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中国システム工学の父、銭学森

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カリフォルニア工科大学のJPL創設メンバーと銭学森(中央)。左から2番めはJPL2代目所長のフランク・マリナー。 Credit: Caltech Archives

銭学森(アルファベット表記ではQian Xuesenとも、Tsien Hsue-shenとも)は、私にとって現在の強力な中国宇宙開発の礎となったロケット工学者であり、研究半ばでアメリカを追われた悲劇の人物、というイメージだ。東西冷戦の時代とはいえ、赤狩りで合衆国はあたら有為の人材を失ったのだと思っていたし、悲劇を越えて「中国ロケットの父」と讃えられるのはそれだけの業績ゆえと思っていた。その評価が今でも変わるわけではないが、Science誌の2018年3月16日号にまったく新しい、従来イメージとは異なる銭学森の人物評価が掲載されていた。「Master Planner」と題された記事について、衝撃が消えないうちに書いておきたい。

はじめに、私の知る銭学森の前半生を簡単にまとめておく。銭学森は1911年、杭州生まれ。1935年に渡米してマサチューセッツ工科大学に留学後、カリフォルニア工科大学に移って数学者セオドア・フォン・カルマンの元で研究を始める。カルテクでは後にジェット推進研究所(JPL)の母体となった学生ロケット研究グループ「スーサイド・スクワッド」に参加していた。そのままフォン・カルマンが初代所長となったJPLに加わり、陸軍の資金を受けてJPL初期の活動である「コーポラル」といったミサイル開発に関わる。銭自身が優れたロケット研究者であったのみならず、ナチス・ドイツのロケット工学者ウェルナー・フォン・ブラウンがペーパークリップ作戦後に合衆国に移送された際には、最初の面談を行い、その技術をアメリカのミサイル(ロケット)開発に融和させる役割も果たした。

フォン・ブラウンと入れ替わるように反共産主義、赤狩りの中で銭学森は共産主義者との嫌疑を受け、1950年から5年近く自宅軟禁状態に置かれる。1955年、軟禁を解かれて中国に帰国。中国のミサイル、ロケット開発を率いて、東風ミサイルや長征ロケットの発展に尽くす。

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というわけで、私が知っていたのはロケット工学者としての銭の一面だけだった。だが、Scienceによれば銭は「中国システム工学の父」でもあるのだという。キャリアの初期に米国流のシステム工学を身に着けたことから、これを中国に持ち込み広めたというのだ。ロケットのような複雑なシステムをいくつものサブシステムに分解してモデル化することで課題を解決する。銭はこの手法を中国に根付かせ、1964年の中国初の核兵器開発にも参加した。のみならず「社会は何百万ものサブシステムを含むシステムである」と提唱し、社会問題の解決にも同じ手法が利用できるとした。

一方で、銭を追い出した米国ではシステム工学でなんでもできるわけではない、という事例が見られるようになりつつあった。1950年代後半、銭が後にしてきたJPLと、フォン・カルマンが設立したエアロジェット社(ロケットやミサイル推進システムなどを開発する、現在のエアロジェット・ロケットダイン社)とが共同で、子供の学習歴やIQ、出席率などのデータを解析して教育予算の優先順位決定を支援するプログラムを開発したのだという。開発費は当時で数百万ドルもしたというが、「政策決定者は関係ない変数の話ばかりしているし、だいたいそれだけのお金があったらもっと教師を雇えたはずだ」という現在からすると実にもっともな批判を受け、プログラムは廃止された。

ハードウェア開発でうまくいったからといって、社会的な課題解決もシステム工学一本槍でできるわけではない、という論調が形成されていったというのだが、一方で中国では共産党とこの手法は分かちがたく結びついたのだという。その例が、私でも知っているような中国の国家的巨大プロジェクトとなった。

1970年代後半に銭の弟子であるミサイル科学者・宋健が率いるチームは、コンピューターを用いたモデルによって「2080年までに中国の人工は40億人になる」と予測を発表した。この予測は、厳格な産児制限の裏付けとして採用され、1980年代になって一人っ子政策となって結実する。また(銭との人的つながりは不明だが)三峡ダム建設にあたってのフィージビリティ・スタディにもシステム工学者が関わり、地質学、生態学、人口動態など14のサブシステムグループからなる研究グループを形成し、最終的に「最適の貯水量は水位175メートルである」との結論に達した。

とはいっても、一人っ子政策のために中国の労働年齢人口は急激に減少し、政策はつい2年前の2015年に廃止された。また、三峡ダム建設時には130万人もの人々に移住を強いることとなったのだが、住民説明などに十分な時間を持たなかったとの批判もあるという。

中国の偉大な工学者、銭学森の名は今でも伝記やTV番組で繰り返し取り上げられ、国家的英雄となっている。提唱したシステム工学的アプローチは、現在でも監視社会の仕組みづくりにも取り入れられて機能している。だが、「魂のない脳」との批判も受け、もっと社会システムに関わる人々との関係を取り入れ、社会的関係に重点を置くような手法に変化が起きつつある、というのが「Master Planner」の趣旨だ。

この記事には、長征ロケットの名も、東方紅1号の打ち上げ成功によって中国が世界で5番目の人工衛星打ち上げ国となったことも出てこない。だが、銭学森という人物が中国に与えた影響は、ロケットや国立大学設立といった「成果」よりもある意味でよくわかると思う。

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ファルコン・ロケットを再利用するとスペースXはどのくらい「お得」?

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アメリカで超小型衛星向けの小型ロケットを開発するVector Space Systemsのジム・カントレルCEOが、SpaceXのFalcon9ロケット第1段の再利用について、経済性の観点からQuoraに回答を寄せていました。面白いのでざっと訳してみます(やや生硬な部分はご容赦ください)

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How much does SpaceX save by reusing a Falcon rocket?

再利用可能なロケットを開発するための研究開発費を賄う、としよう。ロケット第1段を帰還させるには、機会費用(ここでは、帰還時に必要な燃料と、もっと多くのペイロードを軌道に乗せることができたはず、という収益機会の喪失という意味)と、フライトとフライトの間に必要な改修費用がかかる。一般的に業界の経験からすると、すべての費用を考慮して収益が得られるとするまでに、再使用ロケットまたはブースターを5~10回は打ち上げなければならないとされている。

このテーマについては多くの論文が書かれており、これはかなり確かな「経験則」だといえる。だが、これは「中古」の第1段で飛んでいる多くの顧客が要求するであろう値下げを考えると割に合わない。

私はSpaceXのFalcon 9の第1段は3回くらいまでしか打ち上げに再利用されないと考えている。したがって、SpaceXはこの算盤勘定で考えると再使用ロケットで収支が合うとはとてもいえないのだ。

それなら、なぜSpaceXは再利用ロケットを着陸させようとしているのだろう? これには2つ理由が考えられる。

まず、これは明らかに火星への着陸技術だということだ。これがSpaceXの目標の1つだとすると、(私はそもそもSpaceXという企業を興した主たる目的が火星行きだと思っている)、着陸システムの開発コストは再利用性とは関係のない他のさまざまな費用として計上されることになる。

次に、再利用性はフライト料金の大幅な増大を可能にする。おそらく主目的はこちらだろう。SpaceXの財務モデルを解析してみると、良好で強いプラスのキャッシュフローに達するためには、このクラスのロケットがこれまで実証してきた年間10~12回よりも多くの打ち上げが必要になることがわかる。単なる生産と物流の観点からすれば、再利用性によって打ち上げ可能回数を簡単に倍増させる。

再利用性を実現することで、年間20~25回打ち上げを実行でき、スペースXはより確実なキャッシュフローポジションに入ることができる。これが非常に重要な再利用ロケット開発の推進力であると私は考えている。主として生産、輸送、および付随するインフラストラクチャの面からすると、第1段は打ち上げ回数を増加させる際にはボトルネックの1つになると考えられている。 再利用性によって素晴らしいブランドイメージを形成できるということもある。だがもっと重要なのは、再利用技術で火星着陸の準備をしつつも、スペースXが打ち上げ回数を倍にしてより多くの金を稼ぐことができる、ということだ。

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第1段は生産のボトルネックだから2~3回再利用できればそろばんが合うというわけですね。となると、再利用した機体で打ち上げ失敗があると一気にキャッシュフロー健全化が遠のきそうな気はします。オペレーション、どうなっているんだろうと思いますね。

Atlas V エンジンを入れ替えて運用延長の動き

地球観測衛星WorldView-3を打ち上げたときのAtlas V Image Credit:United Launch Alliance

地球観測衛星WorldView-3を打ち上げたときのAtlas V
Image Credit:United Launch Alliance

5月13日掲載、日経ビジネスオンライン掲載『“アマゾン”ベゾスのロケットエンジン、表舞台にスペースXシフトを鮮明にしたULAの「ヴァルカン」』を読みました。何で日本にはってこうした大事な記事を掲載するメディア(できればアクセスしやすいオンライン媒体)は松浦晋也さんの記事くらいしかないのでしょう。新型基幹ロケットの将来にも関わるというのに。

それはともかく、ULA(United Launch Alliance)の Valcan登場とAtlas V、Delta IVの引退に関して昨日から新情報が話題となっています。

Aerojet Rocketdyneが開発する、AR-1エンジンを現行Atlas Vの代替エンジンとして採用する方向で検討が行われているとのこと。2019年以降、ロシア製RD-180はEELVの防衛衛星打ち上げには使用できない、との禁止令がすでに米議会で決定しており、予定では2019年にAtlas V→第1段階Valcanへの移行が行われるのかと思われていました。これに待ったをかけたのが、NASAのマーシャル宇宙飛行センターの元所長で、現在は防衛企業DyneticsのCEO、David A. King氏やNASAの前長官、マイケル・グリフィン氏が関わる航空宇宙防衛企業、Schafer社、そしてAerojet Rocketdyneらの防衛産業連合です。

4月29日、アシュトン・カーター国防長官は、これら企業連合に対してAtlas Vの運用と知的財産を移転させることができるか? との問い合わせをしたといいます。国防省側には、まだ実績がないどころか開発前のValcanロケットがどこまで当てになるのか強い懸念があるとのこと。Aviation Weekの記事では、「ケロシン燃料のRD-180からメタン燃料のBE-4に移行すれば、タンクがはるかに大型になる、なぜそんなことをするのか」とKing氏がULAのトーリー・ブルーノCEOに疑問を呈したというのです。

一昨年くらいからずーっとEELV参入の門戸開放を訴え続けているSpace XのFalcon 9に任せるという手もあります。もちろんその方向では進むのでしょうし、Falcon 9は着々と実績を積み上げています。ただ、53機連続打ち上げ成功というAtlas Vの実績には到底とどかない。また、Falcon 9はスケジュールの遅れが目立つので、打ち上げウインドウが厳密なタイプの衛星打ち上げには向かないのではないか、という懸念もあるそうです。「スペースXはだいたい3カ月遅れる」と私も聞いたことがあります。また、昨年のシグナス/アンタレス、先月のプログレスとISS輸送船の事故が相次いでおり、ISSへのカーゴシップはSpace Xの肩にかかっています。宇宙飛行士の安全が関わることですからこれは最優先にしてもらわなければ困るということで、Space X1社にEELV打ち上げまで託すというのは難しいのではと。今月話題になったクルードラゴンのPad Abort Testですが、あれも実は3月実施予定から遅れたとのことです。

Aerojetら企業連合側は、Atlas VのエンジンをAR-1に変更する案について、まずは技術的には2019年までに可能と考えています。米空軍の認証手続き(試験機の打ち上げ成功実績)を経て2020年にはAR-1搭載型Atlas Vを実用化できるということです。

問題は、ULAがAtlas Vの製造・運用の権利移転を認めるかという点と、あとは資金の問題。Spacenews.comやAviation Weekの記事では、問い合わせに対してULA側は「Atlas Vに関する権利を移転させる予定は全くない」と完全に否定しています。わざわざコンペティターを増やす理由など何もない、ということですね。ただ、防衛側は選択肢が増えてリスク回避できるのでむしろコンペティターに増えて欲しい。それが非の打ち所がない実績のAtlas Vなら言うことなし、でしょう。資金についてはどこから引き出すのか難しいところですが、前述の防衛企業連合は、従来通り政府系資金を得てきた経験が豊富だというのが記事の見方です。設立からこれまで総額120億ドルもの民間投資を獲得してきたSpace X(イーロン・マスクCEO本人による1億ドルの資金も含まれます)は別格ですが、防衛関連企業はその性質からいって、民間資金獲得はあまりうまくないそうです。

これから、Aerojet側企業とULA、防衛省の綱引きが始まるのでしょう。流れとして、この件についてAerojet側にAtlas V製造とAR-1エンジンへのリプレースなど開発費をつけること認めるかどうか、議会の小委員会で公聴会が開かれて、GAO(会計監査院)が出席し「どのオプションが国民の税金にとって最も効率よく使える道筋となるか」についての見解を示すことになるのではないでしょうか。米議会の分野別小委員会でもWebcastでみっちり中継が行われますから、これは見るしかないでしょう。あの早口英語を聞くのは骨が折れますが…知りたければ、やるしかないですね。

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン
http://www.rocket.com/ar1-booster-engine

Aviation Week記事
http://aviationweek.com/space/industry-team-hopes-resurrect-atlas-v-post-rd-180

Spacenes.com記事
http://spacenews.com/aerojet-led-team-seeks-atlas-5-production-rights/

ロイター記事
http://www.reuters.com/article/2015/05/11/us-usa-military-space-idUSKBN0NW28W20150511

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン Image Credit:Aerojet Rocketdyne

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン
Image Credit:Aerojet Rocketdyne

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン Image Credit:Aerojet Rocketdyne

Aerojet Rocketdyne AR-1エンジン
Image Credit:Aerojet Rocketdyne