ナタリア・ホルト著『ロケットガールの誕生:コンピューターになった女性たち』には、NASA ジェット推進研究所と宇宙探査の歴史だけでなく、20世紀半ばのアメリカ文化の変化を実際にそこに生きていた女性の目を通してつづられています。

本書に登場する“ロケットガール”の女性たちは、後にコンピューター室長になったヘレン・リンさん、バーバラ・ポールソンさん、スー・フィンレイさんたち最初の世代の多くが1930前後の生まれです。アメリカ初の人工衛星が打ち上げられ、NASAが誕生した1950年代後半にプロフェッショナル職を持つ20代として過ごしているのです。

今でこそTシャツデニムの聖地のような米西海岸ですが、この時代は服装はまだ保守的でした。JPLで最初の女性コンピューター、バービー・キャンライトさんに関する部分では、飛行場でロケットプレーンの実験に参加する際にも、きちんとドレスを着てストッキング、パンプスを履くシーンがあります。

女性解放を象徴する服装というと書物に登場するのはなんといってもミニスカート、というイメージがあります。ただ、ミニスカートの流行は1960年以降でマリー・クワントらデザイナーやファッションブランドの功績によるものだと思います。

ロケットガールズ第1世代が20代だった1950年代後半、ある新しいファッションが生まれ、ひとつの女性解放を果たしたことが本書にあります。それが、パンティホース(パンティストッキング)でした。

パンティストッキングが登場したのは、一九五〇年代にエセル・ブーン・ガントという女性がいたおかげだ。

『ロケットガールの誕生』第9章「惑星の引力」より

本書の引用元でもあるSmithsonianの記事『50 Years of Pantyhose』から、パンティストッキング誕生の歴史をたどってみましょう。

(パンティストッキング)発明者の息子アレン・ガント・ジュニアによると、ガント・シニアは妻のエセル・ブーン・ガントと共にニューヨーク市でメイシーズ・サンクスギビング・デイ・パレードを見物し、ノース・カロライナの自宅に帰ろうと夜行列車に乗った。そのとき妊娠中だったエセルは、夫に対して「少なくとも子供が生まれるまでは、もう一緒に旅行はできない」と告げた。夫婦のどちらかに問題があるというわけではなく、とにもかくにも快適さの問題だ。お腹が大きくなりつつあるため、ストッキングをガーターベルトで留めておくことがいよいよ難しくなってきている。かといって、公共の場所に出るのにちゃんとした女性が靴下を履かないというわけにはいかない。

これは1953年のことだそう。今ではファッションアイテムの一つであるガーターストッキングですが、この時代では
・女性が素足を見せて人前に出ることなんてできない
・長時間身に着けているとガーターベルトがきつくて苦しい
という二つの理由から女性を縛る存在だったのですね。

アレン・ガント・シニアは、妻の訴えに発明の才を持って応えます。彼は「パンティとストッキングを組み合わせてみたらどうだろう」と提案し、エセルが実際にストッキングを縫い合わせて試作品を作ってみました。繊維工場のオーナーであった彼は、自分の会社にこれを持ちこんで商品化。1959年に「パンティレッグス」の名前で百貨店で販売されるようになりました。

30年後にエセルは取材に対して「とても素敵でした。私と同世代の女性はみな発売当初から最高だと思っていて、手に入れるのが待ちきれませんでした」とコメントしています。

その後、ミニスカートが登場するとパンティストッキングは別の意味で流行に貢献します。ストッキングをガーターベルトで留めると、ストッキングの縁と留め金部分がスカートのすそから見えてしまいます。ニーハイソックスのように最初から縁を見せるつもりならともかく、意図しないのに見えてしまうのは女性にとって嬉しくもなんともないですが、パンティストッキングなら大丈夫というわけです。

日本でこのパンティストッキングが普及したのはもう少し後だったようで、1945年生まれの私の母は60年代半ばに働いていたころ、まだガーターベルトでストッキングで留めるしかなかったという話を聞いたことがあります。70年代、80年代には日本でもすっかり普及していますね。パンティストッキングはそれはそれで、少々暑いとかサイズの制約が厳しいといった問題もなくはないですが、全面的にガーターベルトへ後戻りするということはもうなさそうです。

さて、足元の女性解放を果たして生活必需品から引退したガーターベルトですが、今でもTwitterのタイムラインで時々話題になるのが「ガーターベルトは、ショーツの上に着けるべきか、それとも下か」という問題です。ガーター部分が外側に見えているとレースなどの装飾がきれいですが、トイレにいくたびに外さないといけないので不便です。実際のところ、どちらが正しいのでしょうか?

というわけで、「正解はない」のが正解。引用したイギリスのストッキング専門店によると「デザイナーはガーターベルトを上にして着けると美しく見えるようにデザインしている。とはいえ、お手洗い事情がそれを許さないこともあるため、ショーツを上にしている人は多い」だそうです。

1950年代、ガント夫妻のおかげでガーターベルトは女性を縛る存在から、好みに応じて身に着けるファッションアイテムに変りました。その歴史を尊重すれば、ガーターはつけたいようにつける、が良いと思うのです。