学工場での火災が続いた事件がありました。総量で600キロトンにもおよぶ二酸化硫黄が大気中に放出され、人為的な二酸化硫黄源としては史上最大級となっているのです。

人工衛星(Nimbus7やMeteor3などの気象衛星)に搭載されたオゾン全量分光計TOMSは、1980年代から大気中の二酸化硫黄を観測してきた実績があります。オゾン層を観測するためのTOMSがなぜ二酸化硫黄を観測できるのかというと、二酸化硫黄を含んだ気体は、TOMSがオゾン量を測定するために使っているのと同じ波長の紫外光を吸収するからです。。ちなみに、同型のセンサーは日本の地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり(ADEOS)」にも搭載されていました。

とはいえ、通常は二酸化硫黄は成層圏や対流圏の上層で観測されることが多く、火山性でない二酸化硫黄の放出を捉えたことはあまりありませんでした。人為的な放出で最大級のものは、ロシアのノリリスクにあるニッケル鉱山からの放出で、冬期の地上が雪で覆われて反射率が高まった時期に、十分な紫外線があれば観測できる、というものでした。

ところが2003年の6月24日以降、アル・ミシュラクの硫黄を精製する国営化学工場が放火され(燃え始めたのは6月25日とされています)、1カ月近くにわたる火災で硫酸や硫酸アルミニウムの原料となる推定5億トンもの硫黄が燃える事件がありました。火災の炎は、当時打ち上げから間もないTerraとAquaのMODISセンサーから捉えられ、続いてTOMSセンサーを搭載したEarth Probe(アース・プローブ)衛星が二酸化硫黄の観測を開始しました。約20日間にわたる観測の結果、二酸化硫黄はイラク国内からシリア、イラン、トルコ、アゼルバイジャン、カスピ海南岸にまで広がったことが確認されています。6月末には、化学工場から1350km離れたペルシャ湾の南岸にまで二酸化硫黄が到達しました。

火災と煙による環境と健康への影響は周辺100平方kmに広がり、モスル上空にも到達したといいます。付近の村では、火災直後に52ppm二酸化硫黄を吸って2名が死亡したとの報告もあります。二酸化硫黄濃度が人体に及ぼす影響は「50~100ppm」が「短時間(30分~1時間)耐え得る限度」とのことですから(横浜市の環境創造局の資料による)、すぐに避難できない状況下での52ppmという数値はとても危険なレベルだということになります。

この2003年の火災のとき、衛星による二酸化硫黄観測を開始したのが、先にコメントを紹介したサイモン・カーン博士らのチームです。このときもTerraとAauaのMODISセンサーがまず火災の炎を捉えました。このとき、EP衛星に搭載されたオゾン観測装置EP TOMSがイラク上空を通過するのは、UTCの7:00~8:00(現地時間では11:00~12:00)でした。6月25日から7月15日にかけて18日間の観測が行われました。

これまで、火山から二酸化硫黄を観測してきた際の経験からすると、太陽天頂角が低いときのエラーの度合いは10~22%ほどで、二酸化硫黄を含んだ硫黄エアロゾルを光が通過するときの光学的深さが中程度だとすると、どちらかというと二酸化硫黄の量を多く見積もる方にエラーがおきるといいます。また、地表の反射率が高い場合はエアロゾルの量を判定する衛星のセンサーは敏感に働くようになるといいますが、よく晴れたイラクの砂漠の環境では、反射率はそれほど高くありません。また、火山から放出された二酸化硫黄は高度3~4km程度から上昇を開始するのが通常ですが、今回は殆どが7kmより下方にあり、7月1日には10~15kmに達することがあったといいます。このことから、通常はEP TOMSがこんなに地表に近い層での二酸化硫黄を観測することはほとんどなく、今回の推定の二酸化硫黄の量は、かなり少ない見積もりなのではないかというのです。

この説明はそのままでは飲み込みにくいので、整理してみましょう。二酸化硫黄が観測しやすい条件は火山の噴火、または冬場のシベリアの鉱山ということでした。また、二酸化硫黄は、ある波長の紫外線を吸収することから衛星のオゾン観測装置で観測できるのでしたね。

【観測しやすい条件】
・冬期のシベリア:太陽天頂角が低い(光がななめに差し込む)→紫外線が大気を通過する距離が長くなる→紫外線が多く二酸化硫黄に吸収される
・冬期のシベリア:地表の反射率が高い→衛星のセンサーがよりたくさんの情報を集められる
・火山:二酸化硫黄が放出されるスタート地点が3~4kmなので、到達する高度が高い→衛星から見えやすい

といった要素があるのだと思います。これに比べてイラクは中緯度帯に位置し、しかも夏場です。衛星が上空を通過する時間帯も昼ごろの太陽が天頂に近い時間帯で、紫外線が大気を通過する距離はシベリアより短くなります。また、砂漠は反射率が低くて捉えにくい。かつ、山の上ではない地上からの二酸化硫黄噴出、とこれまでの観測例の反対をいくような観測しにくい条件が揃っています。にもかかわらず、観測できているということから、「これは相当量が放出された」と考えてよい、ということなのではないでしょうか。

化学工場の火災が増加する二酸化硫黄源だとすると、1日当たりの放出量は活発な火山の噴火に相当するといいます。28日間の累計の二酸化硫黄放出量は600キロトンと考えられ、エラーを考慮しても464~655キロトンの範囲で、1日あたりの量は21キロトンになります。EP TOMSによる二酸化硫黄の推定放出量とMODISによる熱赤外のデータを重ねたグラフを観ると、7月7~8日ごろまで大きかった放出量はその後減り始めています。これは、地上での消火活動が進んで7月8日ごろにはある程度まで鎮火してきた、という当時の報告と一致します。さらに後になって、事態がほぼ終息したころには、TOMSでの検出も限界に近づいています。

こうした13年前の経験があって、今回のアル・ミシュラクの化学工場火災でも、新たに衛星が二酸化硫黄の観測を行うことができたのだと思われます。地球の環境を調べるためにオゾンを観測する人工衛星が、同じセンサーを使って人災を観測し、被害を減らす方向に活躍できているとすれば、科学技術が設計当初とは違う目的ではあるけれども役立っているわけで、「あってよかったでしょう」と言いたい気持ちはあります。ただ、13年前と同じ場所、同じ工場で同じ放火による被害が起きているわけで、どうみても、「硫黄の工場に放火すると大きな被害が起きる」ことをISILが過去の経験から悪い方に学んでやっているわけですよね。火山の噴火のように、人為的にはコントロールできない大きな地球の活動に際して行うのであればともかく、今回の件に関しては、観測しているNASA、ミシガン工科大学をはじめとする科学者の方々も、内心手放しで喜べないと感じているのではないかと思わずにはいられません。

火星の人、マーク・ワトニーは今なにしてる? (ネタバレ)

2月5日の映画『オデッセイ』公開から2週間経ったので、『オデッセイ』だけでなく原作『火星の人 (The Martian)』での未公開情報まで好きなことを書いています。大量のネタバレを含むため、未読・未見の方はどうぞブラウザを閉じてください。

『火星の人』の映画化『オデッセイ』は大変素晴らしく、映像で端折ったところも付け足した部分も、「なるほど、こうしたのか~うまいなあ……」という感想しかありません。冒頭、マーク・ワトニー宇宙飛行士が火星に取り残されてまず行った怪我の治療も、『プロメテウス』といいリドリー・スコットはどれだけセルフ腹手術にオブセッションを持っているのかというくらいじっくりやってくれました。

ワトニーにとって火星から唯一の地球への窓口となった火星探査機、マーズ・パスファインダーですが、相棒のローバー“ソジャーナ”をハビタットに持って帰った後、通信に利用することはできないとわかってからはどうなったのか、原作では描かれていませんでした。映画では、ハビタットの中をくるくる走り回っているソジャーナをぽんぽんとたたくワトニーを見れば、彼が小さなローバーをとても大切しているように見えます。

ローバー、ソジャーナはアメリカの市民権解放活動家、ソジャーナ・トゥルースにちなんで名づけられました。火星という環境にとらわれることとなったワトニーにとって、ローバーの存在は地球のよすがであり、その名前は解放を意味すると感じていても無理ないように思えます。宇宙機愛炸裂のシーンです。ソジャーナかわいいよソジャーナ。

■アレス3のミッション年代は? (かなりネタバレ)

『火星の人』にせよ、『オデッセイ』にせよ、火星有人探査計画「アレス」計画の実施年代については明言されていません。アメリカの火星有人探査計画は少なくとも2030年代以降とされていますから、それより前ということはないにせよ、マーク・ワトニーが火星に滞在していたのは、実際いつなのでしょうか? 作中にいくつか手がかりがあります。

ひとつは、ロケットの名前。ワトニーを生存させるため、NASAは補給物資(主に食糧)を搭載した輸送船を火星に送り込む計画を立てますが、この計画のために徴発されたのがULA(United Launch Alliance)という実在の打ち上げサービス企業が運用するロケットです。ただし、型番は現在より大きく進んで“デルタ IX”だという記述があります。実際に今、ULAが運用しているのはDelta IIDelta IVの2タイプ(Delta IVにはコアを3基つなげたDelta IV Heavyという形態もあります)です。

ULAが実際に計画している次世代ロケットの名前はValcanなのですが、これが発表されたのは2015年4月。原作者アンディ・ウィアーがThe Martian発表を開始したのは2009年とのことですので、デルタからヴァルカンへの名前変更は知る由もありません。ですから、ULAのロケットがデルタの名称のまま世代を重ねたものと考えても(Atlas Vのことはちょっと置いて)、アレス計画時代には現状より5世代先のロケットが運用中ということになります。

これはちょっと考えもの。なぜなら、ロケットの一世代はかなり長いからです。現行機のDelta IIは1989年運用開始、Delta IVは2002年と、しっかり考えられた主力ロケットに10年、20年の運用は珍しくありません。1960年に運用開始した初代・Thor-Delta(ソー・デルタ)から単純に考えても56年目で4世代目が現役ですから、平均で14年ということになります。原作発表年の2009年を起点と考えると、Delta IXが運用されているのは2065年以降になってしまうのです。

さすがにそこまで先という感じはしない……というか、1997年に運用停止したマーズ・パスファインダーを70年近く経ってから利用するのはちょっと苦しそうな感じがします。だったらMSL(キュリオシティ)でも、何なら現在計画中のマーズ2020でもいいのでは? となってしまいますよね。

そこでもう一つ、現実路線に近そうなのが火星探査衛星です。ワトニーの活動を火星の上空から懸命に調べているミンディ・パークが運用しているのは、“マーズ・グローバル・サーベイヤー4”だそう。こちらを元に考えてみましょう。作中で火星を周回している衛星は1種類ではないのですが、ここではアレス計画の支援を担う中心がMGSだと仮定して、他の衛星のことは除外して考えます。

火星の地図作りに大活躍した火星周回探査機、初代マーズ・グローバル・サーベイヤーは1996年からおよそ10年、活躍しています(火星への航行期間含む)。後継機とされるマーズ・リコネッサンス・オービターは2005年に打ち上げられ、2016年の今もまだまだ現役です。少なくとも衛星の運用期間は10~12年はあると考えてもいいのではないかと思います。

実際に火星有人探査計画を実施するとなったら、宇宙飛行士の活動を確かめる大切な目となる周回探査機を、1機が動かなくなってから後継機を打ち上げる、なんてのんきなことはしないでしょう。ミッション期間が重なり合うように次々と投入すると考えられます。運用期間が12年だとしたら、3分の2となる8年目には後継機打ち上げ、くらいのサイクルでなければ、危険な火星の環境に人を送り込む計画のサポートにはならないのではないでしょうか。

そこで、火星周回機ミッションを12年周期で考えてみると、
2005年:マーズ・リコネッサンス・オービター打ち上げ
2013年:マーズ・グローバル・サーベイヤー2打ち上げ
2017年:マーズ・リコネッサンス・オービター運用終了
2021年:マーズ・グローバル・サーベイヤー3打ち上げ
2025年:マーズ・グローバル・サーベイヤー2運用終了
2029年:マーズ・グローバル・サーベイヤー4打ち上げ
2033年:マーズ・グローバル・サーベイヤー3運用終了
2037年:マーズ・グローバル・サーベイヤー5打ち上げ
2041年:マーズ・グローバル・サーベイヤー4運用終了

こんな感じになります(実際には、思いがけず長生きの衛星があったり、何かの理由で予定より早く運用終了すると言ったトラブルもあると思いますが……)。そして、原作で言及されていないマーズ・グローバル・サーベイヤー3と5は運用されていないのだとすれば、4が中心になってマーク・ワトニーの活動を見守っているアレス3のミッション期間は2033~2038年(MGS5は打ち上げから火星への航行期間を1年プラス)のどこか、ということになります(かなり仮定が多くなっています)。

■答え合わせ+マーク・ワトニーはいま何歳?

ここまでつらつら考えてきましたが、実はアレス3のミッション年代には正解があります。原作者アンディ・ウィアーはFacebookで火星への航行ウインドウを元に計算済みなのですね。さてここから先は、原作既読の方にもネタバレのネタバレになります。

アレス3のミッション開始は、西暦2035年です。

というわけで、マーズ・グローバル・サーベイヤー4を元に考えたほうが正解に近かったわけですが、意外と早いな、という印象を受けます。現実には、火星有人探査の前段階とされる小惑星移送計画、Asteroid Redirect Missionが2025年ごろとなっていますし、長期の深宇宙ミッションで懸念される放射線問題の解決にも時間がかかりそうではありますが、そこはクリアしたのだと思いたいところですね。

こうなると、作中でデルタシリーズが5世代も先に進んでいるのは、ミッション年代をはぐらかすための作者のミスリードなんでは? とも思えます。個人的には、有人惑星探査が復活するくらい宇宙開発が進んでいるわけですから、宇宙利用も多様化していてロケットの需要は複雑になり、デルタシリーズの開発が複線化していたらいいなあ、なんてことも考えます。液体・大型の衛星打ち上げはリユーザブルとか、あと有人専用とか全段固体とか、空中発射とか。Delta VII、Delta VIII、Delta IXあたりは用途がそれぞれ異なり、並行して運用されているイメージですね。

さて、本当に答えがないのは、マーク・ワトニーが作中で何歳かということではないでしょうか。ここからは推測に推測を重ねて、この点を考えてみたいと思います。

まず、宇宙飛行士になる年齢。これはちゃんと答えがありまして、NASAは宇宙飛行士候補になる年齢に制限はなく、20~40代で平均は34歳としています。ワトニーは宇宙飛行士以前に学位を持った植物学者であり、エンジニアでもあります。アメリカの博士号取得年齢は平均30歳だそうですから、そこから研究をつづけながら宇宙飛行士に応募したと考えると、平均通り34歳で候補生になったと考えてもよいのではないでしょうか。

候補生がいきなり初ミッションで有人惑星探査とは考えにくいでしょう。地球近傍や、もしかしたら小惑星移送ミッションで経験を積んでいるはず。これだけでも数年かかります。

宇宙で事故に遭うも、宇宙飛行士の能力と努力で切り抜けて生還、というと思い出すのがアポロ13号ですが、ジム・ラヴェル船長も候補生になってからジェミニ計画などのミッションを経験し、アポロ13号に搭乗したのは8年後です。ワトニーはコマンダーではないですから、もう少し若くて経験が少ないかもしれませんが、候補生になってから5~6年は経っていると思ってもよさそうです。

ワトニーは独身のヘテロ男性で、女性のパートナーを得たいという希望もまだまだ失っていないよう、という点も加味して、ずばりマーク・ワトニーはアレス3ミッション開始時に40歳! でどうでしょうか。

とすると、彼は1995年生まれ。なんと現在21歳です。そりゃ『アイアンマン』観てたんだろうな~とか、『おっぱい(.Y.)』とか今さんざんやってるんだろうとか思いますね。

そして何よりも、今まさに進んでいる宇宙ミッションを目の当たりにして、将来の宇宙飛行士への希望を育てているところなのかもしれません。ISSで育っているレタスの味わいに思いをはせたり、宇宙飛行士との交信イベントに参加したり。もしかしたら小惑星探査機OSIRIS-REXの目的地に小惑星「BENNU(ベヌー/ベンヌ)」と名付ける提案に参加したかもしれないし、大学でこれからキューブサット開発に参加するかも。彼のような人が身近にいて、火星に降り立つ日に向かっているのでは、そんな風に思える身近さがこの作品にはあると思うのです。

ただ少なくとも、ジャガイモはまだ嫌いになってはいないでしょう。

カメラマン、ライターの仕事の価値を勝手に下げないでください

大変に残念なブログがありました。

写真が撮れてこそWebライター!本気でライティングを仕事にしたい人のための写真術』とのこと、Webライターとして記事のための写真撮影を指南するのだそうです。

大変若い方のようですので、私のような年上の人間があまり批判的なことを申し述べるのは気が引ける部分があります。とはいえ、この記事のような”写真術”がライターのスタンダードだと思われるのでしたら、広い方面に迷惑がかかるだけですので、執筆者の方のプロフィールはさておき、検証してみます。

露出補正だけではどうにもなりません

「(1)取材先の会社に行く、自社に来てもらう場合」の項によれば、取材対象者の人物撮影の場合、窓を背景にして座ってもらう方法がおすすめとなっています。「ふんわりした明るい写真にできる」「外の景色が背景になる」ためだそうですが、逆光気味で人物の顔が暗くなる。そうですね。そしてこれは

これはカメラの「露出補正」という設定を+側に振るだけで解決できます。

のだそうです。ですが、解決しません。サンプルの画像の場合、大きな窓の天井近くから外光が人物の手前まで回り込むように射しています。ですから露出補正である程度まで手前を明るくすることができますが、もっと窓の面積が小さかったどうでしょう? また、手前の室内に色の強い、面積の大きなものが置いてあったらどうでしょうか?

本当に撮影のために背景に負けない明るさを手前から補って色を出すのであれば、露出ではなくストロボやレフ板で光を入れるしかないのです。この項に限りませんが、このブログにはライティング(文筆のことではなく撮影照明のことです)に関する記述がほとんど出てきませんね。影は、明るくしても影です。白っぽくなるだけ。光の当たっている明るい部分は、露出補正や画像編集を行えばもっと白くなってしまいます。

構図と出力が合っていません

「(1)三分割構図とは」の項によれば、「黄金比の三分割構図だけは必ず覚えて」おけば実践的なのだそうです。「三分割構図とは、デジタル一眼レフカメラの撮影基本比率となっている3:2の長方形内」ということです。しかし、画像の縦横比が3:2となっているのは35mmフルサイズに合わせているから。デジタル一眼レフカメラの規格として提唱されたフォーサーズシステム(Four Thirds System)は名前からわかると思いますが画像の縦横比は4:3です。

後半の「(1)ファイルを圧縮しよう」の項に記述がありますが、この方の使用カメラはニコンD800で普段の画像サイズは5023×3347ピクセルとのこと、これならおよそ縦横比は3:2です。普段使っているサイズ、3:2を基準に構図を決めるというのはわかりますが、それはこの方の機材に当てはまることでしょう。ちなみに私はニコンでもだいぶ前のD3100を使っていますが、規格がAPS-Cですので画像縦横比は4:3です。

※機種、規格と縦横比の認識に一部誤りがありましたので訂正します。

また、同じファイル圧縮の項に最終出力として「iPhoneのRetinaディスプレイに対応できる、横1136×横640ピクセル(ママ)」という出力サイズの想定が出てきます。長辺1136×短辺640というのは3:2でも4:3でもありません。最終出力と違う縦横比で構図を決めると、何が実践的になるのでしょうか。

機材一式で70万円を越えます

生臭い話ではありますが、Webライターとして、プロとしての撮影術を云々するのであれば、収入と機材費のバランスを考えないわけにはいかないでしょう。

「(1)取材に必要な撮影機材一覧」の項には、理想の機材一式として、「デジタル一眼レフカメラ」「24-70mm程度の標準ズームレンズ」「50mm単焦点レンズ」「70-200mm程度の望遠ズームレンズ」「フラッシュ」「SD(CF)カード」「予備のバッテリー」が挙げられています。先ほども述べたようにこの方はニコンのD800がベースということですから(現行モデルはすでにD810ですが)、ボディがおよそ28万円程度、単焦点レンズが5万円程度、ズームレンズはそれぞれ20万円程度、ストロボは純正品で3万円から、おおまかに計算しても76万円。予備バッテリーやメモリーカード代もかかります。また、三脚の話が出ていませんが、三脚が必要になるシチュエーションは取材の中にはないのでしょうか。

こうした費用はあくまで撮影のため、そのほかにPC一式やソフトウェア、ライターとして録音機材などが必要になるわけです。タイトルにあるようにWebライターとして取材、原稿を書きながら同時に撮影も行わなくてはならない。ここで求められているのは、プロのカメラマンとプロのライター、2人分の働きを1人でせよ、という人物像なのです。

1人の人間が、機材を揃えればプロ2人分の働きができて、報酬もプロ2人分になるのでしょうか。Webライターですよね。Webライターの原稿料の相場として1本3000円であれば高額と言えます。雑誌と比較すれば10分の1以下ですが、2人前の働きをすればこれが紙媒体並みにアップしますか?

どんなに機材がよくなろうが、プロ2人分の働きはプロが2人いなくてはできません。原稿料1本3000円で「Webライターを生業にして」いくためには月産で100本書いてやっと30万円、1本2000文字の記事なら20万字(単純に30で割って1日あたり約6700文字)なのですが、このスピードで原稿を書き、CMSで原稿と写真をアップロードして、得られる収入で生活を維持しつつ70万円の機材を購入せよということなのでしょうか。「いや、ここで想定しているWebライターはもっと1記事あたりの報酬が高い」というのであればなおのこと、1記事にそれだけ高いクオリティを維持しているということです。ライターの価値をそこまで認めている媒体が、なぜ写真には同じ高いクオリティを保証できるプロのカメラマンをアサインして、記事の価値をもっと高めようとしないのでしょうか。実にアンバランスです。

「プロのWebライターとして取材し、入稿するまでの写真術」とのことですが、カメラマン役として撮影ができるWebライターとは、2人分のスキルを持つ人材ではなく、1人の人間の働きを半人前以下のカメラマンと半人前以下のライターに分割し、原稿料を0.1人前にした媒体側に都合のよいだけの存在ではありませんか? いったい誰のための”術”なのでしょう。それぞれ異なるスキルを持つカメラマン、ライターという存在の価値を落とし、Web媒体向けに文章を書くことを仕事にしようという人に多大な負担を強いる構図しか見えません。

Atlas V エンジンを入れ替えて運用延長の動き

地球観測衛星WorldView-3を打ち上げたときのAtlas V Image Credit:United Launch Alliance

地球観測衛星WorldView-3を打ち上げたときのAtlas V
Image Credit:United Launch Alliance

5月13日掲載、日経ビジネスオンライン掲載『“アマゾン”ベゾスのロケットエンジン、表舞台にスペースXシフトを鮮明にしたULAの「ヴァルカン」』を読みました。何で日本にはってこうした大事な記事を掲載するメディア(できればアクセスしやすいオンライン媒体)は松浦晋也さんの記事くらいしかないのでしょう。新型基幹ロケットの将来にも関わるというのに。

それはともかく、ULA(United Launch Alliance)の Valcan登場とAtlas V、Delta IVの引退に関して昨日から新情報が話題となっています。

Aerojet Rocketdyneが開発する、AR-1エンジンを現行Atlas Vの代替エンジンとして採用する方向で検討が行われているとのこと。2019年以降、ロシア製RD-180はEELVの防衛衛星打ち上げには使用できない、との禁止令がすでに米議会で決定しており、予定では2019年にAtlas V→第1段階Valcanへの移行が行われるのかと思われていました。これに待ったをかけたのが、NASAのマーシャル宇宙飛行センターの元所長で、現在は防衛企業DyneticsのCEO、David A. King氏やNASAの前長官、マイケル・グリフィン氏が関わる航空宇宙防衛企業、Schafer社、そしてAerojet Rocketdyneらの防衛産業連合です。

4月29日、アシュトン・カーター国防長官は、これら企業連合に対してAtlas Vの運用と知的財産を移転させることができるか? との問い合わせをしたといいます。国防省側には、まだ実績がないどころか開発前のValcanロケットがどこまで当てになるのか強い懸念があるとのこと。Aviation Weekの記事では、「ケロシン燃料のRD-180からメタン燃料のBE-4に移行すれば、タンクがはるかに大型になる、なぜそんなことをするのか」とKing氏がULAのトーリー・ブルーノCEOに疑問を呈したというのです。

一昨年くらいからずーっとEELV参入の門戸開放を訴え続けているSpace XのFalcon 9に任せるという手もあります。もちろんその方向では進むのでしょうし、Falcon 9は着々と実績を積み上げています。ただ、53機連続打ち上げ成功というAtlas Vの実績には到底とどかない。また、Falcon 9はスケジュールの遅れが目立つので、打ち上げウインドウが厳密なタイプの衛星打ち上げには向かないのではないか、という懸念もあるそうです。「スペースXはだいたい3カ月遅れる」と私も聞いたことがあります。また、昨年のシグナス/アンタレス、先月のプログレスとISS輸送船の事故が相次いでおり、ISSへのカーゴシップはSpace Xの肩にかかっています。宇宙飛行士の安全が関わることですからこれは最優先にしてもらわなければ困るということで、Space X1社にEELV打ち上げまで託すというのは難しいのではと。今月話題になったクルードラゴンのPad Abort Testですが、あれも実は3月実施予定から遅れたとのことです。

Aerojetら企業連合側は、Atlas VのエンジンをAR-1に変更する案について、まずは技術的には2019年までに可能と考えています。米空軍の認証手続き(試験機の打ち上げ成功実績)を経て2020年にはAR-1搭載型Atlas Vを実用化できるということです。

問題は、ULAがAtlas Vの製造・運用の権利移転を認めるかという点と、あとは資金の問題。Spacenews.comやAviation Weekの記事では、問い合わせに対してULA側は「Atlas Vに関する権利を移転させる予定は全くない」と完全に否定しています。わざわざコンペティターを増やす理由など何もない、ということですね。ただ、防衛側は選択肢が増えてリスク回避できるのでむしろコンペティターに増えて欲しい。それが非の打ち所がない実績のAtlas Vなら言うことなし、でしょう。資金についてはどこから引き出すのか難しいところですが、前述の防衛企業連合は、従来通り政府系資金を得てきた経験が豊富だというのが記事の見方です。設立からこれまで総額120億ドルもの民間投資を獲得してきたSpace X(イーロン・マスクCEO本人による1億ドルの資金も含まれます)は別格ですが、防衛関連企業はその性質からいって、民間資金獲得はあまりうまくないそうです。

これから、Aerojet側企業とULA、防衛省の綱引きが始まるのでしょう。流れとして、この件についてAerojet側にAtlas V製造とAR-1エンジンへのリプレースなど開発費をつけること認めるかどうか、議会の小委員会で公聴会が開かれて、GAO(会計監査院)が出席し「どのオプションが国民の税金にとって最も効率よく使える道筋となるか」についての見解を示すことになるのではないでしょうか。米議会の分野別小委員会でもWebcastでみっちり中継が行われますから、これは見るしかないでしょう。あの早口英語を聞くのは骨が折れますが…知りたければ、やるしかないですね。

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン
http://www.rocket.com/ar1-booster-engine

Aviation Week記事
http://aviationweek.com/space/industry-team-hopes-resurrect-atlas-v-post-rd-180

Spacenes.com記事
http://spacenews.com/aerojet-led-team-seeks-atlas-5-production-rights/

ロイター記事
http://www.reuters.com/article/2015/05/11/us-usa-military-space-idUSKBN0NW28W20150511

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン Image Credit:Aerojet Rocketdyne

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン
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ムーンホークス:捏造論者との出会いはいつも突然

昨晩、NHK総合で『幻解!超常ファイルダークサイド・ミステリー 人類は本当に月に行ったのか?』の放映がありました。「アポロ月着陸捏造の疑惑映像を徹底検証!」ということで、久しぶりにアポロ捏造論またはMoon Hoaxの検証を観ました。番組は短い時間で「背景に星が映らないのはなぜか」「宇宙飛行士の影が平行にならないのはなぜか」といった点を解説しています。こういうことは一度は信じている人を説得したとしてもしばらくするとまた言い出す人が出てくるので、繰り返し説得しなくてはならないのでしょうね。2015年にもなって、まだ同じことを言わなくてはならないのか……と溜息は出ますが。

さて、番組では「1960年代にアメリカが月へ行くことができたのなら、なぜその後40年も同じことができないのか」という定番の質問がありました。この質問、私も実際に受けたことがあります。しかも相手は子供の小学校6年生のときの担任の先生。3学期末の卒業間近というタイミングでしたが、これからも小学生を教える公立学校の先生が理科の教科書にも載っている有人月探査という事実に疑問を抱いている、と思うとやはりスルーしておけなかったのです。クラス懇親会後に歩きながら、と込み入ったことを説明するにはハードル高い状況でしたが、説明しようと試みました。

当時、陰謀論に対する説得はあまり状況を長く説明するよりも、シンプルに一言にした方がよいのでは、と考えていたので「お金がないからですよ」と短く返答してみました。『1960年代にアメリカが月へ行くことができたのなら』という疑問の背景には、月有人探査は”技術”の問題である、技術は過去よりも現代の方が進んでいる、という前提が感じられます。しかし宇宙探査は技術だけの問題ではなく、巨額の予算折衝を伴う政治の問題でもあります。米ソの競争という政治を動かす力がない状態では、有人月探査への巨額の費用への議会の(納税者の)理解は得られないという視点を持ってもらえないかと目論んだわけです。短い時間でどこまで説明できるかわかりませんでしたが、「おや?」と思うきっかけになればよいと思ったわけですが……

ダメでした。撃沈です。そもそもNASAに「予算がない」という状態を感覚的に理解してもらうこと自体が非常に難しいのです。

その経験から、昨日ツイートしたのがこの3つ。

最初のツイートが思いがけずたくさんRTされています。その後、宇宙クラスタの方と大事なやり取りをいくつもさせてもらいました。「では、どう言えば説得できるのか?」というところに関心があるようですね。

5年前の経験を振り返ってみると、短い一言で気づいてもらうためにはお互いにそれなりの量の知識を共有していることが前提であるように思います。下のグラフは、1959年のNASA発足から2015年までの歴代の有人宇宙探査プログラムの費用を、2010年のドルの価値に換算してそのボリュームを示した労作です。オリジナルの調査はこちら、それを元にしたコラムはこちら

アポロ計画は10年間で1000億ドル(2010年当時の歴史的円高水準で換算しても9兆円くらい)、スペースシャトル計画は40年で2000億ドル(同18兆円)、宇宙ステーション計画は30年で700億ドル(同6兆3000億円)。アポロ計画は総額ではスペースシャトルより小さいですが、短期間で多額の費用を費やしたことがわかります。技術的に可能だからといってもう一度やれ、といっても無理ですよね。

このくらいの情報量を共有しているか、またはこのグラフの内容を一言で表すことができれば「お金がないからです」という説明も通じるのかもしれません。もちろん、それもグラフのビジュアルな説得力(アポロ計画の費用が短期間に突出していること、スペースシャトル計画が多くの費用を長期間にわたって費やしていることが一目でわかる)あってこそです。単に「スペースシャトルは2000億ドルかかっている」とだけ説明したら、「アポロの倍じゃん。お金ないなんて嘘でしょ」ということになってしまいます。

作家のG・K・チェスタートンが「無人島に1冊だけ本を持って行くとしたら?」と聞かれて「造船術の本」と答えたというエピソードがありますが、これたしか新聞社から多くの著名人に向けられた質問だったはずです。作家と新聞社というプロ同士のやり取りだったからこそ当意即妙のやりとり、嫌味も通じたと思うので、パーティーかなにかの席でこの返答をしても「だめですよーw 無人島から出ないって前提なんですからー。やり直しw」(自分で書いててイラッとします……)とか言われて通じない、なんてこともありそうです。

先の経験で、私がムーンホークスについて相手を説得しなければ、と考えた最大の理由は相手が学校の先生だからです。私には見過ごせない線であったためです。そうした差し迫って説得の必要性にかられたとき、「一言でバシッと」うまく言い表すという方法は合っていなかったのだと思っています。また、「エジプトはなぜピラミッドをまた作らないのか」「青函トンネルは」という逆質問もそうではないでしょうか。ピラミッドは歴史的遺産であり、現代の技術で作ってエジプトの経済に寄与するのか、また青函トンネルが複数必要だという議論を私は知りません。とんち問答で相手をやり込められればよいのですが、多分うまくいかないのです。本気でいつでも相手を説得するつもりがあるのならば、想定問答を造ってきちんとした資料をまとめて、スマホに入れておくくらいのことはきっとしなくてはならないのでしょう。やるならとことんやらないと。

宇宙天気と人的被害:2002年アフガニスタンでのアナコンダ作戦に影響

宇宙天気が人命に被害をもたらすとは大変衝撃的なことです。2014年9月24日付のTHE CONVERSATIONに”Bad space weather may have caused fatal Afghan gun battle(宇宙天気の悪化がアフガンでの致命的な戦闘を引き起こした可能性”という記事が掲載されています。

記事の元は、Wiley Online Libraryに掲載されたAGUのSpace Weather関連の研究成果です。”Progress toward Forecasting of Space Weather Effects on UHF SATCOM after OPERATION Anaconda“。「アナコンダ作戦後に宇宙天気がUHF 衛星通信に与える影響の予測に向けての伸展」といったところでしょうか。

発端は2002年、アフガニスタンでアメリカ軍が実施したアルカイダ、タリバン掃討作戦「アナコンダ作戦」中に、「Takur Gharの戦闘」と呼ばれる事件が発生しました。DoDの記事によると、2002年3月4日にアフガニスタン東部の山岳地帯、3000m級の山頂Takur GharへMH-47E チヌーク(コールサイン:Razor 03)がNavy SEALsの兵士と空軍のコンバット・コントローラーを移送しようとしていたところ、着陸間近に展開してたアルカイダ兵の攻撃を受けました。同機は損傷しつつその場を離れますが、SEALsの隊員でニール・ロバーツ一曹がヘリコプターから転落してしまいます。7km離れたところに着陸した同機は、ただちに別のヘリコプター、コールサイン:Razor 04により空軍のコンバット・コントローラー隊員ジョン・チャップマン二等空曹とSEALs隊員から成るロバーツ一曹の救出隊を組織します。しかし転落現場で救出隊もアルカイダ兵と戦闘になり、チャップマン二等空曹は死亡、SEALs隊員も負傷しました。さらに2機のMH-47Eと23人の救出隊が組織されますが、こちらも激しい戦闘になり多数の死傷者を出しました。その後に判明したところでは、ロバーツ一曹は転落後間もなく、銃撃戦の中で死亡していたということです。(固有名詞や階層に誤りがある場合はご指摘ください)

発端となったMH-47E Razor 03には、”hot”な地帯を避けて着陸するよう繰り返し衛星通信を介して警告が送られたということですが、通信障害のため警告が届かず、MH-47E機は危険な地帯に着陸を試みて攻撃された、と研究には述べられています。事件後の調査では、警告が届かなかった原因は山岳地帯の地形による通信条件の悪さと、ヘリコプター搭載の通信機器ではUHF電波に十分な出力が得られなかったため、と結論付けられたそうです。

この問題を、12年後に別の側面から検証したのが上記、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所のMichael A. Kellyらによる、宇宙天気との関連に関する研究です。アブストラクト及び解説記事を総合すると、アナコンダ作戦は1996年から2006年までの太陽活動サイクル 23ピーク期間中に実施されました。この期間、2002年3月4日には「電離層プラズマバブル」と呼ばれる電離層の擾乱が発生し、通信障害を引き起こしたというのです。この時期の電離層擾乱を観測したのは、2001年に打ち上げられたNASAの”熱圏・電離層・中間層エネルギーとダイナミクス”観測計画「TIMED」衛星です。

解説記事によれば、プラズマバブルとは電離層の高密度の領域の中に、急激に密度の低い部分が下から泡のように上昇してくる現象とあります。緯度の低い地域で日没後に発生し、電離層の密度が一様でなくなると、電波の位相の乱れを引き起こすということです。GPSなど航法衛星の測位精度の低下を引き起こす原因となります。衛星通信でも同様で、プラズマバブルによる電波の位相の乱れと現地山岳地帯でのマルチパスが合わさり、米軍が使用していたUHF静止通信衛星の電波のSN比が大きく変動して通信ができなくなった、ということです。

THE CONVERSATION より。電離層プラズマバブルが電波(画像ではGPS測位信号)に与える影響の模式図

研究はここから一歩前進し、電離層プラズマバブルの活動をシミュレートするモデルを構築し、将来の軍事作戦などに役立つ「宇宙天気予報」の発展に努めようというものです。宇宙天気というと、お決まりのように「太陽フレアの影響でGPSの精度低下や通信障害が発生する可能性があります」といった警告を報道などで見かけます。言葉の意味はわかっても、実際にそれで何が起きるのかなかなか想像しにくいものがありますが、このように具体的かつクリティカルな局面での影響を示されると、少しだけ実感しやすくなるように思います。

続・カメラマンは食えなくなっているのか? 編集・ライターの事情

先日、「出版不況」と言われる状況を考察する記事が話題となっていました。
「出版不況」は本当か?–書籍まわりのニュースは嘘が多すぎる  (CNET Japan 2014年9月2日)
枕詞のように言われる出版産業の不況に対し、紙の書籍と電子書籍を個別に、バラバラに考えるのではなく両者を合わせた「総合書籍」というカテゴリで考えましょう、という記事です。紙書籍の売り上げ減少が今後続くとしても、電子書籍の伸びを合わせれば総合書籍の販売規模は、来年から微増とはいえ成長する見込みがあるといいます。

周囲の出版関係者の反応は、一言でいえば半信半疑。成長予測が現実のものになれば嬉しいけれども、自分の実感としてはそんな兆しがあるとは思えない、というところです。ライターの身としても単価の伸びが感じられない中で、市場の成長に素直に期待できるのか、悩んでしまいます。

困ったときは数字を検証、というわけで以前のエントリ カメラマンは食えなくなっているのか?でチェックしたデータをもう一度よく見てみようと思います。出版産業に従事する人の数です。

一般的には、ある産業が成長して、人手が足りない状態が続けば就労者数は増える、逆に市場が縮小すれば人は出ていく、のが前提ですよね。カメラマンをしている家族の経験と、国勢調査を元にした職業小分類別の就労者数の変化を重ねてみたところ、1990年代半ばがピーク、2000年ごろまでもちこたえたものの、2005年から2010年にかけて、2000人が減少(約3%減)していました。出版産業の中でいえば、広告の出稿数が下がれば、製作実務の件数そのものが減ります。また、記事(特にWeb記事では)あからさまに「カメラマンなんてお金かかるから要らない。記者や編集者ライターがついでに撮った写真で十分」という声が聞こえてきます。クオリティは歴然と違うのですが、それが売り上げに反映されるのかどうかわからない中では「誌面が貧乏くさくてもいいや。コストが安ければ」という感覚が幅を利かせるのも致し方ないのでしょう。私は、貧乏なのは仕方ないことだが、貧乏くさいのは良いことでもなんでもないと思っていますが。

さて、同様に出版の製作実務を担う職業小分類として「39:文芸家、著述家」「40:記者、編集者」を合わせて見てみましょう。数字だけ並べても見にくいので、かんたんにグラフにしてみました。

独立行政法人 労働政策研究・研修機構発表「職業小分類別就業者数の推移」より。1995年まで実績、2000年以後推計。 http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/sansyoku/sansyoku.html

独立行政法人 労働政策研究・研修機構発表「職業小分類別就業者数の推移」よりグラフ作成。1995年まで実績、2000年以後推計。
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/sansyoku/sansyoku.html

 

記者、編集者をでは、出版不況を示す販売実績のグラフと素直に一致するように思えます。新聞雑誌、書籍が売れなくなったから、書籍や記事を製作する編集者や記者も減ったのです。就労者数のピークは、出版が好況だった90年代半ば。国勢調査は5年ごとで次回は2015年ですから、今後この数が増えていくのかどうかは現時点では不透明です。

困惑させられるのは、文芸家、著述家の就労者数が一貫して右肩上がりに伸びているということです。どういうこと? 不況で本も雑誌も売れないのに、書く人だけなぜ増えているのですか?

「文筆業の参入障壁が低くなり、かつ『仕事に、お金になる』という期待値が先行しているのでは?
→PCなどツールの普及により文章を書くというスキルそのものがコモディティ化しているとはよく言われることです。出版社に就職する、作家に師事するといった最初のハードルを越えなくても、自分で自らを訓練して文筆活動をすることが可能になっています。しかし、業界全体の売上が下がっている中で、期待値だけで40年も就労者は増え続けるものでしょうか? 参入障壁が低いのであれば、売り上げが上がらないのであれば業界を去るのも簡単であろうと思います。

辞めた編集者・記者、写真家が文筆の方へスライドしているのでは?
→私の見解はこれ。私の実感ですが、出版関係の中でも編集者・記者、写真家、作家・ライターという書籍の中身(コンテンツ)を製作する人の作業は、辺縁が重なりあっていて不可分な領域があるのですよね。私はライターとして文章を書きながら取材の手配をして写真を撮りますし、企画の立案や書籍の構成、校正なども行います。編集・ライターと名乗っている人は珍しくなく、双方の実務を行っています。新聞記者から著述家へ、という変遷も大いにあり得ます。

出版産業の売り上げ減少は長らく続いてきた傾向で、それは間違いないと思います。とはいえ、その内部で実務を担ってきた人たちは(ことコンテンツ製作実務においては)複数の仕事を兼任し、それぞれ減った単価を補い合いながら、一気には業界から出ていくことなく持ちこたえてきたのかもしれません。ただし、印刷製本という出版の中でも実体のある部分まで含めて考えれば、出版産業の就労者は減少していることも考えなければならないと思います(この部分も確かめてみようと、宿題にしました)。上記の数字は、国勢調査による就労者数という、年間の販売量にやや遅れてついていく傾向を示しているものだと思います。現時点で今後を予測するのは難しく、2015年の国勢調査の結果に変化が現れているのか大いに期待したいところです。というわけで、来年の調査が始まったら期待を込めて現状を正確に記入し、統計の1マトリックスになることを楽しみたいと思います。