宇宙からアホウドリを数える

とても魅力的なニュースがありました。

世界の民間地球観測衛星の中でも、解像度31cmという最高クラスの分解能を誇るDigital GrobeのWorldView-3衛星の画像を使って、宇宙からアホウドリの個体を1羽1羽数えようという研究です。

BBCニュースでで見つけたこの調査プロジェクト、いくら高分解能とはいえどうやって個体の数を判別するのか、なぜアホウドリなのか、報告の原文がありましたので読んでみました。

Using super-high resolution satellite imagery to census threatened albatrosses

■誰が調査したの?

英国南極研究所(BAS)の調査チームです。筆頭著者はPeter T. Fretwellさん。BBCのニュースで「調査対象のキタシロアホウドリは翼長が3mもあり、衛星画像で数ピクセル分になるので個体を数えることができる」と解説されていたのはこの方ですね。

■キタシロアホウドリって?

大型の海鳥であるアホウドリの仲間は絶滅危惧種となっている種がいくつもいます。中でも、ニュージーランド南島の東側、チャタム諸島に生息するキタシロアホウドリ(Northern Royal Albatross)は、IUCNレッドリストで「危機」(絶滅危惧ⅠB類)に分類されている大型の種類です。

繁殖地の島は、チャタム諸島の中でもフォーティーフォーズ諸島、ビッグシスター島、リトルシスター島の3つに集中しているといいます。1980年代と1990年代にキタシロアホウドリの住む島に連続して激しい嵐があり、地表の植物などを根こそぎ押し流してしまうことがありました。このため、90年代には卵が孵らずに生息数が大幅に減り、現地調査と航空機調査で確認された繁殖ペアの数は1995年に5200になってしまったといいます。その後、2002年には5800つがいまで回復しました。

■なぜ衛星から数えるの?

地球観測衛星の画像で生物の生息を調査するという試みはそれほど珍しくありません。ただ、ある動物種の生活に欠かせない植物の広がりを調べることで間接的に生息している地域を調べるとか、ペンギンのコロニーを調べることで生息数を推定するとかいった手法が中心のようです。報告によると、直接個体を数えるという試みはホッキョクグマ、アザラシ、ヌー、ミナミセミクジラなど大型の動物で小規模に、試験的に行われたことがあるといいます。なので、ツイートで世界初らしい、といったのは間違い。ただ、超高解像度(VHR)衛星の画像が利用できるようになったことで、宇宙から個体数を数える衛星画像の利用も本格的に始まってきたということなのでしょう。

今回のキタシロアホウドリの個体数観測は、生息数とその傾向を調べるためのもの。WorldView-3の画像を使った手法の正確さなの実証でもあります。比較対象として、同じく大型のワタリアホウドリも観測しています。イギリス領のサウスジョージア島のワタリアホウドリは地上からの観測で巣の数などが継続して確認されているので、衛星画像で数えた結果と比較することでその精度を確かめられるというわけです。

そもそも、キタシロアホウドリは断崖絶壁に囲まれた無人島に繁殖していて、人が容易に近づくことができません。航空機での観測は天候に左右され(雲があると見えないのは衛星画像も同じですが)、かつニュージーランド本島からかなり距離があるためにかなりコストもかかって頻繁な観測が難しいそう。

利用できる衛星画像が進歩した、という事情もあります。2015年、アメリカで商用地球観測画像の解像度が50cm制限から30cmとなり、より高解像度の画像を利用できるようになりました。VHR衛星画像を利用しやすくなったことで、科学的な利用への期待も高まったといいます。中でも、DigitalGlobeの運用するWorldView-3(ボール・エアロスペース製、2014年打ち上げ)は31cm(直下)という商用衛星では最高の超高解像度を誇っています。1平方mあたり、50cm解像度の衛星ならば4ピクセルとなるところ、31cm解像度なら2倍以上の10.4ピクセルに。宇宙から動物を数えられる可能性が飛躍的に高まったといいます。

そしてキタシロアホウドリの繁殖期にあたる2016年の2月にチャタム諸島を撮影した衛星画像と、前年の2015年12月のアーカイブ画像を2009年の地上観測写真と比較することになりました。また、過去の地上観測地には巣の位置と不可能成功/失敗を記録済みだといいます。

■実際のところ、どうだったの?

で、実際に衛星から撮影された画像がこちら。

キタシロアホウドリは白い羽根にところどころ黒い模様が混じった姿をしており、緑や茶色の植物の上では白く目立ちます。身体の大きさは107~135cmほどとのこと。WordView-3の画像を拡大しても、ちゃんと白いピクセルになって写っているんですね! ところどころ、やや大きい白いドットが写っているのは、地上で羽根を広げている(ディスプレイ中または飛ぼうとしている)とのこと。


そして、こちらは2016年2月に撮影されたリトルシスター島(a)とフォーティフォーズ島(b)での営巣地の衛星画像。あ……白い点がいっぱい見える……というだけで、なんだか新時代という感じがします。

ただ、キタシロアホウドリの白い点が多く見えるフォーティーフォーズ島に比べ、リトルシスター島はなんだかまばらに見えます。個体数のまとめ表によると、2009年の航空機観測とくらべるとフォーティーフォーズ島はやや減少、という程度ですがビッグシスター、リトルシスター島での減少が大きいとのこと。1990年代にキタシロアホウドリの環境に大きな影響を与えた島の植物の減少は、フォーティーフォーズ島ではだいぶ回復したものの、ほかの2つの島では回復が遅れているため、キタシロアホウドリの繁殖の成功率にも影響しているのではないかといいます。

今回の観測でキタシロアホウドリの将来が心配されるものの、衛星画像による観測の有効性はかなり高く、ほかの継続的なモニタリングが必要な絶滅危惧種にも応用できそうだと報告書は述べています。応用するとしたら、2ピクセル以上になる身体の大きさが62cm以上で、身体の色が白や黒など周囲とコントラストが高い動物なら行けそうだとのこと。たとえばほかのアホウドリやカツオドリ、ペリカンやハクチョウなどなど。航空機よりも低コストで、人が行くよりも安全な観測手段のオプションが広がる期待ができそうです。

 

脳梗塞と軽度認知障害の父が運転免許証を返納するまで

高齢者の認知症と運転免許証のことがひとつのトピックになっています。昨年、横浜市で子供さんを巻き込む被害となった件も、高齢者の運転について考えざるを得ない契機になっているのだと思います。そこで、父が免許証を返納するまでの顛末を記録しておくことにします。

まず、父は東京の郊外(市部)に住む70代男性という前提があります。引退するまで自動車の運転が仕事の一部でしたので、本人の中に「運転できることは生きる上で欠かせない」という意識があることは間違いないと思います。私も子としてそのおかげで育ったわけですから、感謝の気持ちも持っています。

その上で、子として「これは、免許証を返納してもらうしかない」と考える出来事がありました。昨年、72歳の父が母の葬儀後に脳梗塞で倒れたのです。難病で長らく療養していた母の葬儀と病理解剖についてはこちらに記してあります。母の死から父の脳梗塞発症まではほぼ2週間ですので、多大なストレスがかかったことは確かでしょう。

脳梗塞発症から入院は約2週間、幸い大きな後遺症は残りませんでした。ただ、父は運転(気ままなドライブ)が趣味らしい趣味という人で、退院後の指導で「自動車の運転再開を検討するとしても、は脳梗塞の発症から6ヶ月以上経ってから」という主治医の指導にかなり反発しました。

「俺が運転しなかったら庭掃除もできない(自宅の敷地から車を動かさないと庭仕事ができない)」というのが本人の言い分。東京の郊外に住んでいて生活に車が必須でなくても、車移動に慣れた人はこういう理由に固持するものなのです。

父は70代まで病気ひとつしたことのない人で、自分の健康状態には絶大な自信を持っていて、脳梗塞も「治った」というのです。確かに大きな後遺症はないのですが、痛みや痺れはありました。また、父以外の家族は全員、さまざまな意味で「病気慣れ」していて、「病気というのは発症以前の状態に巻き戻すように治るというのとは違う」と思っているわけです。

脳梗塞発症の直前あたり、父がかなり大きなスピード違反をやらかしたことがありました。「母の介護中で帰宅を急いでいた」という理由はあるのですが、なんというか、理由があれば速度超過も許されるといった判断の甘さがあるように感じていました。この件で30日間の免停を受けていたこともあり、家族としてはかなり自動車運転の能力に疑問を持っていました。操作能力だけでなく、遵法精神の部分も含めてです。倫理の感覚が甘くなっているんじゃないかと思ったわけですね。なので、退院から3~4ヶ月くらいは、家族と主治医で合意固めをしました。これが昨年の夏ごろです。

こういうフェーズでは、突然、病院から呼び出しが来るといったことも発生します。できるだけ時間を調整して、呼び出しには応じて、主治医と面談の上「家族の意向は免許返納である」と伝えました。家族というのは私と弟の子供2人です。主治医は脳神経外科の専門医として、「脳梗塞を起こした人の認知(特に左側認知)の問題は予測がつかず、事故を起こして家族も、巻き込まれた人も大変なことになる、とても運転は推奨できない」という立場でした。まったくの正論です。反対する理由はありません。とにかく、どうやって返納を実現させるかです。

主治医からは「タイヤに千枚通しを差してパンクさせたご家族もいます」という手段も示唆されました。それも最終手段として考えましたが、とにかく法的根拠を示してまずは第一弾の説得です。

平成26年の道交法改正から、脳卒中など高次脳機能障害が起きる病気を発症すると、自動車の運転を実施するにあたり個別に判断する必要があります。父にはまず「脳梗塞という病気で自動的に免停状態になっている」という方向で説明しました。「運転を再開するには、医師の診断書が必要」と説得し、「運転を再開したならば、外来の診察の際に主治医に相談しないといけない」ということをとにかく通しました。すると、本人は試験場に自分で出かけていって臨時適性試験を自分で受けてきました。「試験場でOKが出たら文句ないだろう」というわけです。もちろん、臨時適性試験の結果で運転再開が認められれば法的にはクリアです。ただ、試験場ではシミュレーターはクリアしたというのが本人の言い分ですが、公安委員会からは結局「医師の診断書が必要」との書類が送られてきました。

同じころ、私から地域の警察署の交通課に相談して、自宅へ指導に来てもらうことにしました。警察署へ出向いたら、事故(まったくの別件)発生で担当者が出払ってしまう、といった無駄足も踏みました。ただ、制服の力を借りるには、こうした時間コストも掛ける必要があります。高齢者、かつ自分の運転技能に強い自信を持っている人を説得するには、プロセスとして法の執行が目に見える必要があるのだと思います。警察官の目の前で「家族が車の鍵を預かる」ということをやりました。儀式半分ですが、納得させるプロセスとして結構重要です。

ここまで根拠を固めておいて、本丸の主治医診察です。脳梗塞で入院した病院で聞いてみると、不定期(1ヶ月に1回くらい)認知症専門医が来て認知外来を受けられる機会がありました。脳梗塞の予後を診る外来の診察の場で、「脳梗塞という大きな病気をしたのだから、認知の機能は徹底的に検査を受けなければ、家族としては運転再開に同意できない」と父に伝えて認知外来の予約を取りました。

「認知外来を受けて、何もないなら安心して運転できる。調べれば確認できる」という理由で、つまり「運転再開を支援したいから診察を受けてくれ」という方向で説得して、予約を取ることに成功しました。頭から「運転するな」とつきつけてしまうとこれは喧嘩になります。やはり、「応援はしているが不安を取り除いてほしい」という文言は必要だと思います。

で、認知外来の診察。これも有給休暇をとって付き添いました。認知機能(海馬の機能)を確認するための詳細なMRIの検査と、専門医の面談との2回でセットです。面談に立ち会ってみると、かなりひどい物忘れがありました。15分前の質問を覚えていられないのです(私自身は今でもそのときの質問と回答を覚えています)。診断は、「軽度認知機能障害(MCI)」です。予期していた通り、かな。

診断結果を持って、主治医と父と私とで再度の面談。主治医からは「診断結果からして、運転再開を認める診断書は書けない」と言い渡されました。事故の可能性について、診察室でちょっと凄まれました。医師の立場としても、自分より一回りくらい年上の人にひとつの「権利」を諦めさせなくてはいけないわけですから、それなりの説得の仕方をしますよね。ここまで脳梗塞発症から約7ヶ月、昨年11月ごろのことです。

いったん一区切りなんですが、物理的に自動車にアクセスさせない、という手段はしばらく徹底する必要がありました。鍵は2つとも私が預かって(父とは離れて住んでいる)、「うっかり」免許停止を忘れようが何しようが乗れない状況を作らなくてはならないのです。

年が開けたころ、父が「試験場から免許を返納しろという書類が来た」と言い出しました。思い当たるのが、高次脳機能障害を持った人の場合、医師が公安委員会に報告することができるという点です。これについては、日本医師会も「守秘義務違反にあたらない」と表明しています。

家族の合意も取れているし、あー先生から報告が行ったんだなーという感じ。行政の動きは時間がかかりますが、各方面にコミュニケーション取っておくと然るべきところにちゃんと情報は行きます。1ルートじゃなくて複数が理想(主治医+地域の警察とか)なのでしょう。

しぶしぶではあったと思いますが、この3月に父はバスに乗って試験場に免許返納をしに行きました。せっかく行ったのに運転経歴証明書の申請は忘れてきたので、「5年間は申請できるから取ってきなよ」と説得しているところです。身分証明書としてはマイナンバーカードでもいいのですが、「運転を諦めた」ことに対する納得感を演出するためにも、使い慣れた免許証と同じ体裁の身分証明書があるといいかなと思ってます。

あとは、車の処分ですが、まあそれはぼちぼち。こんな感じで、トータル11ヶ月くらいかかりました。それくらいかかって、運転免許返納までこぎつけました。東京住まいで、生活の足がなくても良いからだとは思います。また、認知症の診断に当たっては、認知外来にかかるなど医療の場につながるまでがハードルだといいます。「そんな必要ない」「病気なんかじゃない」と拒否されてしまうというパターンです。脳梗塞で救急搬送されるという、あきらかな「病気になった」段階があったから父は認知外来にかかることを承諾した、という面はあったと思いますが、使える理由は何でも使って、とにかく医療にかかるプロセスが絶対に必要だと思います。

11ヶ月の中で、有給休暇は4~5日必要としたと思います。認知外来のように、診察日が平日に決まっていて土日の予約は取れない、など働く人には厳しい部分もあります。事前にこうしたプロセスに関する情報があれば、家族で順繰りに負担する、メインの担当を決めて他の家族がフォローする、といったことも可能だと思います。簡単なまとめですが、どなたかの参考に少しでもなればよいと思います。

多発性硬化症(MS)の母を病理解剖してもらいました。

ストレートなタイトルですがこれがほぼ1年前のことです。

私の母は、40年来“多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)”という病気を持っていました。MSとは、神経を包むケーブルの被膜のような組織“髄鞘”に炎症がいくつも起きて、炎症に続く組織の硬化のために神経の働きが障害される病気です。炎症がいくつも、また再発が何度もあるので「多発性」、病変の起きた組織が硬くなるので「硬化症」、合わせて「多発性硬化症」です。

日本で患者数は7000人程度とのことですが、欧米でははるかに患者数が多く、著名人では映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』のモデルとなったイギリスのチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレさん、『ハリー・ポッターと賢者の石』の作者J・K・ローリングさんのお母様、2012年の米大統領選で共和党の大統領候補となったミット・ロムニー氏の奥様のアン・ロムニーさんなどが知られています。日本ではなんといっても、『笑点』大喜利メンバーとして活躍された落語家の林家こん平さんが現在もMSで闘病されていることで知られています。

MSは男性よりも女性に多く、比較的若い時期に発症し、数度の再発を経て寛解にいたることが多いようです。母は26歳のころに発症し、2016年に70歳で亡くなるまで数回の再発があり、人生の長い期間を病気と共に過ごしました。私は3歳のころから次第に運動障害が重くなる母を見て過ごし、杖をついての歩行→外出時は車椅子→電動車椅子→寝たきりとなっていく様子を知っています。

重い病気を抱えていた母ですが、そのことに絶望していたかということ別にそんなこともなく、落語のCDをたくさん聴き、時代小説を読みまくり(杉本苑子、平岩弓枝作品を母から教わりました)、ボランティアでユニバーサルトイレのマップを作り、株式投資をして資産を増やし、車椅子で台所を動き回って芋がらの漬物を作り、書類仕事のできない父に代わって確定申告を済ませ、毎日忙しくできることと好きなことをして過ごしていた人でした。

そんな母ですが、2015年の夏に誤嚥性肺炎を発症し、数カ月の入院を経て気管切開の手術の上に自宅療養、在宅介護を受ける生活が始まりました。私と家族は、24時間気管切開孔の管理と経管栄養を行う介護生活に突入。これはこれで一定のリズムがありつつも厳しい生活ではありました。長い介護生活をどう組み立ていこうかな……と思いつつ毎日を過ごしていたころ、母は在宅介護の開始から2ヶ月ほどたった2016年3月末、ふっと呼吸が止まって亡くなりました。

その前の日、私は介護当番の日で日中は母の横で在宅で仕事をしつつ、夜の就寝準備まで済ませて実家を出ました。母は気管切開をしていましたが、現在では“スピーチカニューレ”という発話ができる装具があります。これは本当に素晴らしい器具で、音声で会話できるのでコミュニケーションが本当に取りやすい。とりとめもない話や4月に控えた息子の大学進学の話などをして、「じゃあまた来週ねー」と実家を出たのでした。

その翌日の土曜日の朝、実家の弟から電話があり「母がなくなった」といいます。特に思い当たることもなく、そうはいっても要介護度4でこれまでの経過を考えればありえなくもない。実家に駆けつけると、かかりつけの診療医の死亡診断もすでに済んでいました。

葬式の経験は初めてではありませんが、親族の意識というのは「故人の希望を汲みつつ最善を尽くして送り出そう」に尽きると思います。自分の喪失と向き合うのはどちらかというとその後。やることはたくさんあるのです。母に手を合わせた後で父と、弟に真っ先に聞いたのは、「お母さんを解剖してもらっていいですか?」でした。

最初がそれかよ、という感じですが何しろ時間がない。私は母と過ごした時間の中で、「私がこんな病気(MS)になったものも、『モルモットになって世の中の役にたちなさい』という神様の思し召しなのかもね。私が死んだら身体を調べ尽くしてね」という意味のことを何度も聞いた記憶が確かにあります。病院に頼んで解剖してもらうんだ、お母さんはそう希望していたんだから。私の頭の中にはまずそれがありました。

幸い、父も弟もまったく異存がなかったので家族の了承はすぐ得られたのですが、さて問題です。

どうすれば家族を解剖してもらえるのでしょう???

そもそも母は在宅療養中だったので、こうした状態でなくなった人は解剖してもらうことができるのでしょうか? さっぱりわからないまま、とにかく母を長年診ていただいた東京都立神経病院へ電話をかけました。「1月までお世話になっておりました**と申しますが、献体のお申込みというのはこちらでうかがっても良いでしょうか?」

今思うと無茶な電話だったと思いますが、さすが専門病院は慌てず動じず「『献体』とのお話ですが、故人の方が希望されていたのは『献体』でしょうか、それとも『病理解剖』でしょうか?」と確認をいただきました。懇切丁寧に教えていただき、ようやく献体と病理解剖の違いがわかったのです。

  • 献体:主に医学を学ぶ実習生の人向けに、遺体を提供する。解剖がすぐに行われるとは限らないため、故人の身体が家族のもとに戻るまでに1年以上を要することもある。
  • 病理解剖:故人の死因や病状、病態を調べるために解剖を受ける。解剖は亡くなって数日以内に行われ、即日で故人の身体は家族のもとに戻る。葬儀はその後で通常通り行うことができる。

この説明の通り、解剖担当医の先生のご都合がつき次第、解剖が行われるとのこと。土曜日の朝になくなった母は、翌々日の月曜日に病理解剖を受けることになりました。それまで母の身体を自宅で保存しておかなければなりません。といっても、これは葬儀まで日にちがかかる場合(昨今珍しくないんですよね)ととくに変わりません。これまでお願いしてた訪問看護ステーションの看護師さんに身体清拭をしていただき、月曜日を待つことになりました。

月曜日、私は母に付き添って神経病院へ向かいました。こういうときのために、専門の業者さんが車で母の身体を移送してくださいます。手配はすべて病院側におまかせできるので、私はただ説明をよく聞いてしっかり付き添いの仕事を果たすだけです。解剖には入院時に母の担当医だったH先生が参加してくださり、解剖の流れの説明や亡くなる前の様子の聞き取りなどをしていただきました。家族を代表して解剖の同意書に署名捺印する仕事もあります。解剖でわかったことは医学の世界で公表されるわけですから、情報提供に関する同意も含まれます。

病理解剖にかかる時間は、朝、家を出てから終わってまた母の身体と共に家に戻るまで、トータルで4~5時間くらい。解剖中は家族は病院の待機室兼霊安室で待つことになります。おおよその時間は教えてもらえるので、すぐに戻れる範囲で待機室を出ても大丈夫。私は神経病院と敷地を同じくする多摩総合医療センターまでお昼ごはんを買いにいったり、平日の昼間からTwitterのタイムラインを遡りまくったりして過ごしました。

解剖に抵抗を持つ家族の方もいるという話を聞いたことがあります。前後で表情など変わってしまうのでは、という心配もあるのだと思いますが、そういったことは特にありません。母の場合、脊髄の病気なのでどう考えても背中側から解剖することになります。前からはその痕跡は見えないのです。ただ、小脳のあたりまで解剖するはずなので、髪の毛はある程度は剃ったはずです。病院ではガーゼを使って綿帽子のように頭にかぶせてもらったので、頭の部分が目立つこともありませんでした。故人がウィッグを愛用している人であれば、お葬式のときにあってもよいかもしれません。

解剖が終わると、母の身体はいったん待機室に戻ってきます。母は退院してから2ヶ月ほどだったので、担当してくださった病棟の看護師さんたちが花を供えにきてくださって、H先生とともにお別れをしていただきました。退院後に亡くなった人と会うことは看護師さんにもなかなかないことだと思うので、その意味でもとてもよかった。

こうして無事に病理解剖が終わり、家に戻って母の葬儀をとどこおりなく済ませましたが、ここからが長い。当初、病理解剖の診断書が送られてくるまで3~4ヶ月、長くて半年程度と聞いていたのですが、実際は11ヶ月かかりました。それなりの時間はかかるだろうと思っていたのですが、「1年を超えるようなら病院に問い合わせてみようかなあ」と考えはじめたころ、H先生からご連絡をいただいたのです。

H先生からは、あらかじめお電話があり、病理解剖と臨床病理検討会(という会ががあるわけですね)の結果を文書で送付されるにあたり、簡単に内容を説明していただきました。さらに、素人には難し用語が多いであろう書類の内容を解説するお手紙も付けていただけたのです。

こうしてわかったことを総合すると、母の病気は生前の診断通り多発性硬化症でした。それ以外の全身の臓器の状態は年齢相応でほぼ良好な状態でした。心筋梗塞や癌はなく、肺、肝臓、腎臓にうっ血が見られたといいます。このことから、就寝中に心臓が停止し亡くなったとかんがえられるとのこと。解剖時の聞き取りでは、介護中に母に付き添って寝ていると、明け方ごろに呼吸がとても静かになって、息が止まっているのではないか?と確かめた経験をお話しました。こうした生前の様子とも一致し、つまり母は眠っている間に息が止まって亡くなったのだと考えてもよさそうです。自宅で亡くなった人の家族にとって、「介護になにか手落ちがあったのではないか」と考えてしまうことはとても苦しいことですから、これはとても大切な情報なのです。

40年以上母が戦ってきた多発性硬化症は、「大脳、脳幹、脊髄に散り散りに硬化性病変が見られ、顕微鏡で確認すると、脱髄の状態であり、多発性硬化症の古い病巣と合致しておりました。病変に炎症細胞はなく、亡くなる直前には炎症は起こっておらず、すべて古い病巣の痕が残っているだけでした」といいます。自力では立つことができなくなる程度の運動障害という重い障害は残ったものの、母は手をつくしてMSを治療し、20年近く再発のない寛解の状態で過ごしてきたことになります。H先生から「どちらかといえばMSは軽い方だった」という話を聞いて驚いたことも。病気は軽くても障害は重いとすればMSは本当に油断のならない病気です。とはいえ、適切に治療すればMSはコントロールできる病気だということにつながればいいなと思います。

そのほか、解剖の結果、軽度の嗜銀顆粒が見つかったのですが、“嗜銀顆粒性認知症”といえるような性格の変化(怒りっぽくなるなど)はなかったので発症はしていなかったと考えられるとか。

一周忌を前に、解剖の所見とH先生のお手紙を繰り返して読みながら、私にとってはこれが母を送る葬儀だったんだな、と思っています。簡易な式を希望し、直葬で送られた母ですが、読経の代わりにH先生のお手紙を読み上げたら喜んでくれるかもしれません。H先生からは、何度も「多発性硬化症という日本ではまれな病気で、貴重なご献体をいただき、医学の発展に役立てていただき」とお礼の言葉をいただきました。病理解剖でわかったたくさんのことが医学の知識体系のなかに加わって、次に病気で苦しむ人の役に立つならば、これは本当に嬉しいことです。

リチャード・アヴェドンのニシキヘビと日本

米VOGUE誌での「ダイバーシティ」特集の件がとても気になっています。

ことの発端はアメリカ版VOGUE 2017年3月号での“Diversity”特集から始まったものです。文化の多様性を謳った特集で、モデルのカーリー・クロスが黒髪のウィッグをつけて“ゲイシャ”スタイルで撮影された写真が文化の盗用にあたると批判された、という件です。当のカーリー・クロスが謝罪を表明し、日本でも数件のニュース掲載がありました。

The Huffington Post
カーリー・クロスが炎上謝罪  日本文化を盗用と指摘、米VOGUE誌で「芸者スタイル」披露

BuzzFeed
カーリー・クロスがVOGUEで芸者の格好。「日本文化をバカにしている」と批判受け謝罪

日本で報道された後の反応では、「批判は行き過ぎ」というコメントが多く見つかります。ですが、報道内容を見るとちょっと奇妙に感じます。ファッション誌の特集はモデル1人で作るものではないのに、謝罪しているのはモデルだけです。エディターやフォトグラファーはどこにいて、何を思っているんでしょう?

ハフポストの記事では、米国内での報道が引用されているので、ロサンゼルス・タイムズThe CUTの記事を読んでみたらやっと経緯がわかりました。まず、ロサンゼルス・タイムズは、VOGUEの編集部にもコメントを求めたものの、返答はなかったと書いています。

シカトの理由はThe CUTを読むと想像がつきます。VOGUEが日本の文化を「背景」として使い、白人モデルを引き立てるファッション特集を掲載したのはこれが初めてではないからです。

1966年、当時のVOGUEの編集長ダイアナ・ヴリーランドの企画で、冬の日本を舞台にしたファッション特集が企画されていたのですね。フォトグラファーはリチャード・アヴェドン、モデルはドイツ系のヴェルーシュカ・フォン・レーンドルフです。

何しろアヴェドンなので、今見ても格好いいのですが、それにしたって同じことは今ではできないだろうなあという感想しか出てきません。日本の風景は洗練されたファッションを引き立てるための背景というか……。リチャード・アヴェドンといえば、ナスターシャ・キンスキーにニシキヘビを絡ませた作品を思い起こしますが、VOGUEの1966年特集でいえば日本人はニシキヘビ扱いに見えます。

50年前とはいえ、掲載誌が同じVOGUEなので、「知っててやってるんだろうな」という感想にどうしてもなります。ただ、2017年にアヴェドンと同じことをそのままではできないので、「ダイバーシティ」という皮をかぶせたのだろうな、という感じ。ロサンゼルス・タイムズの記事では、「表紙に登場する7人のモデルはそれぞれ多様な肌の色を表現しているはずなのにあまりトーンが変わらない」とか、「プラスサイズモデルの誌面での扱いが微妙」といった批判についても触れられています。

カーリー・クロスの謝罪を見ると、「文化的にセンシティブでない撮影に参加してしまったことについて深くお詫びします」という言い方をしていて、そこから読み取れるのは、ファッションモデルという存在は表現する人だけれども企画の主導者ではない、ということではないでしょうか。にもかかわらず、ノーコメントを貫くVOGUE編集部に代わって謝罪する役割を引き受けているのですから、モデルの立場は、編集部やフォトグラファーに比べて弱いということが透けて見えるようにも思います。

これはまあ、批判はされるだろうというのが正直な感想です。「着物にたいしてこの扱いなら、他の国の民族衣装に対しても同じことをするだろう」「初めてじゃない」「ダイバーシティの表現が意図ならば、関わる人をもっとちゃんと扱うべき」といった懸念がどうしても喚起されてしまいます。

それでも写真は洗練されているし、そしてVOGUE編集部はコメントしていないのですから、批判は承知の上なのでしょう。ダバーシティというと、私はカナダのレゲエポップバンドMAGIC!の『Red Dress』のMVに太った女性、肌の黒い女性、白斑のある女性が登場するのがとても好きなのですが、メッセージがストレートなので洗練されたファッションかというとそうではないように思います。

日本で報道するにあたっても、引用した米メディアで触れている関連情報を盛り込んだ記事にしないと判断しにくいように思います。付帯情報なしで「日本人(アジア人)をバカにしていると思いますか?」と聞かれても、どうしてもコメントはものごとの辺縁をふわふわ回ってしまうのではないでしょうか。

C型肝炎治療薬「ハーボニー」の偽造品問題は人ごとじゃない

まずはこれまでの経緯から。

厚生労働省発表

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について』

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について(第2報)』
ハーボニーのボトルに、同じギリアド・サイエンシズのC型肝炎治療薬ソバルディを詰め込んでいたとの厚労省発表。

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について(第3報)』
「このため、「ハーボニー配合錠」を譲り受ける際に、外箱(紙箱)
に収められていないボトル容器単体の状態のものは譲り受けないこと。」

『C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品について(第4報)』
「今回の流通ルートで患者が偽造品を服用したケースはないことが確認されま
した。」安心してちょっと泣きそう。

第4報の素晴らしい補足。

【③ (株)関西メディコから調剤を受けた患者の状況について】
現在「ハーボニー配合錠」を服用中の患者を除き、患者からC型肝炎ウィルスは検出されていないことが確認されました。
※)この患者は服用する前に異状に気付いたため、偽造薬を服用していません。

***

今回、偽造品を服用した人なく、自体が偽物撲滅フェーズに入れているのは、本当にこの最初に偽造品を届け出てくれた患者さんのおかげ。正しい感覚で偽物に気づいてくれたおかげで、被害を未然に防いで大勢のC型肝炎患者が救われたはず。勝手に感謝状を贈りたい気持ち。ありがとう、奈良の患者さん。

ハーボニー偽造品の件は、報道で続報が出るたびに夫と2人、ガチガチ爪を噛む勢いでみている。本当に偽物なんか撒いた奴は呪われろ。卸売業者の「偽造品と思わなかった」コメントが本当なら、資格ないから薬屋なんか辞めちまえと思っているのが正直なところだ。

日本にC型肝炎ウイルスの感染者は最大150万人以上いるかもしれないという推計があって、うち最大75万人は感染していることは知っているけれど、治療を受けていない人。夫も昨年までその1人だった。20年以上そうだった。

何年も前から医師にインターフェロン治療を勧められていたのだけれど、2週間の入院が必要なこと、うつ症状の副作用があることから、夫はとても怖がっていた。「2週間も休んで、しかもうつになったら働けなくなる」と何度も言っていた。

C型肝炎は高確率で肝細胞がんになるので、そうなったら働けないどころの騒ぎではない。けれど、まだ進行しているわけではないし、40代で家族を背負っているプレッシャーもある。今どき腕はあってもカメラマンの仕事は少ない。怖くてC型肝炎治療に踏み切れなかった。

だから、入院不要でインターフェロンフリーの経口治療薬は本当に救いだった。助成金の手続きが複雑で嫌気がさしたこともあったけれど、私もなんとか家計を支えられるようになったし「治療しようよ」と背中を押した。

夫が服用したのは12週間服用のハーボニーじゃなくて、24週間服用のブリストル・マイヤーズのダクルインザとスンベプラ。真面目に医師の指示を守り、半年間1滴も酒を飲まず、慢性腎疾患と高血圧の治療を平行して行っているので、腎臓の状態が悪化するリスクを測りつつきっちり24週服用した。

おかげで、20年ごしのC型肝炎ウイルスと昨年末ついにさよならした。当面は血液検査をしつつ、ウイルスが本当にいなくなったかどうかのチェックが続く。もう戻ってこなくていいよ。

夫の感染は、「1992(平成4)年以前に輸血を受けた方」ってやつね。交通事故後の輸血で感染した。C型肝炎患者にはこうした、血液から肝炎ウイルスを検出することができなかった時代に、本人にはどうしようもできないところで輸血で感染した人がたくさんいる。

フィブリノゲン製剤のことを覚えている人もたくさんいるだろう。もちろん、刺青などハイリスク行動の結果で感染した人もいるけれど、だからといって肝炎になると思って入れ墨を彫ったわけではない。高い代償を払って、自分の身体でその結果を引き受けている。

日本にはこうした人がたくさんいて、C型肝炎ウイルスの感染者の多くが40~74歳の中高年だ。治療するならとにかく早い方がいい。

ハーボニーの偽造品は、こうした人の希望を暴力で奪う行為だ。1サイクルきっちり服用しなくてはならないのに、偽物なんかのせいで服薬が中断したら、結果を考えるのも恐ろしい。時間もあまり残されていないかもしれないし、夫の場合は先にインターフェロンフリー療法の経口治療薬で治療したので、後からインターフェロン治療をすることはできないと医師に言われていたのは難しかった

とにかく幸いなことに、今回の偽造品で健康被害はでなかったし、ギリアド・サイエンシズの発表だとハーボニーはこれからブリスター包装になるそうだ。本当に安心。

やっぱりボトルにむき出しで入っている錠剤の形だと、ボトルを横流しすることで偽造品がつけ込むスキができてしまう点がまずい。ブリスター包装ならば、ダクルインザ・スンベプラがそうだけれど、裸の状態で出されたらそれだけでおかしいと気付ける。

夫が聞いてきた話だと、ブリスター包装の医薬品C型肝炎治療薬は調剤薬局にメーカー返品がきくそうだ。流通単位と処方された数が合わなくなることはどうしてもあると思うので、C型肝炎治療薬も正規ルートで返品ができれば、調剤薬局は1錠何万円もする薬の在庫リスクを抱えなくてすむ。

夫と2人「ヤバいよね…」と話したのは、今回の偽造品問題、どこかの段階で正規品ボトルの横流しをした奴がいるのでは、と思わざるをえないところ。どこの段階なのか憶測はしたくないけれど。でも、ブリスター包装ならその問題も解消できる。

とにかく早くこの偽ハーボニー問題が解決して、C型肝炎ウイルス感染者が安心して治療ができますように。

トランプ政権下のNASA方針決定チームにニュー・ホライズンズのアラン・スターン博士が参加へ?

Credit: NASA/JHUAPL/SwRI

Credit: NASA/JHUAPL/SwRI

2017年1月20日のドナルド・トランプ氏、米大統領就任まであと1ヶ月を切りました。

新政権でアメリカの宇宙政策とNASAがどうなるのかはまだはっきりとはわかりません。米メディアも情報が少ないので手を焼いているような印象を受けます。

新政権の周囲にいる人と議会の共和党は、これまでのNASAの計画の中でも小惑星再配置ミッション(ARM:Asteroid Redirect Mission)と地球科学プログラム(最近では、ハリケーン観測衛星CYGNSSを打ち上げました)に冷たいので、この2つは今後は冷遇、場合によっては撤退もありうるかもしれません。特に前者については、「NASAもやめてしまった小惑星探査」のような余計な言説になって日本に入り込んでくるのではないか? という不安も感じています。

何がどうなるのかはともかく、現状ではどのような方向性で話し合われているのか、整理しておきましょう。

■大統領選挙中に発言していた人たち

ボブ・ウォーカー氏
元下院議員のウォーカー氏は、2016年の大統領選挙中にトランプ氏の陣営で宇宙政策アドバイザーを務めた人です。NASAの地球科学を強く批判しており、同分野はNOAAに移管してNASAは宇宙探査に専念すべき、との主張が知られています。

現在、ウォーカー氏は新政権のNASAランディングチーム(方針策定チーム)には入っておらず、公式には宇宙政策を主導する立場にはありません。ただ、12月頭に開催された、宇宙政策に関するギャロウェイ宇宙法シンポジウムで講演、「NASAのゴールを“火星”といった単一の目標ではなく、太陽系探査全体とすべき」「地球科学部門を他の政府機関に移管」「ISSの運営を半官半民の企業体に移管」「National Space Councilの復活」「安全保障衛星の拡大とロボット化の推進」といった主張を述べたといいます。
ウォーカー氏は、「NASA長官就任を目指しているわけではない」と強調したということですが、公式な立場を離れても、発言内容はまだ重要視されているのではないかとも考えられます。

ジム・ブライデンスティーン氏
現役の下院議員であるブライデンスティーン氏は、新政権でのNASA長官候補として名前が上がったこともある人です。複数の候補の名前が上がっていますが、NASA長官は新大統領就任と足並みを合わせなければならないというものではないので(現在のボールデン長官は、前任者の任期終了後に就任しているので、オバマ大統領就任とは1年以上タイミングがずれています)結論が出るのはもう少し先かもしれません。
現在、ブライデンスティーン議員は下院の科学・宇宙・技術委員会で環境小委員会の議長を務めているということで、宇宙資源採掘と宇宙条約の整合性に関する議論を行っているとのことです。これはこれで非常に気になるテーマですが、長くなりすぎるのでちょっと置いておきます。

■現在のNASAランディングチーム

11月末、大統領政権移行チームは、新NASAの方針を策定するランディングチームを組織し、12月頭には初期6人のメンバーが参加しました。

クリス・シャンク氏:最初に選ばれたメンバー。ブッシュ政権下で当時のNASAのマイク・グリフィン長官の特別補佐官を務める。現在は下院の科学・宇宙・技術委員会(SS&T)のスタッフ。

グレッグ・オートリー氏:南カリフォルニア大学教授

ジャック・バーンズ氏:コロラド大学、天体物理学科教授。アメリカ天文学会副総裁、ルナール大学天文物理学研究ネットワーク(LUNAR)責任者、NASA諮問委員会科学委員会委員長などを経験。

スティーブ・クック氏:NASA出身。この人は、ブッシュ政権下で月・火星探査を計画してたコンステレーション計画の元、Ares計画のマネージャーとしてアレスIロケットとアレスVロケット開発に関わっていたということで注目されています。

ロドニー・ライスヴェルド氏:NASA出身で、マイク・グリフィン前長官とチャールズ・ボールデン現長官の元で上級政策顧問をつとめました。

サンドラ・マグナス氏:マクダネル・ダグラスのエンジニアから宇宙飛行士へ。スペースシャトル引退まで4回のミッションを経験し、ISS Expedition18長期滞在にも参加。現在はAIAAのエグゼクティブ・ディレクターとのことです。女性の宇宙飛行士経験者は、米女性初のスペースシャトルコマンダーとなったアイリーン・コリンズ氏がNASA長官候補として名前が上がっているので、あるいはこの方もそうかもしれません。

ジェフ・ワックスマン氏:元IBMワトソン研、現在はアリゾナ州選出のSchweickert議員の元で政策研究を行っているそうです。

■ランディングチームの追加メンバー

12月20日には、このランディングチームにさらにメンバーが加わりました。

チャールズ・ミラー氏:元NASA。2009年から2012年まで、NASAの民間宇宙企業との協業計画に参加し、CCDeVなど複数の計画に携わっていたといいます。また、ISSで超小型衛星放出機構など複数の宇宙実験機器を開発している、NanoRacksの設立メンバーでもあるといいます。NextGen Spaceというコンサルティング会社も起こしているとのこと。2015年には、NASAによる民間宇宙の可能性を評価するレポートの主任研究員を勤めており、「官民パートナーシップなど民間の力を活用すれば、5~7年で月への短期間ミッションを、これまでよりもはるかに低いコストで実現できる」と結論を出したといいます。1990年代から、民間宇宙開発推進のロビー活動も行っていたといい、かなりのコマーシャルスペース推進派です。

アラン・スターン博士(候補):追加のランディングチームメンバーとして、冥王星の探査で話題となったニュー・ホライズンズの主任研究員、アラン・スターン博士の名前が上がっているそう。実は、スターン博士は民間宇宙活動を推進するCommercial Spaceflight Federationのチェアマンをつとめていて、複数の民間宇宙企業に関わっています。高高度気球での宇宙旅行を計画するWorld Viewのチーフサイエンティストであり、ブルー・オリジンやヴァージン・ギャラクティックのコンサルティングにも参加、商業月旅行を計画しているGolden Spikeのアドバイザーも務めています(このゴールデン・スパイクは2012年の計画発表以来あまり音沙汰がないそうですが)などなど。

Alan Lindenmoyer氏(候補):ジョンソン宇宙センターでコマーシャルクルー、コマーシャルカーゴのNASA側責任者をつとめた人です。

***

NASAのランディングチームメンバーと候補者を見ると、元NASAメンバーも多くいます。かつ、民間宇宙開発に理解もあり、これまでのNASAと宇宙企業の協調路線を継承する方針なのかな、とも思わせます。SLS開発は継続し、ボーイング・ロッキードマーチン合同のULAによるヴァルカンロケットも政府系衛星打ち上げの基幹ロケットとして採用、といった。

その一方で、元NASA関係者から、『スペースXのレッド・ドラゴンをNASAの火星計画に組み込もう』といったもう一段の民間宇宙開発推しの発言があり、これをジェフ・ベゾス氏が出資しているビジネス系メディアが報じる(しかもARM計画の廃棄とセットで)など、何かあまり好きになれない流れもあったりします。しかも、よく考えたらジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジンはヴァルカンロケットにBE-4エンジンを供給することになっているので、ベゾス氏からするとどっちに転んでも悪くない話なんですよね…

どこまでもややこしいNASAの将来ですが、引き続き経過を追って、最終的な着地点まで見届けたいと思います。

ドナルド・トランプ大統領と火星への道のり

2016年11月9日、アメリカ大統領選挙に共和党のドナルド・トランプ氏が当選し、第45代米大統領となることが決定しました。米大統領戦に勝利するには政党が結束していることが必要だと思っていたので、共和党大物議員が次々と不支持を表明したトランプ候補が当選したことにはとても驚いていますが、選挙結果は選挙結果です。

決まったからには、トランプ新大統領がどのような宇宙政策を主導するのか、その方向性について考えてみたいと思います。

困ったことに、候補者であったときからトランプ氏は宇宙政策についてほとんど具体的な案を示していません。Scientific AmericanSpaceNewsなどいくつかのメディアが大統領選の最中に質問していますが、トランプ氏は抽象的かつ短い回答をしているにとどまっています。例えば有人宇宙政策はどうするのか、NASA予算は拡大なのか縮小なのか、といったことには「現状の問題については答えられない」としています。2020年代に小惑星へ、2030年代に火星へ、という現在の目標に対する回答は「就任後は、宇宙計画について包括的なレビューを行い、議会と共に宇宙ミッションとその優先度を決定する」と答えているのみ。クリントン、トランプ両氏の宇宙政策に関するメディア記事をまとめたForbesの記事によれば、要するにトランプ氏のこうした態度は「宇宙への関心の欠如を示しているのではないか」としています。

とはいえ、大統領に就任するからには、宇宙政策を放置、NASAは勝手にやって、というわけにもいきません。また、「アメリカを再び偉大にする」と打ち出しているからには、世界の宇宙開発を主導していると考えるアメリカの立場を積極的に放棄するということも考えにくいです。「ビジネスマンとして」とコメントしていることからも、産業と科学技術の分野で後退すると受け取られる施策も取りにくいでしょう。ただ、コストとベネフィットを勘案して、最大の効果が上がるようにするとはいっています。

情報や手がかりがない中で予測するのはあまり良いことではないかもしれませんが、あえてこの「関心は特にないが、後退しているようには見られたくない」ということを実現しようとした場合、どんなことをするのか考えてみたいと思います。

そこで考えられるのが、4年の任期終了後に設定されているような大目標には手はつけないが、その道程に計画されていることには手をいれる、という方法。アメリカがいま抱えたり検討している大きな宇宙プログラムには、2030年代の有人火星探査、2020年代の有人小惑星探査、木星の衛星エウロパの無人探査、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)、国際宇宙ステーション(ISS)の2024年までの維持と民間宇宙輸送の推進、などがあります。

この中で、火星有人探査が最大規模の目標であることは間違いないと思いますが、ここには手を付けないのではないかと思うのです。「火星にアメリカ人が一番乗り」はとてもわかりやすい目標ですし、火星をやめてどうするのか、という問題もあります。ここで月をもう一度有人探査の目標にしてしまうと、ルナ計画を再開して月面基地計画を進めるというロシアや中国との競争になってしまうのです。

エウロパの無人探査については、目標にはあえて手を付ける必要もないし、議会と協調して予算を理由に実現を先延ばししてもどちらでもよいというところではないでしょうか。ISECGの国際宇宙探査ロードマップ(もうすぐVer.3が発表されるとのことですがそれにしても)を見ても、木星をターゲットにした大目標をもっている国はアメリカ以外になく、ジュノー(木星)、ニュー・ホライズンズ(冥王星とカイパーベルト天体)の実績を持つアメリカ以外の国が、トランプ大統領の任期中に彗星のように抜き去っていく、ということはちょっと考えにくいからです。

ISSについては、すでに民間へ宇宙輸送を委託するCOTSが始動していることから、産業育成の点からいっても民間移譲の流れでこのまま進めていくと思われます。また、JWSTは完成まで押し詰まっており、予定通りならば任期真ん中の2018年打ち上げです。任期中にハッブル宇宙望遠鏡の後継機として世界最高性能の宇宙望遠鏡打ち上げに立ち会う大統領、という立場を捨てる理由もないでしょう。

と、いうわけで米大統領としてトランプ氏は現在の宇宙政策を拡大路線で進めて行くようにも思われますが、ここで考えたいのが、2030年火星有人探査という目標を実現する、その方法です。つまり、Space Launch System(SLS)とOrion宇宙船の開発です。

SLSは実現すればアポロ宇宙船を打ち上げたサターンVを超える世界最大級のロケットになる予定ですが、予算超過と計画の延期が何度か問題になっています(JWSTもたびたび延期しましたが、こちらは完成間近)。無人モジュールEM-1を搭載した試験機初打ち上げは2018年末に予定されていますが、上段を改良しての実用機の打ち上げは早くとも2021年以降。アメリカで人気の天文学者フィリ・プレイトさんもこの問題を取り上げたことがあり、「一宇宙ファンとしてはSLSはエキサイティングだけれども」としながらもその実現に疑問を呈しています。

ここで、もしもトランプ大統領と議会がSLS計画の見直しを打ち出し、火星有人探査の目標はそのままに、手段をSLS以外のもっと費用対効果の高いものにする、といえば、かならずしも「宇宙(科学)オンチの大統領の暴挙」というよりも、英断と評価される可能性もあると思うのです。

しかも、SLSを推進するNASAの中にも、SLS反対派がいます。現在はNASAを離れていますが、元NASA副長官のロリ・ガーヴァーさんはSLS中止を主張する論者で、元宇宙飛行士であり有人宇宙探査協力推進派のチャールズ・ボールデン現長官とは異なる立場をとっています。

NASA長官は米大統領が任命するので、ここでボールデン長官の後にガーヴァーさんをNASAへ呼び戻すとしたらどうでしょう? もともとガーヴァーさんもオバマ大統領が任命した人ではあるので、応じるかどうかはわかりません。ただ、NASAを率いるだけの実績を持つ人の中にも、SLS中止の側に立つ人はいるわけです。また、アメリカ政府機関の中でも世界的に知名度、人気の高いNASA長官に女性を登用すれば、女性に人気がないともいわれるトランプ氏にとってはひとつの評価点になるかもしれません。

では、SLSをやめて火星はやめないとすれば、どうやって火星へ行くんだという疑問は当然でてきます。ここから先は憶測の上に憶測を重ねるようなことになりますが、COTSで有人輸送技術を手にした後に、火星有人探査を目標としている民間企業がありますね、とは思います。

もう一つ懸念があるとすれば、SLS/Orionでの火星探査の前に、その前段階として予定されている小惑星探査(Asteroid Redirect Mission)ですが、これは大きな後退を余儀なくされるということです。せっかく日本の「はやぶさ2」と同時期に小惑星探査機OSIRS-RExを打ち上げているアメリカがそうなってしまったら残念なのですが、先行きに対するヒントは、まだ見つかりません。