トランプ政権下のNASA方針決定チームにニュー・ホライズンズのアラン・スターン博士が参加へ?

Credit: NASA/JHUAPL/SwRI

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2017年1月20日のドナルド・トランプ氏、米大統領就任まであと1ヶ月を切りました。

新政権でアメリカの宇宙政策とNASAがどうなるのかはまだはっきりとはわかりません。米メディアも情報が少ないので手を焼いているような印象を受けます。

新政権の周囲にいる人と議会の共和党は、これまでのNASAの計画の中でも小惑星再配置ミッション(ARM:Asteroid Redirect Mission)と地球科学プログラム(最近では、ハリケーン観測衛星CYGNSSを打ち上げました)に冷たいので、この2つは今後は冷遇、場合によっては撤退もありうるかもしれません。特に前者については、「NASAもやめてしまった小惑星探査」のような余計な言説になって日本に入り込んでくるのではないか? という不安も感じています。

何がどうなるのかはともかく、現状ではどのような方向性で話し合われているのか、整理しておきましょう。

■大統領選挙中に発言していた人たち

ボブ・ウォーカー氏
元下院議員のウォーカー氏は、2016年の大統領選挙中にトランプ氏の陣営で宇宙政策アドバイザーを務めた人です。NASAの地球科学を強く批判しており、同分野はNOAAに移管してNASAは宇宙探査に専念すべき、との主張が知られています。

現在、ウォーカー氏は新政権のNASAランディングチーム(方針策定チーム)には入っておらず、公式には宇宙政策を主導する立場にはありません。ただ、12月頭に開催された、宇宙政策に関するギャロウェイ宇宙法シンポジウムで講演、「NASAのゴールを“火星”といった単一の目標ではなく、太陽系探査全体とすべき」「地球科学部門を他の政府機関に移管」「ISSの運営を半官半民の企業体に移管」「National Space Councilの復活」「安全保障衛星の拡大とロボット化の推進」といった主張を述べたといいます。
ウォーカー氏は、「NASA長官就任を目指しているわけではない」と強調したということですが、公式な立場を離れても、発言内容はまだ重要視されているのではないかとも考えられます。

ジム・ブライデンスティーン氏
現役の下院議員であるブライデンスティーン氏は、新政権でのNASA長官候補として名前が上がったこともある人です。複数の候補の名前が上がっていますが、NASA長官は新大統領就任と足並みを合わせなければならないというものではないので(現在のボールデン長官は、前任者の任期終了後に就任しているので、オバマ大統領就任とは1年以上タイミングがずれています)結論が出るのはもう少し先かもしれません。
現在、ブライデンスティーン議員は下院の科学・宇宙・技術委員会で環境小委員会の議長を務めているということで、宇宙資源採掘と宇宙条約の整合性に関する議論を行っているとのことです。これはこれで非常に気になるテーマですが、長くなりすぎるのでちょっと置いておきます。

■現在のNASAランディングチーム

11月末、大統領政権移行チームは、新NASAの方針を策定するランディングチームを組織し、12月頭には初期6人のメンバーが参加しました。

クリス・シャンク氏:最初に選ばれたメンバー。ブッシュ政権下で当時のNASAのマイク・グリフィン長官の特別補佐官を務める。現在は下院の科学・宇宙・技術委員会(SS&T)のスタッフ。

グレッグ・オートリー氏:南カリフォルニア大学教授

ジャック・バーンズ氏:コロラド大学、天体物理学科教授。アメリカ天文学会副総裁、ルナール大学天文物理学研究ネットワーク(LUNAR)責任者、NASA諮問委員会科学委員会委員長などを経験。

スティーブ・クック氏:NASA出身。この人は、ブッシュ政権下で月・火星探査を計画してたコンステレーション計画の元、Ares計画のマネージャーとしてアレスIロケットとアレスVロケット開発に関わっていたということで注目されています。

ロドニー・ライスヴェルド氏:NASA出身で、マイク・グリフィン前長官とチャールズ・ボールデン現長官の元で上級政策顧問をつとめました。

サンドラ・マグナス氏:マクダネル・ダグラスのエンジニアから宇宙飛行士へ。スペースシャトル引退まで4回のミッションを経験し、ISS Expedition18長期滞在にも参加。現在はAIAAのエグゼクティブ・ディレクターとのことです。女性の宇宙飛行士経験者は、米女性初のスペースシャトルコマンダーとなったアイリーン・コリンズ氏がNASA長官候補として名前が上がっているので、あるいはこの方もそうかもしれません。

ジェフ・ワックスマン氏:元IBMワトソン研、現在はアリゾナ州選出のSchweickert議員の元で政策研究を行っているそうです。

■ランディングチームの追加メンバー

12月20日には、このランディングチームにさらにメンバーが加わりました。

チャールズ・ミラー氏:元NASA。2009年から2012年まで、NASAの民間宇宙企業との協業計画に参加し、CCDeVなど複数の計画に携わっていたといいます。また、ISSで超小型衛星放出機構など複数の宇宙実験機器を開発している、NanoRacksの設立メンバーでもあるといいます。NextGen Spaceというコンサルティング会社も起こしているとのこと。2015年には、NASAによる民間宇宙の可能性を評価するレポートの主任研究員を勤めており、「官民パートナーシップなど民間の力を活用すれば、5~7年で月への短期間ミッションを、これまでよりもはるかに低いコストで実現できる」と結論を出したといいます。1990年代から、民間宇宙開発推進のロビー活動も行っていたといい、かなりのコマーシャルスペース推進派です。

アラン・スターン博士(候補):追加のランディングチームメンバーとして、冥王星の探査で話題となったニュー・ホライズンズの主任研究員、アラン・スターン博士の名前が上がっているそう。実は、スターン博士は民間宇宙活動を推進するCommercial Spaceflight Federationのチェアマンをつとめていて、複数の民間宇宙企業に関わっています。高高度気球での宇宙旅行を計画するWorld Viewのチーフサイエンティストであり、ブルー・オリジンやヴァージン・ギャラクティックのコンサルティングにも参加、商業月旅行を計画しているGolden Spikeのアドバイザーも務めています(このゴールデン・スパイクは2012年の計画発表以来あまり音沙汰がないそうですが)などなど。

Alan Lindenmoyer氏(候補):ジョンソン宇宙センターでコマーシャルクルー、コマーシャルカーゴのNASA側責任者をつとめた人です。

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NASAのランディングチームメンバーと候補者を見ると、元NASAメンバーも多くいます。かつ、民間宇宙開発に理解もあり、これまでのNASAと宇宙企業の協調路線を継承する方針なのかな、とも思わせます。SLS開発は継続し、ボーイング・ロッキードマーチン合同のULAによるヴァルカンロケットも政府系衛星打ち上げの基幹ロケットとして採用、といった。

その一方で、元NASA関係者から、『スペースXのレッド・ドラゴンをNASAの火星計画に組み込もう』といったもう一段の民間宇宙開発推しの発言があり、これをジェフ・ベゾス氏が出資しているビジネス系メディアが報じる(しかもARM計画の廃棄とセットで)など、何かあまり好きになれない流れもあったりします。しかも、よく考えたらジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジンはヴァルカンロケットにBE-4エンジンを供給することになっているので、ベゾス氏からするとどっちに転んでも悪くない話なんですよね…

どこまでもややこしいNASAの将来ですが、引き続き経過を追って、最終的な着地点まで見届けたいと思います。

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ムーンホークス:捏造論者との出会いはいつも突然

昨晩、NHK総合で『幻解!超常ファイルダークサイド・ミステリー 人類は本当に月に行ったのか?』の放映がありました。「アポロ月着陸捏造の疑惑映像を徹底検証!」ということで、久しぶりにアポロ捏造論またはMoon Hoaxの検証を観ました。番組は短い時間で「背景に星が映らないのはなぜか」「宇宙飛行士の影が平行にならないのはなぜか」といった点を解説しています。こういうことは一度は信じている人を説得したとしてもしばらくするとまた言い出す人が出てくるので、繰り返し説得しなくてはならないのでしょうね。2015年にもなって、まだ同じことを言わなくてはならないのか……と溜息は出ますが。

さて、番組では「1960年代にアメリカが月へ行くことができたのなら、なぜその後40年も同じことができないのか」という定番の質問がありました。この質問、私も実際に受けたことがあります。しかも相手は子供の小学校6年生のときの担任の先生。3学期末の卒業間近というタイミングでしたが、これからも小学生を教える公立学校の先生が理科の教科書にも載っている有人月探査という事実に疑問を抱いている、と思うとやはりスルーしておけなかったのです。クラス懇親会後に歩きながら、と込み入ったことを説明するにはハードル高い状況でしたが、説明しようと試みました。

当時、陰謀論に対する説得はあまり状況を長く説明するよりも、シンプルに一言にした方がよいのでは、と考えていたので「お金がないからですよ」と短く返答してみました。『1960年代にアメリカが月へ行くことができたのなら』という疑問の背景には、月有人探査は”技術”の問題である、技術は過去よりも現代の方が進んでいる、という前提が感じられます。しかし宇宙探査は技術だけの問題ではなく、巨額の予算折衝を伴う政治の問題でもあります。米ソの競争という政治を動かす力がない状態では、有人月探査への巨額の費用への議会の(納税者の)理解は得られないという視点を持ってもらえないかと目論んだわけです。短い時間でどこまで説明できるかわかりませんでしたが、「おや?」と思うきっかけになればよいと思ったわけですが……

ダメでした。撃沈です。そもそもNASAに「予算がない」という状態を感覚的に理解してもらうこと自体が非常に難しいのです。

その経験から、昨日ツイートしたのがこの3つ。

最初のツイートが思いがけずたくさんRTされています。その後、宇宙クラスタの方と大事なやり取りをいくつもさせてもらいました。「では、どう言えば説得できるのか?」というところに関心があるようですね。

5年前の経験を振り返ってみると、短い一言で気づいてもらうためにはお互いにそれなりの量の知識を共有していることが前提であるように思います。下のグラフは、1959年のNASA発足から2015年までの歴代の有人宇宙探査プログラムの費用を、2010年のドルの価値に換算してそのボリュームを示した労作です。オリジナルの調査はこちら、それを元にしたコラムはこちら

アポロ計画は10年間で1000億ドル(2010年当時の歴史的円高水準で換算しても9兆円くらい)、スペースシャトル計画は40年で2000億ドル(同18兆円)、宇宙ステーション計画は30年で700億ドル(同6兆3000億円)。アポロ計画は総額ではスペースシャトルより小さいですが、短期間で多額の費用を費やしたことがわかります。技術的に可能だからといってもう一度やれ、といっても無理ですよね。

このくらいの情報量を共有しているか、またはこのグラフの内容を一言で表すことができれば「お金がないからです」という説明も通じるのかもしれません。もちろん、それもグラフのビジュアルな説得力(アポロ計画の費用が短期間に突出していること、スペースシャトル計画が多くの費用を長期間にわたって費やしていることが一目でわかる)あってこそです。単に「スペースシャトルは2000億ドルかかっている」とだけ説明したら、「アポロの倍じゃん。お金ないなんて嘘でしょ」ということになってしまいます。

作家のG・K・チェスタートンが「無人島に1冊だけ本を持って行くとしたら?」と聞かれて「造船術の本」と答えたというエピソードがありますが、これたしか新聞社から多くの著名人に向けられた質問だったはずです。作家と新聞社というプロ同士のやり取りだったからこそ当意即妙のやりとり、嫌味も通じたと思うので、パーティーかなにかの席でこの返答をしても「だめですよーw 無人島から出ないって前提なんですからー。やり直しw」(自分で書いててイラッとします……)とか言われて通じない、なんてこともありそうです。

先の経験で、私がムーンホークスについて相手を説得しなければ、と考えた最大の理由は相手が学校の先生だからです。私には見過ごせない線であったためです。そうした差し迫って説得の必要性にかられたとき、「一言でバシッと」うまく言い表すという方法は合っていなかったのだと思っています。また、「エジプトはなぜピラミッドをまた作らないのか」「青函トンネルは」という逆質問もそうではないでしょうか。ピラミッドは歴史的遺産であり、現代の技術で作ってエジプトの経済に寄与するのか、また青函トンネルが複数必要だという議論を私は知りません。とんち問答で相手をやり込められればよいのですが、多分うまくいかないのです。本気でいつでも相手を説得するつもりがあるのならば、想定問答を造ってきちんとした資料をまとめて、スマホに入れておくくらいのことはきっとしなくてはならないのでしょう。やるならとことんやらないと。

3月の宇宙ミュージックビデオ

洋楽PVを観ていると、意外と宇宙を題材にしたミュージックビデオが少なくありません。過去には、Coldplayの「Strawberry Swing」にさらっと国際宇宙ステーションが登場しますし(本当にさりげないので見逃しちゃだめよ)、Asiaの「Light the Way」の映像が宇宙エレベーターだったときには、わりとたまげました。こういうのは、見つけたときに記録しておかないと忘れちゃうので、できるだけ書きとめておくことにします。

2014年3月の宇宙ミュージックビデオは、次のふたつ。

■Beyonce ”XO”

リリースは2013年の12月ですね。現時点では、公式You tubeで視聴できます。※リンク切れたらごめんなさい

このビデオは、リリース時にかなり物議をかもしました。冒頭でビヨンセが頭を垂れて耳を傾けているサウンドクリップが、スペースシャトル・チャレンジャーの事故当時(1986年1月28日)のNASA、ケネディ宇宙センターの管制官の音声だからです。

チャレンジャーのコマンダー、 Dick Scobee宇宙飛行士夫人のJune Scobee RodgersさんがこのPVに対して失望を表明したコメントも報道されました。映画「Gravity」がNASAを激怒させたかどうかよりも、こちらの件の方がNASAはナーバスになっていたのではないかと思っています。

3月の時点で、XOはMTVのU.S. Top50のトップ10入りしていますがTV、放映で聴くと管制官の音声クリップはほとんど聞こえないのですよね。12月にWeb上で聴いたときにはもっとはっきりしていましたし、リンクの動画でも音声がかなり聴きとれます。

ABCニュースの報道によると、ビヨンセはヒューストンの出身で、スペースシャトル「目覚めの1曲」を提供したこともあるくらい親NASAだとのことです。TVでの配信に対して、もしかしたら物議をかもした音声クリップは音量レベルを下げることで対応したのかな? と勝手に思っています。音声を削ってしまうとPV製作の意図が損なわれてしまうのでしょうし、かといってNASA側の反応を無視したくもない。考えた末の配慮なのかもしれません。
■Imagine Dragons ”On Top Of The World”

Moon Hoax(アポロ捏造説)だw っていうか「カプリコン1」だwww

以上説明終わり。

いやいやいや。今でもこういうのはネタになるのですねえ。
4人の宇宙飛行士が、人類初の月着陸の偉業のために向かったのは、地球上の巨大なセットでした……というストーリー。唐突にAbbey Roadのパロディは出てくるし、アポロ11号のはずなのに月面ローバーが横切るし(※LRVが走行したのは1971年のアポロ15号からです、念のため)内容はめちゃくちゃです。スーツ姿の偉い人がスタジオにいるのは、フランスで製作されたアポロ捏造説番組で黒幕がドナルド・ラムズフェルド米国防長官だとされていたというところから来ているのでしょうか?

最後は映像を通じて見守っていた聴衆がセットになだれ込み、宇宙飛行士と共に歌い踊って終わります。「知ってた」というところかもしれません。Mythbustersのように真正面からMoon Hoaxに切り込むのもいいと思いますし、こんな風にちゃかしてしまって「真剣に眉間にしわ寄せて考えるようなことじゃないよね」と思わせてしまうのもありではないかと私は思っています。

「スケッチングライト」「ホットシューダイアリー」:フォトグラファーが見た宇宙開発

旦那さんがすばらしい本を買いました。
スケッチングライト」(ジョー・マクナリー 2012/12)
ホットシューダイアリー」(ジョー・マクナリー 2012/12)
LIFE誌専属フォトグラファーを務めたジョー・マクナリー氏が小型のクリップオンライトを活用した撮影テクニックについて語っています。旦那さんによると「これすぐやってみたくなる。この人の光は真面目だし」と絶賛。Amazonではもう手に入らないのですが、紀伊国屋書店の店頭在庫検索を活用して、都内を走り回って手に入れました。それくらい読みたかったのです。

宇宙エピソードも素晴らしい件
ジョー・マクナリー氏は、1980年代にスペースシャトル初打ち上げ STS-1の撮影のころから経験を積んだとのこと、要所々々に宇宙開発の現場撮影のエピソードが登場します。これがまた面白い。
ナショナル・ジオグラフィックの企画で、スペースシャトルSTS-95のクルー撮影を引き受けたのだとか。STS-95といえば日本にとっては向井千秋さん! ですが、アメリカのメディアの注目は77歳で再び宇宙に向かったジョン・グレン宇宙飛行士に集まっていたとのこと。ミッションコマンダーのカート・ブラウン宇宙飛行士はジョン・グレン宇宙飛行士ばかり注目されるので相当にナーバスになっていたとのこと。何か申し訳ない気持ちになります。でも、向井千秋さんとジョン・グレンさんが笑顔で宇宙食を手にする写真は素敵です。
LIFEの企画では、ロシアの宇宙飛行士訓練施設”星の街”を取材したとのこと。1990年代後半の取材のようです。ロシアの宇宙ステーション”ミール”の水中モックアップを沈めたプールのある水中訓練施設の撮影許可を取りつけ、マクナリーさんは大変、期待を持っていたそう。ところが実際に行ってみたところ、確かに施設には入れた、写真も撮影できたものの、プールは空っぽ。施設を案内する契約はしたけれど、ミールが沈んだ状態で撮影できるとはいってない、というわけですね。事前に支払った契約金額は3万ドルとか怖いことが書いてあります。怒鳴り合いの交渉をしたそうですが、代わりにマクナリーさんは、トイレにプラウダ紙の切れ端がトイレットペーパー代わりに置いてあるという、いろいろ印象的な写真を撮って帰ったとか。

翻訳が残念すぎる件
大変よい本なのですが、Amazonのレビューをみるとほとんど全件に「翻訳がひどい」と書いてあります。ええ。翻訳はひどいです。
日本語の意味の通らない文も散見されますし、写真用語のチェックもできていないと思います。「スターシティ」のように英単語をカナに置き換えた言葉も多いのですが、本文に合わせて「スターシティ ロシア」で検索すれば、すぐにこれがロシアの宇宙飛行士訓練施設を擁する場所で、日本では「星の街/星の町」と表記することがわかるでしょう。「ロジア(ロシア)」や「。。(句読点ミス)」のように翻訳以前の問題、編集してないのではとさえ思えます。
写真家の監修の一人でもつけばまた違ったのかもしれませんが……製作に関わる人を増やしたとすれば、この本はおそらく3800円では出版できなかったのではと思います。いったい何部刷ったのでしょう。下世話ですが少々勘ぐってみました。
まず、この本は完全にプロのカメラマン向け、それもニコンユーザー向けの書籍です。スタジオで使うような大規模なライトを、小型のクリップオンライトなどを駆使してコンパクトなシステムに置き換える最新の技術について語る専門的な内容です。完全にニコンのシステムに依拠しており、キヤノンについて書くつもりはないと著者自身が明言しています。
カメラマンは食えなくなっているのか? の項目で調べたところ、日本に職業カメラマンは6万5000人います(2010年国勢調査より)。カメラマンにおけるニコン/キヤノンユーザーの比率ははっきりした数字がありませんが、2012年ロンドンオリンピックの年にニコン、キヤノン両社とも「シェアはうちがやや優位で6:4」と述べているそう。ですから、シェア半々だと思っておきます。すると、日本のプロカメラマンでニコンを主に使う人は3万2500人ということになり、これが書籍の想定読者層。……3万人しかいないのか……うち1割が本を買うとして(これは無根拠ですが)3000人。
当初、初版4000部と予想したのですが、下方修正で3000部です。実は2000部でしたといわれても驚きませんね。これで製作スタッフを増やしたら、書籍価格は5800円くらいになってしまうかも。そしてますます売れなくなるという。文学作品でこんなに訳が残念であればそのせいで売れなくなると思いますが、専門書籍の場合は訳がまずくても買える値段(かつ内容が陳腐化しない間)であればよいという世界が成立している例ではないかと思います。

それでもこの2冊の本が素晴らしい件
いろいろごちゃごちゃ書いたところで、やっぱりこの2冊は面白い。夫が純粋に自分の仕事のために入手した本なのに、私の方が引き込まれてしまいました。書籍の一部を玄光社のサイトで読むことができます。「光の魔術師ジョー・マクナリーの極意 ライフをクビになった理由」には、1990年代の後半に、LIFE誌の専属を外れたときのエピソードがあります。LIFEの仕事で賞を取ったにもかかわらず、社の方針で首になったというのですね。

私は何が起きるかわかっていて、それを楽しもうと決めていたのでした。彼女の最初のセリフ:「ジョー、わかっているかもしれないけど、うちではもう専属フォトグラファーは置かないことにしたの。」私の返事:「そうでしょうね。写真誌に専属フォトグラファーなんて要らないですよね?」
これでスタッフではなくなりました。40代後半にして、失業したのです。

 LIFE誌にしてこの仕打ち。

雇い主が授賞式にやってきて、あなたの手を両手で掴み息を弾ませて「君の作品、最高だよ!」と大声で言うかもしれません。でも彼は同時にあなたをじろじろ見てこんなことを思っています。「何でこんなに金がかかるんだろう。今では無料でいくらでも写真が手に入るのに、なぜ金を払わなくてはいけないんだ?」

こうしたことは今、アメリカでなくとも、フォトグラファーでなくとも、どこでも多分起きていることです。これが続くと、体が動かなくなるという言葉は日々実感しています。カメラを持ちあげるのも重く感じると。

それでも生き残ろうともがきながら、あなたはカメラを手にします。写真を撮ってください。それが職人らしい仕事だろうと、完全に二流の仕事だろうとかまいません。それによって、a)収入が得られ、b)次の日も戦えるのです。

 戦って、そしてどうなるかはわからないので、この後は引用しません。それでも、戦って勝ち抜いた人の言葉を頭の隅に置いて、私も自分の仕事をすることにします。