Science Vol.365 2019年7月19日号表紙は、1969年7月21日にニール・アームストロング宇宙飛行士が撮影した、自身の影が落ちた月面の写真。Credit: NASA

2019年7月20日20:17:39 GMT(日本時間21日午前5時17分39秒)は、アポロ11号の月着陸船(LM)着陸から50周年にあたります。Science誌の7月19日号はアポロ特集です。月の石の分析からわかった惑星の形成に関する学説や現在の民間、中国の月探査参加など50年目の月を幅広く知る特集となっています。

書評欄もアポロ計画に関する新著を2冊紹介。これまで数多く出版されてきたアポロ計画に関する書籍ですが、「宇宙飛行士中心史」「ケネディ、ジョンソン、ニクソン各政権の政治史」「プロジェクトマネージャやエンジニアに関するドキュメンタリー」に大別されるといいます。もちろん、宇宙飛行士を中心とした書籍が最も多く、エンジニア列伝は少数派ですが。

Shoot for the Moon: The Space Race and the Extraordinary Voyage of Apollo 11

ジャーナリストのジェームズ・ドノヴァン氏による『Shoot for the Moon 』は、マイケル・コリンズ宇宙飛行士に焦点をあてた本です。著者はアラモ砦の攻防に関する歴史ノンフィクションなどを書いた人物。ジェームズ・ドノヴァンというと、1960年のU-2撃墜事件でソ連側の捕虜となったフランシス・ゲーリー・パワーズ大尉の帰還交渉にあたった弁護士に同じ名前の方がいますが、同姓同名の別人です。

アポロ11号の月着陸船が無事に月面着陸を果たし、トラブルがあっても無事に帰還したことはすでに周知の事実ですが、本書では失敗したとすればどうなっていたか? を技術的な観点で多数の起きなかったシナリオとして描き出しているといいます。テーマとなったコリンズ宇宙飛行士自身が「広範に渡る調査と几帳面なまでの正確さによって技術的詳細をなぞり、計画を実現させた並外れた能力を持つ人たちの姿を描き出している」とコメント、称賛しているところからも期待できそうです。

ただ、地球帰還後の3人の宇宙飛行士の足跡がやや駆け足になっているところが本書の欠点とのこと。 印象的な結びの言葉として“By the time the crew returned home, they understood that their lives would never be the same.”という文が挙げられています。どう、以前のように暮らせなくなったのか知りたくもありますが、それは『ファースト・マン』といった先行する書籍でということなのかもしれません。

Eight Years to the Moon: The History of the Apollo Missions

ナンシー・アトキンソン氏の『Eight Years to the Moon』は、タイトル通りアポロ計画が成功するまでの開発期間を描いた書籍で、多数のエンジニアを始めとする関係者が登場します。たとえばヒューストンの有人宇宙船センター(後のジョンソン宇宙センター)に着任したばかりのケン・ヤング氏によると、「宇宙に関わる」という以外に自分の仕事が何をすべきなのか、当時まったくわかっていなかったとか。

現代のこうしたエンジニア列伝の中に、女性のパートが登場するのはもはや当たり前。当時の「男性主導、性差別的なエンジニアリング文化」の中で、女性のコンピューター職がいかに軽く見られていたか、アトキンソン氏は指摘しているといいます。

これは『ロケットガールの誕生』でも大きなテーマですが、女性コンピューター職が補助職とみなされていたため、エンジニアに相当する職務を果たしていても女性は「エンジニア」と名乗ることすらできず、自ら成果にふさわしい職位を勝ち取っていったという歴史がありました。アポロ計画に関わって活躍した女性エンジニアといえば、管制官のポピー・ノースカットさんやMITのドレイパー研究所でフライトコンピュータのソフトウェア開発にあたったマーガレット・ハミルトンさんらがいますね。Eight Years to the Moonの中では、アポロ計画に参加し、コンピューターからエンジニアになっていった女性としてドロシー(ドッティ)・リーさんが登場します。

NASAのコンピューターからエンジニアとなったドロシー・リーさん。

ドッティ・リーさんは映画『ドリーム』の舞台である旧NACAのラングレー研究センターからNASAの有人宇宙船センター/ジョンソン宇宙センターに勤務し、マーキュリー計画からアポロ計画まで、宇宙機の熱設計を専門とされていました。スペースシャトル計画ではシニアエンジニア、オービターのサブシステムマネージャの職位を得ています。アポロ計画のミッション中は帰還と着陸を見学したくとも、当時すでにスペースシャトルのSRBの設計に関わっていたのでオフィスを離れられず、ようやく最後のアポロ(17号)だけ見ることができた、というエピソードがNASAのインタビューの中にあります。

また、アトキンソン氏の著書では、知られざるアポロ11号着陸の危機について詳述されているといいます。アポロ11号のミッションタイムラインでは、アームストロング、オルドリン、コリンズ宇宙飛行士が搭乗した月司令船は7月24日16:50:35 GMT(日本時間7月25日午前1時50分35秒)に着水しています。その29分前に、月司令船と機械船(CMとSM)の分離が行われていますが、分離された機械船が着水を妨害する危険性があったとのこと。これは読みたい。この部分をまず読んでみたいものです。

アポロ11号から50年、多くのドキュメンタリー、映画、関連するフィクション作品が作られてきていますが、まだまだ埋もれているナラティブ、コンテンツがあるようです。これからも積極的に、日本へ紹介していきたいですね。