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2018年Nature’s 10 はやぶさ2吉川真ミッションマネージャ選出コメント[全文訳]

JAXA 小惑星探査機はやぶさ2チームの吉川真ミッションマネージャが、科学誌ネイチャー2018年の「科学の10人」に選出されました。称号は「Asteroid hunter(小惑星ハンター)」とのこと。吉川先生、選出おめでとうございます。発表記事の全文を翻訳してみました。2018年、はやぶさ2ミッションでの吉川先生画像とともにお届けします。

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2018年6月、天文学者・吉川真は宇宙の団子「リュウグウ」が刻々と変化していく様子をチームと共に見つめていた。3年以上の旅の後、慎重にエンジンを噴射して、小惑星探査機はやぶさ2は直径1キロメートルほどの小惑星と足並みをそろえて太陽を回るようになった。

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JAXA 宇宙科学研究所のはやぶさ2プロジェクト運用室にて。2018年6月23日。撮影:秋山文野

小惑星到着を成し遂げ、吉川とJAXAのチームは小惑星を探査するフェーズに入った。10月には、探査機は3機の小さなローバーをリュウグウに投下することに成功。初めて小惑星表面のクローズアップ画像を得た。

はやぶさ2は来年、リュウグウに着陸して表面サンプルを採取するというより大きな目標に挑む。誘導制御にわずかでも不備があれば、探査機は岩塊に激突してしまう。さらに、探査機は小惑星に弾丸を発射して巻き上げられた物質を集めるという大胆なミッションを実行する。そして太陽系初期の進化を解明する物質を携えて、2020年までに地球に帰還しなくてはならない。

吉川自身もこれまで試練をくぐり抜けてきた。JAXAの無人宇宙探査の歴史において、彼は天文学者として危機に瀕した探査機救う劇的な活動に2度、尽力している。

その最初のミッションは、2005年に初代はやぶさが小惑星イトカワに着陸し、小惑星のサンプルを採取したときのことだった。着陸から間もなく、探査機は管制室と通信できなくなってしまった。チームははやぶさとの通信復活に尽くし、メインエンジンの機能喪失を乗り越えて探査機を地球へと帰還させた。高速で飛行する探査機本体は大気圏再突入で燃え尽きながらも、小惑星サンプルの入った帰還カプセルは地球へと送り届けられた。

そして2010年、JAXAの金星探査機「あかつき」が減速して金星周回軌道に入ろうとしたとき、エンジンの不具合が起きた。あかつきは金星を離れて2015年まで太陽を周回し、チームはふたたび金星に接近する機会に軌道投入に全力を尽くしたのだ。

深宇宙探査の経験が多いとはいえない日本の宇宙機関にとって、避けられない事故もあると吉川は言う。「もっと経験を積まなくてはなりませんが、はやぶさ2はJAXAミッションでこれまでにあった不運に見舞われずに来ることができました」

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2018年6月27日、はやぶさ2が小惑星リュウグウに到着。宣言書を持つ吉川真先生とスポークスパーソンの久保田孝先生。撮影:秋山文野

ケルンのドイツ宇宙機関ではやぶさ2に搭載された着陸機MASCOTを開発した地球物理学者ステファン・ウラメクは、日本の宇宙機関は、リスクを取り失敗から学ぶ能力があったことで、慎重かつ予算に恵まれていた西側の他の宇宙機関とは違うものとなったと述べている。「NASAではやらないような、大胆なミッションに挑んでいます」という。

吉川は、いくつもの異なる研究機関同士が、それぞれの主張で衝突せずに協力関係を結ばせるという稀有な才能を持っている、フランス国立宇宙研究センター(CNES)でMASCOTランダーの共同プロジェクトマネージャを努めたオーレリー・ムーシは言う。「一緒に働いたことがあるサイエンティストの中で、彼ほど親切な人はいません」。

子供のころ、小さな小惑星に住み、地球を訪れた少年の物語「星の王子さま」を読んで以来、吉川はずっと小惑星への関心を持ち続けてきた。小惑星は常に追跡しなくてはならない潜在的な驚異であるが、太陽系の謎を解き明かす手がかりでもあり、将来の地球探査における資源ともなりうると吉川はいう。

「宇宙の中で小惑星はとても小さな天体ですが、人類の将来にとって大きく重要な存在なのです」。

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吉川先生を魅了し続けてきた小惑星。リュウグウの模型と共に。撮影:秋山文野

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ボイジャーの父とベピ・コロンボ(『ロケットガールの誕生』より)

2018年7月28日、JAXA宇宙科学研究所 特別公開時に展示されたベピコロンボ計画の日本探査機「MMO/みお」模型。

2018年10月18日、JAXA・ESA共同の国際水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ)」がついに打ち上げられることになりました。日本からは水星磁気圏探査機「みお(MMO)」、欧州からは水星表面探査機(MPO)という2機の探査機を組み合わせ、水星の磁場や地球と異なる特異な磁気圏、希薄な大気や表面のようすを観測します。打ち上げから水星到着までおよそ7年(2025年12月到着予定)という長い探査の始まりです。

マリナー10号撮影の水星画像にベピコロンボ計画のマーキュリー・トランスファー・モジュールのイメージを重ねたもの。
spacecraft: ESA/ATG medialab; Mercury: NASA/JPL

これまでに水星を探査した宇宙探査機は、フライバイ探査を行った1973年の「マリナー10号」と、周回探査を行った2004年の「メッセンジャー」(共にアメリカ)という2機の探査機だけでした。

「ベピコロンボ計画」という名称には、上記のうちマリナー10号と関わりがあります。イタリアの天体力学者ジュゼッペ(ベピ)・コロンボ博士はマリナー10号が水星を探査する軌道を提案した人物です。そのときのことは、『ロケットガールの誕生』にこう書かれています。

一九七〇年にJPLで開催されたマリナー10号に関する会議の席で、コロンボは、水星に二回接近できる方法を提案したのだ。

『ロケットガールの誕生』第10章 最後の宇宙女王 より

このときのエピソードは、NASA ジェット推進研究所(JPL)でマリナー計画に深く関わり、1976年から1982年までJPL所長を務められたブルース・マレー博士の著書『Journey Into Space : The First Thirty Years of Space Exploration』に詳しく著されています。後にJPL所長として火星探査機バイキング、そしてボイジャー探査機の打ち上げを率いたマレー博士とベピ・コロンボ博士との出会い、そしてマリナー10号の実現までをご紹介します。

■水星の公転と昼夜の謎

JPL/カリフォルニア工科大学(カルテク)で水星探査の検討を行っていたのは1960年代の後半でした。19世紀までは、「水星の公転と自転周期は一致しており(地球の88日)、水星は太陽に常に同じ面を向けていて昼の側は非常に高温かつ夜の側は太陽系で最も冷たい場所」と考えられていました。1961年、欧州の学術機関は水星の公転周期を1万分の1の精度で求めることに成功。同じ年にミシガン州の電波天文学者が水星からの電波の放射を捉えることに成功しましたた。驚いたことに、水星の夜の側から発された電波からすると、夜側は従来考えられていたほど冷たくないことがわかりました。

昼の側から夜の側へ熱を運んでいるものは何でしょうか? 大気だとすると、水星に反射した太陽光のスペクトルを分析しても二酸化炭素のように熱を運ぶことができるガスは見つかりませんでした。大気があったとしても、主成分は当時は不活性なアルゴンガスだと考えられていました。

1965年にはプエルトリコのアレシボ天文台が水星を観測し、自転周期は88日ではなく59日であることがわかりました。ではなぜ従来は88日と考えられたのか? これを解決したのがイタリアのパドヴァ大学の天体力学者、ジュゼッペ(ベピ)・コロンボです。コロンボは水星の公転周期と自転周期が3:2の共鳴関係にあることを論文で発表し、理論はすぐにレーダー観測によって確認されました。水星は昼夜にぱっきり分かれているわけではなかったのです。

■水星への一度きりのチャンス

次第に謎が解明されてきた水星ですが、そこへ探査機を送る方法を考案しなくてはなりません。この答えを出したのが英国惑星間協会。金星の重力を使って探査機の速度を変える方法を考案しました。マレー博士が「スイングバイ」方式を知ったのはこのときが初めてだったといいます。ボイジャーを始め多くの探査機が利用してきたスイングバイ方式ですが、実際に採用されたのはこれが最初で、マレー博士も「ペテンのような」方法だと感じたといいます。

1962年にはマイケル・ミノービッチ博士が1970年と1973年に金星をスイングバイして水星に到達できるスイングバイ軌道を発見しました。マリナー級の探査機であれば、アトラス/セントールロケットで金星を経由して水星に到達できます。ただし、チャンスは1回です。

NASAは1967年、水星・金星探査計画を1973年に行うと決定しました。仮名称はマリナー/ビーナス/マーキュリーの頭文字から“MVM”と命名されました。これが後のマリナー10号です。探査機は基本的にマリナー6号、7号と同じ。ただし、NASAの太陽系探査予算は縮小されつつあり、予算規模は9800万ドルとされました。1968年にアメリカの科学アカデミーはそれまでの2機同時開発をやめ、「打ち上げを1回きりとすべき」との見解を発表しています。「惑星探査はもはや原始的でリスクの大きい試みではない」というのがその理由ですが、つまり「失敗は許さん」ということです。

一度きりのフライバイ探査で、水星の昼の側を撮影し、夜の側で磁場を観測するにはどうすればよいのか。カメラでの撮像も、磁場の観測も外せません。マリナー計画では金星と火星の磁場を観測していますが、ちらにも地球のような磁場は見つかっていませんでした。水星は火星より大きな鉄のコアを持っていますが、長い年月で惑星の内部はかなり冷えていて、磁場を生み出す活動は起きているだろうかという疑問があります。金星ほどではないにしても自転は遅く、それぞれ条件の違う惑星をなんとしてでも比較したいものです。

計画は、水星の「午後」の側から超望遠カメラで撮影し、夜の側に入って磁場の観測をするということになりました。マリナー6・7号とカメラ構成を改良して水星探査に特化した観測機器に変え、当時としては非常に高性能の4秒角という解像度を実現するカメラシステムが完成しました。これは、新聞の三行広告を約400メートル離れたところから解読できる性能だといいます。

■ベピ・コロンボとの出会い

MVMことマリナー10号の計画スタートを控えた1970年2月、カルテクにてMVMの科学会議が開催されました。マレー博士がベピ・コロンボ博士と実際に対面したのはこのときが初めてで、本にはこう書かれています。

そのとき、私はこの小柄ではげかかった、世界で最も魅力的な笑顔を持つ人物をかろうじて知っているという程度だったが、コロンボは近づいてきて私に話しかけた。
「マレー博士、マレー博士。イタリアに戻る前に、どうしてもあなたにお聞きしたいことがあります。探査機が水星に接近した後、太陽を周回する期間のことです。探査機を戻ってこさせますか?」
「戻って、来るですって?」
「そうです。探査機は水星に戻ってこられますよ」
「本当ですか?」
「確かめてごらんになったら?」

『Journey Into Space』5. One Chance for Mercury より

コロンボ博士の言葉は正しく、MVMは水星の公転期間88日のちょうど2倍である176日かけて太陽の周りを回って戻ってくることができました。少しの軌道修正で水星の2年ごとに同じ面を観測できます。打ち上げのチャンスは1度きりですが、ミッション期間を伸ばすことで更に多くの観測データを得ることができるのです。

これが、ベピ・コロンボ博士が「マリナー10号の水星遭遇軌道を提案した」というエピソードの詳細です。惑星探査の予算が縮小され、余裕を持った計画が難しくなる中で、軌道計画によってエクストラの観測機会を実現したのがコロンボ博士の提案だったというわけですね。

その後、マレー博士はマリナー10号の通信システムを改良し、データ処理のボトルネックとなっていたテープレコーダー式の一時記憶装置を廃して、さらに地上側のDSN(ディープ・スペース・ネットワーク:NASAの大アンテナ網)のエンジニアを説得し、117,600bpsという当時としては画期的な転送レートで水星の観測画像を送信する計画を立てます。

さて、実際のマリナー10号のミッションはどうなったのでしょうか。また次回ご紹介したいと思います。

ISSを2024年まで運用延長:発表全文

2013年9月17日、来日し東京大学で講演したNASA チャールズ・ボールデン長官 (撮影:小林伸)

2013年9月17日、来日し東京大学で講演したNASA チャールズ・ボールデン長官 (撮影:小林伸)

2014年1月9日・10日の2日間にワシントンで開催されたIAA Space Exploration Conferenceにあたり、前日の1月8日にオバマ政権が国際宇宙ステーションの2024年までの運用延長を打ち出しました。
アメリカ議会はこれを了承するのか? ISSに2024年まで費用をかけると、SLS/Orionを継続できなくなるという予測もあるがどうするのか? 日本を含めてどこまで参加各国がついていくのか? 技術的には、ISSは2028年まで運用できるということだがそれはどんな保証によるものか? さまざまな疑問がありますが、まずはなんといってもアメリカ(オバマ政権とNASAボールデン長官)がなんといっているのか、文言を読んでみないことには始まりません。
報道ですとどうしても省略されてしまいますから、例によって自力で読みこんでみることにしました。自分のためのものですから荒っぽいものではありますが、要素となる語句は落としていないつもりです。
しかし、清々しいほどアメリカの国益のことしか書いてありませんね(当たり前ですが)。それはまあ当然ですので、ここから何を引き出せるのか、まずは考える材料となればと思います。

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オバマ政権、国際宇宙ステーションを少なくとも2024年まで延長

1月9日から10日まで、ワシントンに世界30カ国以上の宇宙機関の長が集まり、将来の宇宙探査に関する史上初のサミットを開催するにあたり、オバマ政権が国際宇宙ステーション(ISS)を少なくとも2024年まで延長すると承認したことを喜びとともにお伝えします。我々は、ISSのパートナーが少なくとも次の10年までの延長の取り組みに参加し、この他に類を見ない軌道上実験室において、画期的な実験の実施を継続するであろうと希望、楽観視しております。

ISS運用の延長により、NASAと国際宇宙コミュニティは数多くの重要な目標を達成できるでしょう。

第一に、NASAはISSで、地球低軌道の先にある計画中の、2025年までに小惑星へ、2030年までに火星へといった長期間の有人ミッションに必要な研究活動を完了します。NASAは、長期のミッションで予見される32の人体への健康リスクのうち、21項目を十分に低減するにはISS上の研究が必要と考えています。それと関連するISSの重要な機能とは、人間が深宇宙で安全かつ生産的に活動するために必要な宇宙機システムと技術の試験を行うことです。2024年までのISS延長により、こうしたシステムを成熟させるために必要な時間を得られるでしょう。

第二に、ISS延長は宇宙ステーションから社会的利益へ至るより流れをさらに広げます。ISSで実施された研究は、すでに医学や産業へ影響する重要な数多くの発見をもたらす結果となりました。医学の例では、サルモネラ菌や細菌の抗生物質耐性株に対する潜在的なワクチンや、健康な細胞には影響を及ぼさずにがんの腫瘍へ薬剤を届ける治療のためのマイクロカプセル化技術などがあります。さらに、ISSの先端技術は、これまで手術不可能だと考えられていた腫瘍を取り除くロボット手術の開発にも道を開いています。

ISS延長の将来的な利益とは、NASAと民間宇宙開発パートナーに対し、貨物と人員を地球低軌道へ輸送する商業宇宙産業へのさらに十分な移転の時間をもたらし、NASAは深宇宙探査のための次世代ヘビーリフトロケットと有人カプセルの開発に集中できるようになるということです。

すでにふたつのアメリカ企業がISSへの補給契約を結んでいます。現在の貨物輸送契約は、2016年、2017年の期限に終了しますが、ISSを2024年まで延長すれば、さらに多くのフライトをISS貨物輸送サービス契約に追加することができるようになり、より競争力のある価格設定となり、新しい民間の入札者も参加可能になって最終的にはもっと多くの合衆国の商業衛星打ち上げへ繋がるでしょう。

合衆国国土から宇宙ステーションへアメリカの宇宙飛行士を打ち上げることは、オバマ政権にとって最優先項目であり、民間企業が私たちの宇宙飛行士を軌道上へ運ぶ認可へと大きな一歩を踏み出しています。初の商業有人飛行は2017年に予定されており、一部はわずか3年間の商業有人飛行への投資を疑問視しています。2024年までISSを延長すれば、付帯するフライト回数も増加し、フライト1回当たりのコストを引き下げ、投資はもっと魅力的になるでしょう。

ISSはまた、地球とその気候の変動に関する研究において、ますます重要な役割を果たしています。今後の数年間に、ISSはSAGE III( Stratospheric Aerosols and Gases Experiment:成層圏エアロゾルとガス実験)やRapidSCAT(ocean winds measurement instrument:海洋風測定器)、OCO-3(Orbital Carbon Observatory:軌道上炭素観測衛星)、CREAM(Cosmic Ray Energetics and Mass experiment:宇宙船エネルギー論と質量実験)、CALET(Calorimetric Electron Telescope:カロリメータ型宇宙電子望遠鏡)といった地球と宇宙科学を研究する機器を迎えます。2024年までISSの安定性と可用性を確実にすることで、科学コミュニティにISSというプラットフォームは長期間の研究の努力にとって重要なものになり得るという信頼を与えるでしょう。

最後に、ISSの延長は今後の有人宇宙飛行における合衆国のリーダーシップを凝集していくことでしょう。ISSは、史上もっとも複雑かつ挑戦的な工学的努力の結集です。その成功のカギとは、NASAの創意工夫と国際協力のコンビネーションンにあります。15カ国のパートナーと現在68カ国の1回またはそれ以上のISS利用国による、この他に類を見ない軌道上実験室は、平和的な国際協力によって達成することができた、明らかな人類にとっての利益の実証です。アメリカがそのリーダーとして、このままこのパートナーシップを維持することは重要です。宇宙でのリーダーシップは、経済的発展、技術的優位、国民的プライド、より広範な世界におけるアメリカのリーダーシップへの貢献をもたらすのです。

ISSは、巨大な科学的、社会的利益を提供する他に例のない施設です。少なくとも2024年まで運用を延長するというオバマ政権の決断は、その潜在的な可能性を最大化し、国家と世界にとって欠かせない利益をもたらし、宇宙におけるアメリカのリーダーシップを保持することができるでしょう。

ジョン P. ホールデン
科学技術担当大統領補佐官
科学技術政策局局長

チャールズ・ボールデン
NASA長官

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追記:タイトルが「2014年」になっていました。ご指摘いただいて2024年に修正いたしました。お恥ずかしい。

画像素材:「はやぶさ」再突入カプセル報道公開

2010年7月29日 相模原市立博物館に展示された「はやぶさ」再突入カプセルエンジニアリングモデル

取材写真・画像の共有を行います。Google+上のWebアルバム全100点です。

  • 取材対象:小惑星探査機「はやぶさ」再突入カプセル報道公開
  • 取材日時:2010年7月29日
  • 取材場所:相模原市立博物館
  • 含まれる画像:「はやぶさ」再突入カプセル前面ヒートシールド、同背面ヒートシールド、同エンジニアリングモデル、同搭載電子機器、同インストゥルメントモジュール、同パラシュート、JAXA川口淳一郎教授、JAXA山田哲哉准教授、相模原市長 など
  • 撮影者:秋山文野

上記画像をご利用になりたい方は、プロフィールページお問い合わせフォームよりご連絡ください。

イプシロンロケット輸送トランスポータ修理完了

先程6月5日1:00にJAXAより発表がありました。

6月2日早朝に内之浦宇宙空間観測所300m手前の路上で故障のため停止していた、イプシロンロケット1段モータ輸送用のトランスポータの修理が完了し、1段めの搬入が完了したとのことです。

  • 故障は油圧系、6月4日に交換修理
  • 安全確認の上、6月5日 0時40分、内之浦宇宙空間観測所へ搬入を完了
  • イプシロンロケット1段モータの輸送は、JAXAと株式会社IHIエアロスペースとの契約の
    もと、日本通運株式会社が実施

 

今回の故障によりイプシロンロケット打ち上げ延期等の影響は発表されていません。当初4日間かかるとの見通しもあった修理ですが、予想より早く終了したことで、影響は小さくて済んだものと思います。

深夜に及ぶ作業、また搬入完了から30分でのプレスリリース出のお知らせ、JAXAならびに輸送担当の日本通運の皆さま、お疲れさまでした。

イプシロンロケット 輸送機故障のその後につきまして

6月2日午前11時43分公開

イプシロンロケット 輸送トランスポーター故障のお知らせに関するブログエントリにつきまして

 

本ブログをご覧いただいた皆さま、ありがとうございました。多少なりともお役に立てれば幸いです。

上記につきましては、日曜午前の出来事につきまして、多少なりとも速報となりましたのであれば個人ブログの役割を果たせたものと思います。

6月2日午後21時の時点では

「イプシロン」輸送中の車両が故障 (南日本放送)

新型ロケット、国道で立ち往生 鹿児島、運搬車両が故障 (朝日新聞)

新型ロケット載せたトレーラーが立ち往生 (日テレニュース24)

等、現地およびJAXA取材済み報道がございます。詳報をご覧くださいませ。

 

イプシロンロケット第1段モータ輸送トランスポータ故障について[6月2日発生]

2013年6月2日午前10時30分、JAXAより発表がありました。
6月2日午前2時ごろ、イプシロンロケット 1 段モータの輸送を行っていたトランスポータが故障。発表時点で国道 448 号 JAXA 内之浦宇宙空間観測所 北側約 300mの路上にて、トランスポータに1段モータを載せた状態で片側に停止。片側通行の状態で修理を計画中とのことです。
修理など対策が完了後、輸送を再開するとしています。

この件につきまして、JAXA広報部よりご回答いただきました。

  • 修理には今後4日程度かかる可能性があります。
  • 打ち上げ日の遅延などの影響については、修理を行いながら検討。何らかの決定があればまた発表が行われます。
  • 修理および輸送の様子の見学について、安全管理上の点から現地でのご案内は難しいとのことです。ご遠慮ください、ということと思われます。

現在の状況です。